第806話 命ずる皇帝

 演奏家たちが鳴り響かせる音楽。

 皇帝ルーデウス・ガルデラは、やや長めの剣をゆっくりと抜く。

 そして、静かに構えた。


「【葬剣】」


 軽い振り上げから放たれる猛烈な剣撃が、地を駆ける。


「「「「ッ!!」」」」


 これを四人は左右に分かれて回避する。

 すると振り上げた剣を振り降ろし、また上げる。

 三連発の剣撃は、怒涛の勢いで迫りくる。

 その規模は大きく、巻き込まれれば高いダメージは必至だろう。

 メイとツバメはこれを難なく、後方のまもりはレンと共に走って範囲外へ。

 そして四人は同時に、ルーデウスの方へ向き直るが――。


「【瞬動】……アイン」

「ッ!?」


 三発目の【葬剣】の終わりの動きから、そのままツバメの目前へ。

 剣を振り降ろし、払い、そして踏み込みと同時に鋭い突きを放つ。

 通常の剣撃にすら、衝撃のエフェクトが生まれるその剣技。

 凄まじい勢いにツバメは、三度のバックステップで距離を取る。


「ツヴァイ」


 しかし突きのポーズのまま、後ろに着いた足の動き一つで追ってくる。

 放たれる大きな払いに、ツバメは慌てて後ろに倒れることでスレスレ回避。


「【フリーズストライク】!」

「ドライ」


 この払いのモーション後に、その隙を消す形で再度の高速移動。

 氷砲弾をかわしつつ距離を取ったところで、レンに向けた左手に輝く光。


「【闇閃】」

「ッ!!」


【超高速魔法】を思わせる速すぎる一撃は、魔力を紫の光剣に変えて飛ばすもの。

 それがレンの頬を擦り、髪を大きく揺らして通り過ぎて行った。


「攻撃のペースが速いですね」

「移動スキルで攻撃後の隙を消してくるって、それだけでもやっかいだわ。守りの方はどうかしら」


 そんなレンの言葉に、動き出したのはメイとツバメ。


「【バンビステップ】」

「【加速】」


 余裕を見せるルーデウスに、二人は左右から挟むように距離を詰めていく。


「やあっ!」


 メイが剣を振り降ろし、そのまま踏み込み斬り上げにつなぐ。


「【電光石火】」


 これを左右の動きでかわしたルーデウスに、ツバメが斬り抜けで続く。

 しかしこれも、右へ一歩の移動でやり過ごされる。


「【バンビステップ】【フルスイング】!」

「【瞬動】」

「ここっ!! 高速【誘導弾】【フレアストライク】!」


 ルーデウスの高速移動は便利だが、その動きは基本直線。

 また空間を飛ばすような瞬間移動ではないため、敵を追う魔法は効果的だ。

 炎砲弾は狙い通り、【瞬動】直後のルーデウスを捉える。


「【斬魔剣】」


 しかし弧を描く剣閃が、炎砲弾を斬り払い炎を高くまき上げる。


「攻撃移動防御、どれをとってもレベルが高いわね。でも……っ!」


 あくまで余裕を崩さないルーデウスと、舞い散る火の粉。

 そこに時間差をつけ、迫るメイとツバメ。

 これは攻撃時に高速移動をされても、その直後をどちらかが狙うためだ。しかし。


「【覇円刃】」


 その場で足を軽く踏み鳴らすと、ルーデウスを中心に強烈な衝撃波が吹き上がる。


「うわわっ!」

「あぶないです……!」


 これにはメイとツバメも、さすがに足を止めざるを得なかった。


「どうした? それでは政変をなすことなどできんぞ? もっと皇帝陛下様を楽しませろ、反逆者共」


 衝撃波が止むと、ひゅんひゅんと剣を軽く回して挑発してくるルーデウス。

