第868話 イカダのフルコース

「あっ! ツバメさん、何か流れてきます!」

「これは新たなガレキ地帯の可能性……! 風も止まっていますし、オールで行きましょう!」

「はいっ!」

「「「いち、に、いち、に!」」」


 海賊ザメの襲撃を乗り越えたツバメと迷子ちゃんは、海を行く。


「やはりこの一帯、難破船のガレキがたまっていますね」

「カバンです! 中身は何でしょう……! あ、包丁セットですよ!」

「一応短剣としても装備できるのですね……これは大きなプラスになりそうです」

「ロープと木材もあります。これはさらにイカダを拡張するのでしょうか」

「こっちにはフックがありました。ロープと組み合わせておきましょう。イスもありますね。イカダを広げれば優雅に座ることができそうです」

「これはお宝海域ですね!」


 沈没したのであろう船のガレキをひろい、イカダを豪華にしながら進む二人。


「サングラスもありました」

「急にバカンス風に……!」


 とりあえずかけてみるツバメに、笑ってしまう迷子ちゃん。

 ガレキ地帯の発見で、ツバメたちはさらに漂流生活を充実させた。


「そう言えば、メイさんたちとは一緒ではないんですか?」

「船が崩壊して、バラバラになってしまいました」

「あ、皆さん一緒に漂流しているんですね」

「一度現実で会議をして、合流を目指すことになっています」

「今回はどんな大物を狙っているんですか?」

「ターゲットの話は出ませんでしたね」

「そうなんですか?」

「はい、一応海のゲートを目指しているのですが、会議の時には『どうやって集まるか』以外は一言も……目標を決めた後はマップを見ながら「この辺ではないか」みたいな会話をしただけです」

