第865話 持ち掛けられた仕事

「おいしーっ!」


 メイたちはココナッツにストローを刺したものを飲みながら、綺麗な海岸線を眺めていた。


「ココナッツウォーターは甘酸っぱいのですね」

「ココナッツミルクは甘くておいしいよ」


 透明なものと、白色のもの。

 南国の定番を初めて口にした二人は、その味に感嘆する。


「しあわせですぅ」


 まもりは水着姿のメイを見ながらココナッツパウダー仕様のクッキーなどを食べて、満足そうにほほ笑む。


「ツバメちゃん、一口ちょうだい」

「は、はい! どうぞ……っ!?」


 メイはココナッツを受け取るのではなく、身体を寄せて直接ストローに口をつける。

 肌が当たる感触に、思わず戸惑うツバメ。


「さっぱりしてる! ツバメちゃんもどうぞ!」

「そ、それでは失礼して……」

「おいしいねぇ」

「は、はいっ」


 メイが差し出したココナッツに、そっと顔を寄せてストローに口をつける。

 照れながら飲むツバメ、案の定もう味が分からない。

 こうして四人が、南国の海とココナッツを楽しんでいると――。


「あんたたち、見たところかなりの腕っぷしのようだな。鍛え抜かれた感じ、見ればすぐにわかるぞ」


 一人の良く日焼けした男NPCが、やってきてそう言った。


「え、ええっ!? ついに【腕力】に合わせて筋肉が……っ!?」


 もしも【腕力】値に合わせた筋肉がつくような仕様になったら、間違いなくメイは大変なことになる。

 野生児の名にふさわしい鋼の身体になっていたらどうしようと、メイは慌てて腹筋を見下ろす。


「いつも通りだ……」


 特に変化のないお腹を指でぷにっとして、安堵の息をつく。


「そこでどうだい? 一仕事してみないか?」

「どんなお仕事なんですかっ?」

「沈没船から、積み荷を引き上げて欲しいんだ。先日この辺りを通った船が荒い運転をしててな。ぶつかって沈んじまったんだ」

「どうしよっか?」

「星屑フェスで遊んだ、イベントクエストのような形でしょうか」

「それなら、お手伝いできそうだねっ」


 せっかく見つけたクエスト。

 しかも『腕を見込まれて』となれば、一定以上のレベル向けのものである可能性が高い。


「なんでもぶつかっていったのは、この海に似合わない厳つい黒船だったって話だ」

「「「「っ!!」」」」


 そのキーワードに、思わず顔を見合わせる。


「黒くて厳つい船と言えば、黒づくめたちが帝国の騒乱に乗じて逃げ出した際に使ったものと同じね」

「やはりこのクエスト、受けてみる価値がありそうです……!」


 うなずき合う四人。


「このクエスト、お受けいたしますっ!」

「おお、そいつは助かる。それじゃさっそくついて来てくれ。船の準備はできてるんだ」


 こうしてメイたちがたどり着いた先は、漁船なども並ぶ港の一角。

 そこには荷物を積むための、甲板の広い船が係留されていた。

 木造の小型タンカーと言った風体の船に乗り込むと、さっそく四人はエメラルドブルーの海へ出る。

 船は進み、やがて陸が見えなくなった頃に、ひっくり返った船を発見。

 どうやら船の舳先が、水面から飛び出すような形になっているようだ。


「仕事はシンプルだ。船の内部に入り込んで、中のアイテムを持ち出すだけだ。くれぐれも深入りし過ぎて呼吸ができないなんてことにならないようにな」

「りょうかいですっ!」


 一番心配のないメイが、しっかり元気に応える。


「それではいきますっ! 【アクロバット】からの【ドルフィンスイム】!」


 メイは軽やかに船の縁を蹴り、空中でクルクル回転。

 そのまま華麗に海中に潜り込んだ。

 船は後部に広い操舵室へのドアがあり、そこから中に入り込む形になっているようだ。

 メイはツバメたちが続くのを待って先行、ドアへと案内。

 そしてちゃんとレンの背後に回って、ドアを開ける役目を任せる。


「ここでもそれやる?」