 得物を持った手を、背中側へと回す。


「【烈破】」

「あれっ!?」


 メイが驚きの声を上げた。

 見れば武器が、剣から槍に換わっていた。

 大きな払いによって生まれた空刃は、円形に広がっていく。


「【アクロバット】!」

「【烈破】【烈破】【烈破】!」


 続く三連の空刃の輪を、メイは前方への三連続宙返りで回避。

 各空刃の間隔の違いにも対応し、かすることすらなく距離を詰める。


「【バンビステップ】!」


 そのまま柔軟な足運びで、メイはルーデウスを射程に捉えるが――。


「【命ずる】」


 スキルの発動と同時に、広がる白文字の魔法陣はなんと立体。

 それはまるで空間を四角く切り取るように、直方体の形状を取った。


「なにこれっ?」

「は、はじめてみました」


 レンはもちろん、まもりも初見の攻撃に驚きの声を上げる。

 その広い範囲は、戦闘フィールドの半分を占めるほど。


「【剣兵】!」


 ルーデウスの言葉に合わせて、魔法陣内部の上面から4人の帝国兵が落ちてきた。


「うわっと!」


 四人がかりの落下振り下ろしをメイがかわすと、兵士たちはそのまま床の魔法陣に飲み込まれて消える。


「【命ずる】【魔術兵】!」


 すると今度は壁の魔法陣から現れた10人の魔術師が、一斉に放つ火炎弾。


「うわわわっ! 【ラビットジャンプ】!」


 交差する火炎弾の一斉射撃を、メイは上方への跳躍で回避する。

 すると魔術兵たちは、床の魔法陣に沈んでいき――。


「【命ずる】【重装兵】!」


 今度は着地したメイを取り囲む形で、ハルバードを掲げた五体の重装兵が床からせり上がってきた。


「え、えらいこっちゃー!」

「「「【エクスプロード・アックス!】」」」


 五体が同時に振り下ろす、全力の一撃。

 その狙いはもちろん、中心に閉じ込められたメイだ。

 強い踏み込みから叩きつけた五体分のハルバードが、衝撃波を巻き上がる。しかし。


「【裸足の女神】!」


 メイは重装兵の振り降ろしの最中に見つけた隙間を、超高速移動で駆け抜けていく。

 狙いは当然ルーデウスだ。


「いきますっ! 【フルスイング】――っ!」

「【命ずる】【トロル】!」

「ッ!?」


 一気に距離を詰め、放つ盛大な振り降ろし。

 ルーデウスの目前に現れたのは、一体のトロルだった。

 そしてメイの一撃を、その身をもって受け止める。

 この隙に足を引き、槍を引くルーデウス。


「【炎華】!」

「ッ!!」


 高速直線移動から、放つ槍の突き出し。

 しかしその一撃は、運悪く倒れゆくトロルに突き刺さった。

 それでもルーデウスは構うことなく、そのままトロルごと槍を突き上げる。


「焼き尽くせ!」


 すると魔力光が集結し、槍の先端が爆炎を巻き起こした。

 あがる猛烈な炎が、トロルを焼き尽くしていく。


「……邪魔だ、ゴミが」

「召喚して身代わりをさせた上にこの扱いって、さすがにひどいわね」


 舌打ちと共に槍を払うルーデウスと、転がり粒子となるトロル。

 レンの言葉に、メイは大きくうなずく。

 しかしルーデウスは、酷薄な笑みを浮かべながら両手を広げてみせた。


「王が所有物を使うことの何が悪い? 今ここに悪が存在するというのであれば、世界の王に刃を向けている、身の程知らずの貴様らだ。だが案ずるな、悪は滅びる。貴様らもすぐにあの汚いトロルの後を追わせてやる」


