コラム・一タラントン
天の国では、富める者はさらに得て、貧しいものはもとより持っていた者すら失う。
つまり、「求めよ、さらば与えられん。」というやつだ。
これは釣りに似ている。この言葉は、漁師を稼業としている彼の座右の銘だった。
ところが最近めっきり釣果が上がらない。おかげで生活が苦しくなって来た。釣りをするにも、餌の小魚すらない。おまけに、潮風にさらされ、海面の照り返しを受け続けた彼の目は、いよいよ利かなくなってきていた。
しかしある日、いつものように沖に出ると、巨大なカジキが泳いでいるのを見た。それもすぐ近く、彼の目にもはっきりと見えるほどの距離であった。
彼はこれを逃す手はないと思い、銛を取り、やつの脳天に深々と突き刺した。やつは大暴れし、危うくボートを転覆させかけたが、しばらくすると腹を見せて浮かんできた。
彼は喜び、神に感謝してそれを持ち帰ろうとした。しかしそのとき、不運にもあの言葉…求めよ、さらば与えられん…を思い出してしまった。そうだ、このカジキを餌にすれば、もっと巨大な魚が釣れるわけだ。彼はカジキから銛を引き抜き、ロープをエラから口に、口からエラにと通して、容易には外れないようにしてから、その獲物を引きずって、さらに沖の方へと出ていった。
さて、彼は遠くの沖へ出たわけだが、引きずって来たカジキはずっと後ろにあり、彼の目には見えなかった。そのカジキに繋いでいたロープにさっそく強い引きがあったので、彼は急いで帆を張り、やつとは反対側にロープを引いた。この駆け引きはしばらく続いた。彼には満帆の風が味方していたし、やつを引くロープは太かった。
と、そこに風が強く吹いた。その風は満帆のボートをさらに引いてくれたが、あいにく、そのボートがいけなかったらしい。ロープの根もとを縛り付けていたところが音を立てて折れた。瞬間、ロープは凄まじい速さでやつに巻き取られてゆき…彼はロープを握っていたわけだが…縄目で手の皮がこそげる激痛のあまり放してしまった。
結局この日も、彼は釣果を上げられず、手ぶらで帰ることになった。いや、手ぶらの方がましかも知れないな、と、彼は思った。
ところで、翌日の地元新聞の一面に踊っていたのはこんな記事だった。
『熟練漁師、小舟超える大きさの巨大魚を釣り上げる』
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