第869話 盾持ちのアリス
「ここはどこなんだろう……」
無人島に流れついたまもりは、砂浜からどこまでも続く海を眺める。
現状はおそらく、RPGのマップなどで見るぽつんとした孤島に、移動手段無しで来てしまったような状況だろう。
だがコーヒー店で聞いた話によると、装備があって次にすべきことも分かっている現状は、むしろ良い方らしい。
「とにかく、島を見て回ってみようかな……」
砂浜と木々が連なる林へと続く平坦な島は、かなり広い。
鼻息一つで気合を入れて、林の方へと向かう。
「ここの樹は、ずいぶんと大きいんですね」
通常の数倍はありそうな木々を見上げながら、まもりは進む。すると。
「にゃーん」
「こ、これは可愛い猫ちゃんがいる気配!」
NPCにも話しかけるのに躊躇するまもり、動物にはむしろ積極的に近寄っていく。
猫に関わるクエストなんてものがあれば、願ったりかなったりだ。
「どこですかー?」
そう言って意気揚々と茂みを開いた瞬間、そこにいたのは予想通りキジトラ柄の可愛い猫。
その体高、約4メートル。
「にゃんですかこれぇぇぇぇ――――っ!?」
猫はすぐさままもりを見つけ、走り出す。
「ひぇっ!」
さっそく両前足で飛び掛かる。
「【地壁の盾】っ! うわああああーっ!」
それを受け止めたまもり、思わぬ勢いに転がる。
すると対象が転がったことに興味を引かれた猫は、さらに接近。
放つ高速の猫パンチ、パンチパンチパンチ。
「うわわわわ! 【クイックガード】【地壁の盾】盾盾盾っ!」
これを倒れたまま受けるまもり。
興奮し出した猫の容赦ないパンチが、ダンダンダンダン! と、盾を叩く。
「こ、このままではオモチャとしてめちゃくちゃにされちゃうっ!」
その威力に、再びゴロンゴロンと転がるまもり。
猫はそんなまもりを見て、再び身体を低くして飛び掛かりの体勢に入る。
恐ろしいことにこの猫、HPゲージなし。
戦って倒せる対象ではないようだ。
「そ、それなら! 【シールドバッシュ】!」
思い切って足元に叩きつける盾から、巻き起こる衝撃波が風を起こす。
すると猫はびっくりして、大きく飛び下がった。
「い、いまですっ!」
まもりはこの隙に、近くの草の隙間に隠れ込む。
「……え?」
すると突然、何者かに首元をつかまれ持ち上げられた。
「わー! 別の子ですーっ!」
新たな猫が、まもりの首の後ろ側をくわえて移動を始める。
しかし災難はこれだけで終わらない。
「わ、わわわわわわーっ!!」
上方から急降下して来るのは、両翼10メートルはあろうかという巨大なカラス。
まもりをかっさらおうと、その身体を爪でつかんだ。
「きゃあっ!」
しかし猫も気づいて首をひねり、まもりはその場に落とされる。
すると猫は、すぐさまカラスに飛び掛かっていく。
「ち、ちちち【地壁の盾】っ!」
着地した猫の後ろ足が、まもりの構えた盾に直撃。
さらに放たれた猫パンチを受けたカラスは、翼をバタつかせて体勢を維持。
「【不動】【地壁の盾】っ!」
巻き起こる風によって飛んできた岩に、とっさに防御を発動。
さらにカラスのついばみが額にヒットし、転がった猫がまもりを押しつぶす。
「ちっ、【地壁の盾】ーっ!」
こうして猫とカラスの間に、飛び出てしまったまもり。
慌てて二つの盾を構える。
獲物は渡さないとばかりに前足を伸ばす猫と、カラスのクチバシに同時に対応。
「【クイックガード】【地壁の盾】盾!」
右盾で猫の爪を、左盾でカラスのくちばしを受け止めたまもりは、そのまま一回転。
「【シールドストライク】!」
盾の攻撃でカラスのクチバシを叩く。
「【シールドバッシュ】!」
そして衝撃波で、二発目の猫パンチを弾き返した。
こうして両者が驚きに硬直したところで、猛ダッシュ。
「あっ、すみませんっ!」
今度こそ草むらに駆け込み、そんな戦いを後ろ足で立って見ていた巨大ウサギのお腹にぶつかり方向転換。
駆け抜けた先の化物リスに思わず悲鳴を上げて、再び方向を転換。
「な、なんて恐ろしい島なんでしょう……っ!」
ようやく動物の姿が見えなくなったところで、近くの岩に腰を下ろして息をつく。
身近な動物は全て大型で、HPなし。
そんな謎の事態に困惑していると――。
「……ん?」
ズリズリと何かに引っ張られる感覚。
振り返るとそこには、まもりの上着をつかんで引きずる大アリ。
さらに足よりも大きな無数のアリの一団が、こちらに向かってやって来る。
「シシシ【シールドバッシュ】【シールドバッシュ】【シールドバッシュ】!」
吹き飛ばしても吹き飛ばしても、迫り来るアリの大群は止まらない。
「こ、このままでは、数に押されて巣穴に持ち帰られちゃう!」
走り出すまもり。
「そうだ! 相手がアリなら……っ!」
聞こえた水音に反応、そのまま近くの川に飛び込んだ。
アリなら、水場にまでは入ってこない。
そしてまもりは【耐久】が高いため、呼吸ゲージはかなり長い。
そのまま流されることで、見事アリの回避に成功。
「う、海より、この島の方が危険なのでは……」
そんな疑問を抱えながら流された川は、湖につながっていた。
ほとりに上がって、今度こそ安堵の息をつく。
顔を上げると、見えたのは湖のほとりの岩。
その上に座っているのは、人魚。
「……つ、ついに、クエストにつながりそうなNPCさんを発見しました……!」
歓喜の声を上げるまもり。しかし。
「…………」
ここで得意のNPC見知りを発動。
NPCと分かっていても、人型だと声をかける前に勇気を溜める必要がある。
怒涛の動物攻勢を、見事に盾で防いで駆け抜けた鉄壁の少女まもり。
大きく深呼吸して、覚悟を決める。
「……よ、よしっ」
レンがいたら「どれだけ準備運動するのよ……」と思わず口にしていただろう時間を経て、右手に取り出したココナッツクッキーを一口。
ようやく声をかけにいくことを、決断する準備を始めたのだった。
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