第870話 人魚の依頼
「い、いきます……!」
三度の練習とお菓子タイムを挟み、ついに人魚に声をかけることを決意したまもり。
湖のほとりで見つけた人魚のもとへ、歩いて向かう。
その長い髪は淡い緑。
目の色はブルーで、とても神秘的だ。
「…………あ、あれ?」
しかし近づくほどに違和感を覚える。
人魚の大きさは、まもりの数十倍はある。
もはや巨人の人魚だ。
人魚自体は可愛いにも関わらず、その異常な大きさに驚きを隠せないまもり。
「で、でも……進まないと皆さんに合流できない……っ」
いつか誰かとパーティを組めたら足を引っ張らないようにと、死に戻らないための訓練を続けていたまもり。
メイたちのパーティでそのスキルを使えるという状況は、でき過ぎだ。
自分が合流に遅れるようなことがあっては、申し訳ない。
思い切って、声をかける。
「あ、ああああのっ!」
すると人魚はその小さな声に気づき、振り返った。
「っ!!」
慌てて盾を構えるまもり。
「あら小さな冒険者さん、どうしたの?」
「こ、ここで何をされているんですか?」
「実は海賊に【宝真珠】を奪われてしまって……取り戻すために追いかけてきたんだけど、これ以上は進めなくって」
人魚はそう言ってポンと手を叩いた。
「その小さな体なら、こっそり盗み返せないかしら。【宝真珠】を取り戻してくれたら、私も貴方のために何かお手伝いするわよ」
他に何も手がかりがない状態。
まもりは考える間もなく、その提案に乗る。
「わ、分かりました。がんばりますっ」
「この先に進むと、海賊たちがキャンプを張っているの。そこにいる船長が持っているわ」
「はい……それでは行ってきます」
まもりは草の隙間を抜けて、海賊たちのキャンプへ。
開けた草原には15人ほどの海賊たちが、焚火を囲んでいた。
炎にくべられた骨付き肉を見て、その大きさにうっかり涎をたらしそうになりながら接近。
まもりはこれまでステルスミッションはあまり経験がないため、緊張しながら進む。
地面に腰を下ろし、酒を呷る海賊たち。
船長らしき男は、【宝真珠】を眺めた後、近くの小皿に乗せる。
これがスタートの合図だ。
まもりは置かれたタルから木製のジョッキ、そして酒瓶の背後に隠れて、様子をうかがう。
「……ッ!? あわわわわっ!」
すると突然スッと酒瓶が持ち上げられて、大慌て。
しかし酒瓶は、すぐに戻ってきた。
ひと安心しながら、戻ってきた酒瓶の背後に隠れるが――。
「っ!!」
中身が空になったことで透明に。
このままでは見つかってしまう。
駆け込むような形で、まもりは別のジョッキの裏へ。
しかし、そのジョッキもすぐに持ち上げられてしまう。
「あわわわわわーっ!」
こうして最後は、地面に差してあった曲剣の背後へすべり込み。
ようやく安堵の息をつく。
この『ルート』は難しいが、流れとしては最短。
まもりがたどり着いたのは、船長の曲剣の裏側だ。
しばらくそこで待っていると、海賊たちは肉が焼けたと盛り上がり始めた。
「おう、喰え喰え」
「い、今ですっ!」
船長がそう言って酒をあおったその瞬間、駆け出す。
小皿にたどり着くと、ボーリングの球ほどある【宝真珠】を持ち出し踵を返す。
すると船長は、再び小皿に手を伸ばし――。
「ん……?」
視線はこちらに向いていない状態。
ここでの正解は一度【宝真珠】を戻して、再び置いたところであらためて抱えて逃走だ。
しかしまもりは人がたくさん、しかも巨人という事態にいち早く逃げることを選択。
足の遅いまもり。
真珠がないことに気づいた船長がこちらを向くと、まだそこには走るまもりの姿が。
「なんだテメエは! 俺様の【宝真珠】を盗もうとは、図々しい野郎め!」
「ひっ!?」
立ち上がった船長は、もはや完全な巨人だ。
振り上げた曲剣は、まるでビルが倒れてくるかのような迫力。
「ふ、ふ、ふ【不動】【地壁の盾】ーっ!」
それでも身体は、勝手に反応する。
いくら相手が巨大だろうが、武器を振り下ろすというシンプルな攻撃を前に、小さな盾が完全な防御を決めた。
「オラアアアア――――ッ!! 【ソードラッシュ】!」
