第871話 船長

「でもこれ、どうなるのかしら……」


 全員が生きていることを確認し、今後の目的として『集合』を目指すことにしたレン。

 しかし、タルにつかまってプカプカの状態はさすがに心もとない。

 装備品はあるが、やはり足がつかないというのは落ち着かないものだ。

 こうして黒装備の魔導士が、樽につかまって波に揺られるというシュールなことをしていると――。


「なんか、霧が深くなってきた……」


 これ以上の荒天はできれば避けたいと、辺りを見回すレン。

 すると白霧の中に、大きな影が見えた。

 現れたのは、一艘のガレオン船。

 しかしその本体は傷だらけで、マストも裂けてビリビリになっている。


「まさか……これが幽霊船?」


 揺れる松明の炎は、淡い緑。

 ホラーゲーム級の迫力を持った船が、通り過ぎていく。


「こんなの、行くしかないわね! 【浮遊】!」


 見れば船の各所に手をかけられそうなポイントがある。

 だがしかしレンは船を見下ろせる位置まで、一気に上がって全体を確認。

 幽霊船の後部にそっと降りる。

 見張りの骸骨船員が歩いているが、これをスルーして船後部のドアへ。


「……一人で開けるドアは、意外と寂しいかも」


 なんだかんだ言いながら、『なぜか後衛の後ろに隠れるメイたち』というやりとりを思い出しつつ、ドアを開ける。

 潜り込んだ内部は松明で照らされ、妖しい雰囲気だ。


「このまま密航し続ければ、どこかにたどり着くみたいな展開かしら。それとも何か見つける必要がある感じ……?」


 ギーッギーッと、音を立てて揺れる船。

 レンは見回りの骸骨船員をタルの背後に隠れてかわし、先へ。

 階段を降り、船底に近づいていく。

 するとその途中で、少し扉の綺麗な部屋を発見。

 どうやらそこは、船長室のようだ。

 内部に入り込むと、目につくのは大きなデスクと豪華なチェア。

 そこにあった海図に、視線を走らせる。


「ッ!!」


 船の揺れで、足音に気づくのが遅れた。

 船長室に入ってきた骸骨船員は、すぐさま鐘を鳴らす。


「こうなっちゃったら仕方ないわね! 【スタッフストライク】!」


 骸骨船員を、杖で叩き飛ばして部屋を出る。

 すると階段へとつながる廊下に、駆けつけてきた10体ほどの骸骨船員が立ちはだかった。

 すぐに踵を返すが、反対側からも同じく10体程度の骸骨船員が駆けてくる。

 その手には、曲剣。


「囲まれた……でも! 【ファイアウォール】!」


 即座に片側の通路を炎の壁でせき止め、階段側の骸骨船員たちのもとへと駆ける。


「【魔力剣】!」


 そのまま最前の骸骨船員の曲剣をかわして、魔力の剣を一振り。


「特別強力ってわけじゃないのならっ!」


 そのまま勢いに任せて三体を打倒。

 遅れた個体は置き去りにして、階段へたどり着く。

 しかし一階分上がったところで、上階から降りてきた骸骨船員たちと鉢合わせ。

 敵の方が位置が高いのは不利と判断し、その階の廊下に引きずり出しての戦闘を決意。

 廊下を駆け、思ったよりも足の速い骸骨船員たちと剣を打ち合う。

 本来であればさすがに一人ではきつい戦いだが、廊下は広くない一本道。

 剣が邪魔になるため、敵も一体から二体ずつしか出てこられない。

 対応はいくらでも可能だ。

 レンは敵の剣をかわしながら少しずつ下がり、その都度足元にタッチする。

 そして追ってきた骸骨船員たちが、廊下に並ぶ形になったところで――。


「できたっ! さあ凍りなさいっ!」


【氷結のルーン】を発動、廊下に生まれた氷剣の山が一斉に牙をむく。


「この溜めて一気に倒す感じ、やっぱり気持ちいいわね!」


 砕けて散って消えていく氷剣、倒れ伏す骸骨船員たち。

 その光景に思わずこぼす笑み。しかし。


「ッ!!」


 そこに新たに駆け込んでくるのは、明らかに一回り上の装備をした骸骨船員。


「速い……っ!」


 大きな払いをかわすと、すぐさま鋭い踏み込みからの突きがくる。

 駆け抜けていく衝撃に揺らされながら、【魔力剣】を発動。

 負けじと払いからの突きで返すが、これを骸骨船員はバックステップでかわして剣を引く。

 放つは、六連の剣舞。


「ヤバッ!!」


 放たれる剣舞の一撃目をしゃがんでかわし、二発目を横移動で回避。

 三、四、五発目の高速突きを、思い切って後方への飛び込みで避けると、六発目は斬り抜け。


「これは無理っ!」


 大人しく防御することで、1割弱のダメージに抑える。

 再び向かい合う両者。

 ここで魔法を放って回避される形が、一番最悪だ。

 レンは覚悟を決め、あえて踏み出しにいく。


「【魔力剣】!」


 片手の振り降ろしは、骸骨船員にかわされた。

 そして反撃の振り上げを、肩口に喰らう。


「きゃあっ!」


 その剣技を身に受け、2割を超えるダメージを受けた。

 斬り飛ばされ、転がったレンは顔を上げる。


「……でもっ! 触れた!」


 実はダメージを受けたのは、狙いの上。

 レンは空いた左手で、しっかり骸骨船員リーダーにタッチしていた。


「肉を切らして骨を――――焼く!」


 レンが指を鳴らすと【燃焼のルーン】が炎を上げ、そのままHPゲージごと焼き尽くした。


「ふう……やっぱり近接戦は緊張感があるわね」


 再び船が静かになり、一息つくレン。しかし。

 これで一段落かと思いきや、倒した船員たちが続々と立ち上がり出す。


「不死者だと稀にある、時間で復活するタイプ……?」


 それだとやっかいなことになる。

 レンは再び杖を構え、どう戦うかを考えるが


「…………?」


 少し様子が違うようだ。

 骸骨船員たちは剣を下ろし、リーダー格の動きを待つ。

 するとレンの前にやってきたリーダー格の船員が敬礼し、他の船員も一斉に敬礼。


「……どういうこと?」


 レンが戸惑っていると、一体の船員が少し豪華な海賊帽を持ってきて差し出した。


「これって私に従う……みたいなこと?」


 どうも船長的なものを任せられている感じがして、問いかける。

 すると骸骨船員は、カクカクとうなずいた。


「なにこれ……変なクエストね」


 船長不在の幽霊船。

 その長になるという展開に、レンはわずかに驚く。


「そういうことなら、付近の海に散り散りになった仲間を探したいの。力を貸して」


 そう言うと骸骨船員たちはさっそく地下に駆け出していき、各自のオールを用意をする。

 そしてリーダーは、レンの横に来て片ヒザを突いた。


「この幽霊船、船長がいないままひたすら船を走らせてきたのね」


 どうやら行き先は、レンが決めていいようだ。


「まさか、シージャックして進むことになるとは思わなかったわ……」


 わずかな驚きと共に、薄く笑うレン。

 骸骨たちを船員にしたナイトメア海賊団、結成の瞬間となった。

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