「本当に攻略がメインではないんですね……」


 掲示板民の言う『メイちゃんたちは攻略より遊び重視。結果として最先端にいる』という説が当たっていて、あらためて感嘆する迷子ちゃん。


「楽しさ優先なのはいいですね。私も掲示板の民さんと駆け回るのは、とても楽しいです! 皆さん少しどうかしていますが」

「どうかしているのですね……」

「はいっ」


 一瞬の迷いもなく応える迷子ちゃんに、ツバメも笑みをこぼす。

 掲示板組には「いやいや、迷子ちゃんはその中でもトップクラスにヤバいだろ」と言われるに違いない。


「メイさんのおかげで、ジャングルでのイベントからずっと楽しくて仕方がありません」

「メイさん、可愛くて元気で最高ですよねぇ」

「間違いありません! しかもいざという時にはカッコいいのです! 敵の恐ろしい攻撃を完全回避した後に見せる笑みは、至高です……!」

「本当に素敵ですね! あの華麗な回避から、その可愛さに見合わぬ豪快なアクション! 腕力! 野性味!」

「やはりメイさんは、どこにいっても愛されていますね」


 そのまま二人は、メイの話で盛り上がる。


「あ! また何か流れてきましたよ!」


 そんな中、迷子ちゃんが見つけた小箱。

 勢いよく開けると――。


「中身は宝珠です」

「……属性ですか?」

「……はい」

「見なかったことに、できないでしょうか」


『火・氷・雷・風』四種の宝珠は、『何かに攻撃しろ』というメッセージにしか見えない。

 気付かなかったことにして、そっと海に返せないかと目論む二人。

 しかしこの海は、そう甘くなかった。


「天候が荒れ出しました……!」


 すぐさま雲が空を覆い、雨が降り出した。

 それに合わせて波も高くなる。

 ツバメと迷子ちゃんはうなずき合い、手持ちの合成アイテムたちで準備を開始。

 嵐が過ぎるのを待つことにした。しかし。

 ここでイカダにゲージが再登場。

 その事に気づいた直後、波間に見えたのは自分たちを囲む海獣たちの影。


「この数と大きさ、戦ってどうにかという形ではなさそうです! 襲い掛かってきた敵だけ叩いてやり過ごしましょう!」

「はいっ!」


 確認し合った直後、イカダを攻撃してきたのはマーマン。


「【バスターゲイザー】!」


 ド派手なエフェクトのアッパーで打ち上げ、マーマンを海に追い返す。

 すると続けざまに乗り上げてきたのは、大きなクラゲ。

 続けざまに拳打を放ちに向かうが、クラゲは【放電】で全身に電気を走らせ対抗。


「電気を止めます! 【投擲】!」


 それを見たつばめが余りの包丁を投じ、【放電】を強制停止。


「【ジェット・ナックル】!」


 即座に迷子ちゃんが拳を叩き込んで海へ。

 見事な連携に、うなずき合う二人。


「「ッ!!」」


 かかる影に思わず顔を上げる。

 そこには通常の数十倍はあろうかという、巨大なウミガメ。

 とても普通の攻撃でなんとかできる状況ではないが、【圧し掛かり】が決まればイカダが崩れてしまいそうだ。


「それならっ!」


 すぐさま判断をくだす。

 ツバメは見つけたばかりの【炎の宝珠】を投げつける。

 すると爆炎と共に、ウミガメが弾き飛ばされた。


「あれは……!」


 続けて海中に見えた影は、巨大シャチのもの。

 迫る【喰らいつき】は、ワインボトルや【手作りの槍】の投擲では止まらない。

 迷子ちゃんは慌てて【氷の宝珠】を投擲。

 その口内を氷でいっぱいにした【ギャングシャチ】は、進路を急変更して逃げ去っていく。

 ここで迷子ちゃんがシャチを追い返したことが、転機となる。

 ツバメが早い段階で、荒れる波の背後にいた巨大なウミヘビに気づくことができた。

 まだ距離はあるが、その長い尾はすでに高く持ち上げられている。


「尾撃……!」


 これまでの戦いの中で感じるようになった、『尾』による攻撃の気配。

 予想通り、イカダを狙った縦の尾撃が迫り来る。


「【投擲】!」


 ここまで使用した宝珠の順は、完璧。

 投じた【雷の宝珠】は感電によってウミヘビを硬直させ、尾撃は海面を叩く。


 思わず安堵の息をつくツバメ。

 海上漂流で起こりそうな問題のフルコースを見事に回避してきた二人だが、一直線に突撃してくる化物の姿に思わず目を見開く。

 見えたのは、この荒天にまるで見合わない赤色の熱帯魚クマノミ。

 その圧倒的な巨体は、荒れる海を一切気にすることなく一直線に特攻してくる。

 間違いなく、あれを喰らえばイカダはひとたまりもないだろう。

 そして残った宝珠は【風の宝珠】だけ。


「……これで、止められるでしょうか」


 これまでの宝珠の威力を見るに、桁違いのサイズを誇るクマノミを止められる気がしない。

 だが巨大熱帯魚は、容赦なく特攻してくる。

 このまま動かずにいることだけは、絶対にしてはならない。

【風の宝珠】を手に、悩む二人。

 迷子ちゃんは、不安そうに足元を見つめる。


「そういうことですかっ!」


 その視線の先にあったものが、ツバメを閃かせる。

 やはりこの敵数と嵐は、プレイヤー判断を試すものだ。


「帆を立てましょう!」

「ここで帆を……!?」


 迷子ちゃんは不思議そうにしながらも、ツバメと共にイカダの帆を立てる。


「いきます!」


 そして無理やり立てた帆に向けて、風の宝珠を発動する。


「「っ!!」」


 巻き起こった突風を帆に受け、吹き飛ばされるイカダ。

 荒れる波の上を水切り石のように跳ね飛び、クマノミの突撃を置き去りにする。

 それでもイカダは止まらない。

 ツバメと迷子ちゃんは、荒れる海域をそのまま離脱。

 すると嘘のように雲が割れ、太陽が見え始める。

 天候も穏やかになり、怪物たちも居なくなった。


「やりましたね……」


 そう言って振り返るツバメ。

 しかしイカダには、自分しかいない。


「まさか、風の衝撃で!? 迷子ちゃんさん! 迷子ちゃんさんっ!」

 ツバメは慌てて辺りを確認。

 しかし迷子ちゃんの姿はどこにも見当たらない。

 あの嵐の中に置き去りにしたのであれば、最悪だ。


「今行きます! 待っていてください――――迷子ちゃんさん!」

「はいっ」


 ツバメが今まさに海に飛び込もうとしたところで、突然迷子ちゃんが海面に顔を出した。


「迷子ちゃんさん……っ!? 無事だったのですか!?」

「ロープフックのおかげで助かりました」

「そういうことですか……」


 事前に付けていたロープフックで、再遭難とはならなかったようだ。

 今度こそ、ツバメは大きく息をつく。

 するとイカダに上がった迷子ちゃんは振り返り、いまだ嵐の続く海域を見た後――。


「あ、あのっ」


 両手を出した。


「よくメイさんたちがやっているのを見て、やってみたかったんです。おねがいします……っ!」

「はい!」


 そのままハイタッチ。

 二人はあらためて安堵の息をつく。

 そして、これ見よがしに流れてきたズタ袋を発見。


「この袋……装備品ですよ!」


 袋を開くと、そこには二人の装備品が入っていた。さらに。


「何か、みえてきました……!」


 遠く見える影。

 どうやら二人は、一つのクエストを無事乗り越えたようだ。

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