第805話 皇帝とオーケストラ

「いよいよだね……!」


 皇帝直下の近衛兵たちを打倒し、黒竜にも空中戦で勝利。

 観客たちのあげる歓声に背を押され、メイたちは皇帝ルーデウスのいる前庭へと向かう。

 向かうは、建国祭の大きなプログラムであるコンサートの会場だ。


「ここまで準備は問題なし。一応もう一度、四人で分け合っておきましょうか」

「よろしくお願いしますっ」


 四人は最終戦への準備を進めながら、本城から中庭と建築区画を突っ切る石造りの道を進む。

 その先にあった小型魔法陣の魔法珠を踏むと、このクエストの参加者を運ぶ魔法が起動。


「これは……」

「すごーい!」

「野外のコンサート会場ね」

「お、おどろきました」


 たどり着いた先にあったのは、ブロック造りの舞台。

 その背面は、高い弧型の壁で覆われている。

 渋い色味のブロックに彫刻を入れたものを互い違いに重ね、帝国紋入りの垂れ幕をかけることで、野外会場ながらに荘厳な雰囲気を醸し出している。

 貴族NPCやプレイヤーを始めとした観客たちは、アリーナの後方を囲むような形で作られた客席に集まる形のようだ。

 正面口から駆け足で回り込んできた掲示板組や、帝国に現れた大型クエストの行く末を見に来たプレイヤーたちも、豪華な会場に感嘆する。



「見ろ! メイちゃんたちがコンサート会場に来たぞ!!」


 会場内のアリーナに当たる部分に現れたメイたちに、集まる視線。

 舞台にはすでに、100人ほどの演奏家たちが並んでいる。

 フルオーケストラだ。


「――――どうやら、刺客が入り込んだようだ」


 黒地に赤と金の飾りつけがされたマント。

 銀の長い髪に、青く冷たい瞳。

 舞台上にやってきた皇帝ルーデウスは、それこそ演劇のように大げさな言い回しをして見せた。

 そんな言葉に、ざわつき出す貴族NPCたち。

 指揮者の位置についた皇帝は、ゆっくりと振り返る。


「だが、案ずることはない。お集まりの皆さんには、これから特別な余興をお見せしよう」

「……どういうことだ?」


 予想もしなかった展開に、首を傾げるプレイヤーたち。


「この場に乗り込んできたのは、政変を狙う野良犬のごとき反逆者たち。その凶刃はついに、建国祭でにぎわうこの国の頂点。ルーデウス皇帝にまで到達した」


 突然始まった語りに皆、意識を集中する。


「しかしこの世界を支配するべく生まれた王であるルーデウスは、その卓越した力によって反逆者たち魔の手を退けるのであった」


 ここで皇帝はメイたちを前に、片手をあげる。

 すると背後に並んだ演奏家NPCたちが、楽器を構えた。


「我は、王だ」


 そしてその言葉を合図にゆっくりとオーケストラが、ストリングスを使った運命的で勇壮な音楽を奏で出す。


「なに、この演出……」


 通常のRPGでは定番だが、VRMMOでは見ないボス戦の音楽演出。


「マジかよ……こんなの見たことないぞ」


 それは分かっていてもつい鳥肌が立ち、物語に、世界に、そして運命の戦いに、プレイヤーを没頭させる最高の演出だ。


「VRMMOで音楽はこうやって入れてくるのか! 帝国の祭りっていう舞台だからこそできる演出だな!」

「強大な帝国の皇帝に立ち向かうメイちゃんたち、カッコいい……!」


 思わず熱くなる観客たち。

 戦いへと向かうプロローグは、続いていく。


「強き者の前に、弱き者が奪われるのは自然の摂理だ」

「それが、人間にも当てはまると言うのですか?」


 ルーデウスの言葉に、ツバメが静かに問う。


「その通りだ。よってこの皇帝ルーデウスには世界の全てを壊し、この手につかむ権利が、義務がある!」

「そんなこと、させませんっ!」


 メイが強く首を振る。


「喚くな弱者よ。貴様たちは我が覇道の礎となり命を散らすことだけが唯一の幸福、そして生きる意味となる」

「ダ、ダメですっ、そんなの!」


 まもりは盾をつかんだまま反論する。


「ルーデウス・ガルデラは、至上の血筋持つというだけではない。もちろん『武』においても、他の追随を許さぬ至高の存在なのだ。全ての頂点に立つ者、ゆえに王」


 流れる音楽は明らかに、この後に来る『爆発的に強いバトルテーマ』へと続く前奏。

 それが分かっているからこそ、観客たちも気分が盛り上がり、自然と拳を握り出す。


「神に選ばれた……いや、このルーデウス・ガルデラは世界を制し……新たな神となる王の中の王なのだ!」


 続く言葉の応酬に、ついにレンが口を開く。


「知らないの? 戦いの前に大言を重ねる者は、不様に敗北するものなのよ」


 四人は並び、自然とその手に武器を取る。

 その流れは幾度も目にしてきたRPGの、世界を賭けた戦いの様だ。

 観客たちはもう、瞬きすることすら忘れてしまう。


「旧市街の貧しき者たちを贄とし、軟弱な弟と力なき反逆者たちを見せしめとし、世界の全てを我が物とする」


 鳴り続ける音楽は皇帝の言葉の強さに、戦いの気配の接近に合わせて、その勢いを強めていく。


「さあ来るがいい反逆者たちよ! 巨大な帝国を統べる偉大なる王の力の前に、己の無力さを悔いるがいい!」


 叫んで両手を開けば、解放された魔力に強い風が吹く。

 オーケストラが一気にその演奏を過熱させる。そして。

 帝国の未来をかけた、最後の戦いが始まった。

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