 苦笑いしながら、扉を開けるレン。

 中は暗く、船底に置かれているというアイテムや金品、美術品などの回収は、往復が大変そうだ。


「おまかせくださいっ」


 しかしメイには問題なし。

【ドルフィンスイム】でスイスイ進み、船底からマリア像やら宝剣やらを抱えて戻ってくる。

【耐久】の高さによって、呼吸ゲージも余裕あり。

 メイが船底に溜まった金品を回収して、操舵室まで運搬。

 それを残った三人が水上へ持って行くという流れで、回収を進めていく。

 そのまま最後の金品を皆で抱えて操舵室を出たところで、現れたのは大型のサメ。


「いってきます!」


 メイは【耐久】の高いまもりに最後の荷物を任せ、そのまま海賊ザメの方へ一直線。

 ターゲットを奪うと、海賊ザメはメイにその牙で喰らいつきに行く。

 しかしメイは、人魚のように一回転してこれを回避。

「ついておいで」とばかりに泳ぎ出す。

 追いかける海賊ザメは、喰らいつきを連続する。

 しかし見事な泳ぎの前に、完全な深追いをする形になった。

 メイはレンたちが船に上がったのを見て、一気に速度上昇。

 海賊ザメを置き去りにすると、海底に足をついて振り返る。


「いきますっ! 【装備変更】っ!」


 その手に取ったのは三叉の形状をした【海皇の槍】

 メイは大きく振り返ると、そのまま全力で投擲。


「せーのっ! それええええええ――――っ!」


 放たれた【海皇の槍】はドン! と水中で爆発音のようなものを響かせ、円形の衝撃波を残して射出。

 とても水中とは思えない速度で飛び、そのまま海賊ザメを貫き海面へ。

 大量の飛沫を高々と上げて、空へと飛んでいく。


「す、すごいです……っ」

「これが【海皇の槍】……」

「すさまじい勢いですね……」


 陽光に照らされてキラキラ輝く飛沫に、思わずレンたちが感嘆する。

 海賊ザメは、一撃のもとに粒子となって消えた。

 生まれた波がレンたちの乗った船を大きく揺らす中、メイは海面に顔を出して「てへへ」と笑みを一つ。

 戻ってきた槍を受け取りつつ、船に上がる。


「こいつは見事だ。海賊ザメの登場は予想外だったが、まさか商品すべてを回収しちまうとは……」


 驚きの声を上げる依頼人。

 船の上には、積まれた商品の山。

 総数の6割を回収できれば合格のクエストを、見事に完全攻略した。

 4人はハイタッチして笑い合う。


「それじゃあ街に戻るとするか……ん?」


 男が空を見上げる。

 するとこれまで快晴だったこの海域に、突然黒い雲がもくもくとわき立ち始めた。


「マズいぞ……すぐに船を戻す! 急げ!」


 あげた声に、船員の動きが慌ただしくなる。


「ずいぶんと急な天候の変化ですね……」


 吹き出す強風、荒れ始める波。

 雨が降り出し、雷の音まで鳴り響く。


「ひあっ!」


 近くでとどろく雷鳴に、まもりが跳び上がった。


「わああああああーっ」


 メイは甲板を転がっていく。


「これは……っ」


 続けてツバメも転がっていく。

 巻き込まれた盛大な嵐。

 星屑の広い海では稀にみられる現象だが、その荒れようは船を沈没させてしまいそうだ。


「そういうことか……っ」


 荒れ狂う波。

 男がつぶやくように言う。


「ミューダスのヌシが……来ているのか……っ」


 吹き付ける雨風の中、男が視線を向けた先には巨大な蛇のような影。

 そこに見えたのは、船などまるごと飲み込む大きさの高波。


「え、ええっ!?」


 そのめちゃくちゃな大きさに、思わずメイが驚きの声を上げる。

 そして波はそのまま、メイたちの乗る船を飲み込んだ。


「ええええええええ――――っ!?」


 四人は荒れる海に投げ出され、そのまま視界は真っ黒に塗りつぶされた。

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