第867話 全員迷子

「……ここは」


 ツバメが目を開く。

 目の前に広がるのは、やはりどこまでも続く海と空。

 ミューダスのヌシが起こした巨大な波と嵐で、荒れる海に放り出されたツバメ。

 すさまじい濁流に飲み込まれ、次に視界が戻った時、そこはリスポーン地点ではなく海の上だった。

 しがみついていたのは、船のドアだろうか。

 木製の厚い一枚板。


「まさか全員そろって、海に放り出されているとは……」


 まずは仲間との合流が目標。

 こういう時、一人くらいは近場にいるものと考えて、しばらく波に揺られてみる。

 どうやら各人で状況に違いがあるようだが、ツバメは『装備品・アイテム』がない。


「このまま流れていれば、たどりつくのでしょうか……」


 まもりは島に着いたと言っていた。

 そんなことを考えながら、しばらくぷかぷかしていると――。

 何かが、近づいてくるのが見えた。

 よく見ればそれは、イカダのようなものに乗った誰か。

 メイかレンか、はたまたまもりか。

 ツバメは立ち上がり、イカダの主を確認する。


「あなたは……!」


 思わず声を上げると、相手もこちらに気づいた。

 海上での、まさかの再会。


「ツ、ツバメさんですかっ!?」

「帝国では、お世話になりました」

「いえいえこちらこそっ! 急にいなくなって申し訳ないです!」

「それで迷子さん、どうしてこんなところに?」

「はい、天空遺跡を見に行った際に道に迷ってしまって……気が付いたら」

「エルラトからは、かなり距離があるように思うのですが……」


 日本で行方不明になった人が、スペインで発見。

 そんな稀に聞く不思議な事件みたいな展開に、驚くツバメ。

 とりあえずイカダとドアを隣接し、またぷかぷかする。

 すると今度は、潮の流れに乗って何かが流れてくるのが見えた。


「ツバメさん、何か見えますっ!」

「こぎましょう! とにかくこいで近づきましょう!」


 ツバメと迷子ちゃんは手を使って「うおおおー!」と必死に海水をかき、見つけた何かに接近。


「……木の棒です」


 迷子ちゃんは二本の木の棒を手にして、息をつく。


「いえ、これはオールですよ」


 嵐で崩壊した船から流れ出たのか、しっかりした作りのオール。


「これで進む速度が上がりそうです……そういうことですか」


 ツバメはここで、システムに何となく気づく。


「近くに他にも流出アイテムがないか、探してみましょう」

「はいっ」


 さっそく二人は、オールを使ってこぎ進む。


「あれはなんでしょうか!」

「いきましょう!」


 次に見つけたのは一本のロープと、浮かぶ多くの木材。


「これで、新しくイカダを作れということではないでしょうか」


 ロープと木々を集めていくと、一定以上の木材が集まったところで、視界の端に『作成マーク』が出る。

 二つを組み合わせると、新たなイカダになった。

 畳三枚ほどとなれば、そこそこの広さだ。


「こういう形で、どこかを目指せということなのでしょうね」

「ずいぶん変わったクエストですね」


 初めてのクエストに、迷子ちゃんも感嘆する。

 だがこの海域、こういうアイテムをひろうことで進めることは間違いない。

 さっそく二人、あらためてオールをこぐ。


「ありました! 大きな布です!」

「これは木箱ですね。中身は……いくつかワインが入っています」

「じゅうたん、これは……長い木の棒?」

「その棒……さっき見つけた布を張って、風を受ける形にするのではないでしょうか!」

「作れます! 帆船のようにするんですね!」


 ツバメの見事な閃き。

 こうしてツバメたちのイカダは、ヨットみたいに風を受けられるようになった。

 せっかくなのでじゅうたんをしき、木箱を中心に置いてみる。


「とても良いイカダになりました。気分は豪華客船です」

「はい、いいですね!」


 最初は木製のドア一枚だったツバメの漂流が一変。

 広いイカダの中心にじゅうたん敷き、小型のマストで風を受けて進むことも、オールで進むことも可能。

 さらに木箱がテーブルのような雰囲気を出している。

 イカダにしては、なかなか豪華な見た目になってきた。

 何か『ルートに乗った』ような感覚。

 二人は浮遊物の流れを追うようにして、風を受けて進んでいく。