 そう言って笑い、槍を引く。


「【烈破】【烈破】【烈破】ァァァァ!」


 放たれる三連続の波紋斬り。

 さらにその三発目に【瞬動】高速移動を発動し、狙うのは後衛のレン。


「っ!!」

「【命ずる】【グリフォン】!」


 槍での突きをかわすも、続く【命ずる】は上面から滑空してくるグリフォン。

 その爪を転がってかわすと、槍の叩きつけが肩をかすめてバランスを崩した。


「【命ずる】【ミノタウロス】!」


 ルーデウスの言葉に、レンの左右に現れるミノタウロス。


「ッ!!」


 両隣りから振り下ろされる武骨な石斧を、さらに転がって回避。


「【命ずる】【コカトリス】!」

「なっ!?」


 大型のミノタウロス二体という流れの直後に出てきたのは、冗談のような小型の魔物。だが。


「まずっ!」


 その姿を見たレンは、慌てて伏せる。

 コカトリスは、麻痺毒を放つ魔物だ。

 這う這うの体で毒の噴射を切り抜けたレンだが、その目に映ったのは必死のレンを嘲笑うルーデウス。


「地面を不様に転がるのが貴様たちにはお似合いだ! 【破山白火砲】!」

「マズっ!!」

「【かばう】!」


 レンの窮地に走り出していたまもりは、どうにかその『範囲』にレンを収めて跳んでくる。

 悩むのは『連打』に対応するか、『継続時間』に対応するか。

 槍の場合は、どちらもありえる。


「……こ、この攻撃の流れならっ! 【不動】【コンティニューガード】【天雲の盾】!」


 レンとルーデウスの間に入り込み、祈るような気持ちで差し出す盾。

 直後ルーデウスの槍が盾を突き、派手な衝突エフェクトが輝く。

 通常の防御でも大きく後退させられる一撃だが、【不動】が活きてその場に留まることに成功。

 直後、盛大な魔力光が槍の先から波動砲の様に射出した。

 まもりの盾によって割れた光は、後方10メートルほどのところで炸裂して大きく砂煙を巻き上げる。

 二分の一の賭けに、まもりは見事勝利した。


「【バンビステップ】!」

「【加速】!」


 メイとツバメは即座に攻撃に向かうが、ルーデウスは片手を上げてこれに対抗。


「【命ずる】【ワーウルフ】!」


 魔法陣の上面から振ってくる二体の人狼は、その体躯が3メートルにも及ぶ。

 振り下ろされる強烈な爪の一撃は、大きく空を切り裂く。


「【裸足の女神】!」

「【リブースト】!」


 しかし二人はこれを、見事な回避で置き去りにして接近。


「【葬烈剣】」


 迎え撃つルーデウスは装備を変更し、猛烈なエフェクトと共に剣を振り下ろしにくる。

 剣撃を飛ばす【葬剣】の高速連発スキルは、まさに反撃を許さぬ怒涛の攻勢。

 だが、たとえ衝撃波を伴う攻撃であろうが、縦の剣の振りはメイには禁物だ。


「【装備変更】とっつげき――――っ!!」

「なっ!?」


【鹿角】パリィが、ルーデウスの剣を弾く。

 そしてこの完全な隙は、消すことができない。


「【加速】【リブースト】【電光石火】!」


 即座にツバメが斬り抜け振り返る。


「【反転】!」

「どれだ!? どれで来るんだ!?」


 斬り抜けからの振り返り。

 次の一手に、掲示板組が期待の視線を向ける。


「――――【雷光閃火】」


 火花をまき散らしながらの突進。

 突き刺す【致命の葬刃】はわずかな間をおいて爆発し、ルーデウスを容赦なく弾き飛ばす。

 帰ってきた短剣を、ツバメは右手でクールに受け取った。

 一方、倒れたルーデウスのもとに向かうのはレン。

 その肩に軽く振れると、そのまま通り過ぎていく。

 そして振り返りもせずに、鳴らす指。


「燃えろ」


 直後【燃焼のルーン】が燃え上がり、会場に大きな炎を巻き上げた。


「褒めて……やろう」

「「「「ッ!!」」」」


 皇帝ルーデウスはなんと、炎に包まれたまま立ち上がる。

 そのHPは残り5割ほど。


「どうやら薄汚いトロルよりは、多少遊べるようだ」


 鳴り響くオーケストラの中。

 炎が収まると、ルーデウスはそう言って笑った。

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