コラム・悪魔と少年

ある悪魔がいた。

この悪魔は、悪魔にしては非力で、その身は脆弱だったが、なんとも狡猾であった。

ところで、悪魔というのはそれぞれ違うものを食って生きているのだが、この悪魔は人の孤独を食うのである。

悪魔は、ある少年に目を付けた。少年はまだ未熟であったため、悪魔はしめたとばかりに少年に取り憑いた。明るく活発で、友人がおり、親にも愛された少年である。

悪魔は非力であり、例え少年といえ、彼の意思や行動を弄ぶことは出来なかった。

しかし、成長という、無力な自然の作用に干渉することは容易であった。

手始めに悪魔は、少年の鼻にちょいと触れた。すると少年の鼻は、小鼻が広がり、そのくせ反り返るほど高く、醜く成長した。彼の友人のほとんどは、彼の姿を見て離れていった。

次に悪魔は、少年の目にちょいと指を触れた。すると少年の目は、目尻が垂れ、上まぶたが太り、醜く成長した。彼の友人のうち残っていた者たちも、彼の姿を見て離れていった。

最後に悪魔は、少年の舌にちょいと触れた。すると少年の舌は短くなった。言葉を喋っても発音が狂い、白痴のような喋り方になり、結局誰にも伝わらないので、少年は喋るのをやめてしまった。彼の両親も、根暗でまったく口を利かず、あるいは利いてもまともに喋らず、しかも自分たちとは似つかない顔の醜い我が子に愛想をつかし、ついには二人目をこしらえることにした。

おかげで自暴自棄になった少年は、せっかく優しい手が差し伸べられたときも、それを払い除けるようになった。結局少年は孤独なまま生き続け、孤独なまま死んでいった。

少年に取り憑いていた悪魔は、彼の人生の孤独をたらふく食らったおかげで、体は頑健になり、さらなる力を得た。

悪魔は次に、ある少女に目を付けた。明るく活発で、友人がおり、親にも愛された少女である。悪魔は思った。

「あの少年は、少しばかり見た目をいじってやっただけで、あそこまで孤独にさいなまれることになった。ではこの少女は、もっと不格好にしてやろう。今の私にはその力がある。」

手始めに悪魔は、少女の左手に触れた。すると少女の指は腐り、手は切り離さなければならなくなった。彼女の友人たちは皆、彼女を憐れんだ。

次に悪魔は、少女の右目に触れた。すると少女の右目は膨らみ、取り除かなければならなくなった。彼女を知る人は皆、彼女を憐れんだ。

最後に悪魔は、少女の喉に触れた。すると少女の声帯のどぶえは縮みあがり、やがて彼女はそれを吐き出したので、彼女は口を利けなくなった。彼女を見る人は皆、彼女を憐れんだ。

さて、悪魔の思惑とは裏腹に、健気で不憫ふびんな少女を世界中が憐れみ、多くの人が彼女を愛した。悪魔は力を使い果たしてしまったし、一度取り憑いた以上、他の人間に乗り移ることもできないので、悪魔はそのうち飢えて死んでしまったのであった。

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