「ひゃあああああっ!! 【不動】【クイックガード】【地壁の盾】! 盾! 盾! 盾!」
巨人の斧連打を、悲鳴をあげながら全て受け止める。
「【ファイアボルト】!」
「ひゃあっ!」
放たれた炎弾は、まもりには上位の上級魔法かというくらいの大火炎弾。しかし。
「マママ【マジックイーター】! 【ファイアボルト】!」
「うおおおおっ!?」
跳ね返された炎弾に、船長がひっくり返る。
「テメエら、こいつを逃すな! 【宝真珠】は俺サマのもんだ!」
「「「へいっ!!」」」
船長の声に、一斉に立ち上がった海賊たち。
まもりを取り囲み、各々の武器を振り下ろす。
「オラァァァァ!!」
「【不動】【地壁の盾】!」
豪快な風切り音と共に迫る巨大な戦斧を、盾で受ける。
すると続けざまに、曲剣が迫ってきた。
「【不動】【地壁の盾】っ!」
これもすぐさま防御。
巨大な一撃もやはり問題なく防御が可能。しかし。
「くらええええ――――っ!!」
「【不動】【地壁の盾】!」
相手は巨人。
その都度【不動】を使っていては、この場から抜け出すことができない。
相手は15人にもおよぶ海賊たち。
前後左右からの同時攻撃などされたら、さすがに怖い。
「……い、いきますっ!」
ここでまもりは盾を構え直し、新スキルを発動する。
「【チャリオット】【地壁の盾】!」
身体の前面を隠すような形で盾を持ち、そのまま真っ直ぐに走り出す。
「オラアアアア――――ッ!!」
振り下ろされる大斧が、まもりの盾に直撃。
しかし斧は弾かれ、まもりは止めるには全く至らない。
「喰らええええ――――ッ!!」
続く一撃は、跳躍からの振り降ろし。
だがこれも弾かれ、海賊の方が弾き飛ばされた。
「【三回転斬り】!」
続く剣技は、縦軌道の三回転攻撃だ。
「ひいいいっ!」
その迫力に思わず悲鳴を上げるも、連打ですらまもりの足を止められない。
全てをしっかりガードしつつ、全速前進。
まもりは見事に、海賊たちの包囲を抜け出した。
「どけっ! 【大怪獣斬り】だああああ――――っ!!」
しかし最後に駆け込んできた剛腕海賊の一撃は、このクエストを難しくする転倒狙いの一撃。
放つ剣が強烈な衝撃波を生み、海賊たちの方へと押し戻されてしまう恐怖のスキルだ。
「きゃ、きゃあああああ――――っ!!」
地面を穿つほどの驚異的火力に、思わずあげる悲鳴。
しかしまもりはなんと、その足をフラつかせることすらなし。
受け止めた剣を弾き返しつつ、そのまま森の中へ駆け込んで行く。
「し、失礼いたしましたぁぁぁぁーっ!!」
ずっと悲鳴をあげ続けていたにも関わらず、ノーダメージ。
相変わらず、態度と結果が合わないまもりなのだった。
◆
「…………あ、あのぉ」
クエストの約束をしたうえでも、緊張しながら人魚に話しかけるまもり。
「すごい! 本当に【宝真珠】を取り戻してくれたの!」
「は、はひっ」
まもりが取り戻してきた【宝真珠】を渡すと、人魚は歓喜の声を上げた。
「ありがとう! さあ今度はあなたの番よ! 私にできることなら何でもするよ!」
「この島には漂流してたどり着いたみたいで……仲間を探しているのですが……」
「それだったら、私が泳いで近くの島とか船とかに連れて行ってあげるよ! そうすれば会えるんじゃないかな!」
「よ、よろしくお願いします……っ」
「そのうちに、その小さくなる魔法も切れると思うよ」
「小さくなる魔法……?」
ここでようやく知る。
この島には大きな生物が多いのではなく、自分が小さくなっていたのだと。
言われてみれば、沈没船から持ち出した金品の中には宝珠もあった。
船が沈む際に何かが光ったように見えたが、その影響だったようだ。
こうして人魚の頭に乗り、外海へ連れて行ってもらうことになったまもり。
不意に気づく。
「もしかして……今だったらクッキーが浮き輪サイズとかになるのでしょうか……!」
まだまだ大変な状況だが、その目は輝いていたという。
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