「今度はタルです! 中身を確かめましょう!」

「木製の弓と矢、ナイフが入っていました! ……どうしましたか?」

「タルの中身は数本のアイテムナイフ。木材の余りとロープを使うことで、槍の作成ができるようです」

「槍、ということは……」

「何かが襲って来る可能性が考えられますね」


 武器の入手という流れはいいが、槍があるのなら戦うのがRPGだ。

 ツバメは【手製の槍】を3本ほど作成し、1本を装備。

 迷子ちゃんは格闘スキルがあるため、素手で対応するようだ。

 するとほどなくして、海上に大きなヒレが見えた。


「来ました……!」


 イカダに現れるHPゲージ。


「この感じは、イカダ防衛クエストでもあるのですね」

「そういうことですか! イカダ防衛は初めてですっ!」


 水中戦になってしまえば敗北は必至、イカダを失うわけにはいかない。

 迫る海賊ザメに、二人は一緒に立ち向かう。


「「ッ!!」」


 加速から、あいさつ代わりの突撃がイカダを揺らす。

 ゲージが減り、わずかにロープが緩む感覚。


「私たちの希望の船、破壊などさせません!」

「させないですっ!」


 そう宣言した瞬間、海賊ザメが飛び掛かってきた。


「迷子さん!」

「はいっ!」


 二人はイカダの上に伏してこれを回避。

 後方で飛沫があがったのを見て、慌てて立ち上がる。


「「ッ!!」」


 すると今度は、イカダの側方から直接乗り上げてきた。

 大型の海賊ザメが乗りかかれば、当然イカダは大きく傾く。

 滑り台のような状況。

 並んだ大きな牙を見せつけるサメの方へ、身体が滑り落ちていく。


「ピンチですが……! チャンスです! 【紫電】!」


 その大きな口に飲み込まれる寸前が勝負。

 ツバメの放った雷撃が、駆けめぐる。


「【マシンガン・ブロウ】!」


 すかさず迷子ちゃんが拳の連打を叩き込み、HPを3割ほど減らす。

 すると海賊ザメは海中に逃げ込み、再び警戒の時間が始まった。


「「ッ!!」」


 再びの突撃。

 イカダのゲージが減り、足元が大きく揺れる。

 続く攻撃を待つ形で二人は、腰を落として構える。

 しかし接近してきた海賊ザメは、その尾ビレで海水をひと払い。


「くっ!」


 強烈な飛沫をぶつけられ、よろめく二人。

 そこに、飛び掛かりからの喰らいつきが迫る。


「【スラッシュ】!」


 ツバメはそれでもイカダの端に避けることで回避しつつ、【手製の槍】で反撃を決めた。


「きゃっ!」


 しかし迷子ちゃんが弾かれ、海に落下。


「大丈夫ですか!」

「ありがとうございますっ!」


 慌てて手をつかみ、引き上げるツバメ。

 しかしこのタイミングを、海賊ザメは逃さない。

 迷子ちゃんの足に喰いつき、そのまま海中に引き込もうとする。

 ツバメは手にした槍でサメを突き続け、どうにか迷子ちゃんを回収。

 海賊ザメはそのまま、海中へ。


「長い静寂、ここらで大技が来てもおかしくないですね……まさか!」


 ツバメの予想は当たる。

 海賊ザメのトドメの一撃は真下から。

 イカダを跳ね上げる攻撃だった。


「【跳躍】【エアリアル】!」

「きゃあっ!」


 ツバメは宙へ。

 迷子ちゃんは再び海に落ちる。

 この後イカダに急いで上がらなければ、【引きずり込み】で高ダメージに加えて、呼吸ゲージとの戦いまで始まってしまう。

【耐久】の高くない迷子ちゃんにとって、それは最悪の展開だ。しかし。

 海賊ザメの喰らいつきを二段ジャンプでギリギリかわしたツバメは、槍で狙いをつける。

 そしてそのまま海面に落ちるところで、ひと突き。

 落下刺しが入り、ダメージを奪う。そして。


「それっ!」


 大急ぎでイカダに戻った迷子ちゃんが投げた【手製の槍】が刺さり、ついにHPが半分を切った。

 すると海賊ザメは、身体を反転。

 イカダの破壊を諦め、逃げ去って行った。


「ひ、冷や冷やしましたねぇ」

「思わぬ体験でした」


 二人は付近に散らばったアイテムを引き上げ、イカダに戻る。

 すると海賊ザメの逃げ去った方向に、浮かぶ何かを発見。


「さっそく向かってみましょう!」


 どうやら何もない海から、少し先へと進めそうだ。

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