第804話 白熱の空中戦

「すげえ……! マジですげえなおいっ!」

「空対空の戦いなんて、初めて見るぞっ!」


 誰もが憧れはするが、現実的には不可能。

 そう言われていた空中戦を、ケツァールと共に続けるメイ。

 目の前で起きている夢の戦いに、観客たちは興奮を隠せない。

 並んで飛行する黒竜ツァウバーフレーテと、ケツァール。

 黒竜は翼の角度一つで、推進方向を調整。

 一気に幅を寄せて一回転。

 長い尾を叩きつけにくる。

 一方ケツァールは翼を広げて風を受けることで急な制動をかけ、尾をスレスレでやり過ごす。

 すると黒竜はそのまま距離を取り、三つの炎弾を放った。

 これを落下でかわしたところに、再び迫る黒竜。

 強靭な爪に輝く光、その狙いはメイだ。


「【ラビットジャンプ】!」


 これをメイとケツァールは、上下に分離することで回避した。

 すると二者の間をすり抜けていった黒竜は振り返り、両翼を展開。

 広げた翼の前に、現れる多数の魔法陣。

 一斉に放たれた大量の炎弾を、ケツァールは羽ばたきを止めることで落下し回避する。

 しかしこの炎弾、避けても追ってくる。

 ケツァールは全力で翼を羽ばたかせ、最速で空を行く。

 真っすぐ太陽に向けて飛行すると、炎弾をしっかり引き付けたところで大きな縦の旋回で振り切った。

 黒竜よりも高く舞ったケツァール。

 頭上を取ったところで、そのまま急降下を開始。

 急加速で、黒竜に向けてかぎ爪を突き立てにいく。

 低い位置にいる獲物を狙う鳥の鋭さを、回避するのはあまりに難しい。

 ケツァールのかぎ爪蹴りは黒竜の首横に決まり、大きく鱗を切り裂いた。

 さらにその背になんと、メイの姿はなし。


「メイちゃんは?」

「……上だっ!!」


 メイはケツァールが落下を始める瞬間に、その背から跳躍。

 ケツァールに遅れること数秒、風を切りながら落下してきたメイは空中で回転しながら剣を振り上げる。


「大きくなーれ! 【フルスイング】!」


 空中での二段コンビネーションが見事炸裂。

 落下から放った豪快な一撃は、マットな質感に変化した【硬竜鱗】でどうにかダメージを減少。

 しかし頭部に綺麗に入った一撃は、黒竜の体勢を大きく崩した。

 この隙にケツァールはメイを回収して、姿勢を整える。

 この姿勢制御が正解となった。

 広い空に響く盛大な咆哮。

 黒竜が広げた翼の前に現れるのは、これまでの比ではないほど多数の魔法陣。

 それは本来、地上でインペリアルと戦う二桁人数のパーティに向けて放たれるはずの一撃。

 その数は、視界を覆いつくすほどだ。

 ケツァールは飛ぶ。


「右から来るよ! 次は左!」


 右に左に進路を変え、迫る炎弾の嵐の中を、数十センチの隙間を縫うように突き進む。


「後ろから来てる!」


 追ってくる火炎弾には、急降下で対応。

 それでも追ってきたものは、メイが【魔断の棍棒】で打ち払う。

 すると黒竜は、三つの氷塊弾を発射。

 圧倒的な速さで真っ直ぐ飛んでくるこの一撃を、ケツァールは上手にかわすが――。


「ッ!?」


 氷塊は炸裂し、今度は散弾銃の様に氷片をバラまいた。

 この形式は、さすがに頭になかったメイ。

 ケツァールの身体の大きさで、全てをかわすのは不可能だ。

 回避し切れず氷弾をいくつも喰らい、それによって崩したバランスのために続く火炎弾も連続ヒット。

 それでもケツァールはどうにか体勢を取り直すが、この攻撃の威力によってその背からメイが落下していた。

 一直線に、メイは地面に向けて落ちていく。


「……やっぱり! さすがに空中戦は無理だったんだ!」


 全力でメイをひろいに向かうケツァールの急降下でも、さすがに間に合わない。

 頭を抱え、悲鳴を上げる観客たち。しかし。


「【ターザンロープ】!」


 メイの投じたロープがかぎ爪にかかったところで、ケツァールは慌てて滑空に切り替える。

 メイの足が地面につくスレスレの高さでの救出。

 そのまま観客たちの間を通り抜け、再び空高くへと戻っていく。

 吹き抜けていく風に観客たちの髪がはためき、わずかに遅れて――。


「「「うおおおおおおおお――――っ!!」」」


 爆発的な歓声が沸き上がる。

 そのままメイはロープを引いて一回転、再びケツァールの背中へ戻った。


「このまま真っ直ぐ、お願いしますっ!」


 短く応えて、ケツァールは黒竜へ一直線。

 放たれた炎弾を、錐もみ回転でかわして距離を詰める。

 しかし続く【氷塊弾】は、今回も手前で炸裂。


「いーちゃん!」


 二度同じ手にはかからない。

 今度はバラけた氷弾を、爆風でそらして突き進む。


「【ラビットジャンプ】!」


【氷塊弾】を放ったばかりの黒竜目がけて、メイはケツァールの背から跳躍。


「【フルスイング】!」


 だが【密林の巫女】を使わない跳躍斬りは、やはり黒竜には届かない。

 なぜ【蒼樹の白剣】を伸ばさなかったのか、困惑する観客たち。

 本当の狙いは、この直後だ。


「【ターザンロープ】!」


 なんと今回は黒竜の足に縄を巻きつけ、そのまま腕を引いて背中に跳び上がった。

 背に取りつかれた黒竜は、即座に【硬竜鱗】で防御を固める。

 しかしメイも、物理攻撃が効きにくいことは承知済みだ。

 その手に、剣はなし。


「【グリーンハンド】! 【アイヴィーシード】!」


 右手を黒竜の背に突き、放つスキル。

 生える無数のツタは、一気に黒竜を飲み込んでいく。

 それは大型の魔獣が本気で振り解こうとすれば、そう難しくはない。

 しかしメイとケツァールの連携は、わずかな時間でも十分に響き合う。

 翼を覆われ、羽ばたきが止まったところでメイは黒竜の背を離脱。

 すると飛来したケツァールは両のかぎ爪で黒竜をつかみ、そのまま落下を開始する。

 そこから隕石の様に一直線に落下していったケツァールは、黒竜を帝国資料館の屋根に叩きつけた。

 資料館は外壁から崩れ落ち、高々と破片が舞い上がる。

 一方衝突直前で離脱したケツァールは、そのまま滑空していく。

 落下ダメージは高いが、それでも黒竜を打倒するには至らない。

 そこに続くのがメイだ。

 大空を一直線に落下しながら、その手に掲げる【蒼樹の白剣】

 崩れ落ちたブロック壁に埋もれた状態の黒竜に向けて、全力で振り下ろす。


「ダイビング【ソードバッシュ】だああああああ――――ッ!!」


 吹き荒れる衝撃波に資料館の外壁が吹き飛び、遅れて風が吹き抜けていく。

 粒子になって消えていく黒竜。

 一瞬で更地になった資料館跡。

 一人立つメイのもとに、ケツァールが舞い降りる。


「ありがとーっ! 楽しかったね!」


 メイがその頬に触れると、ケツァールはひと鳴きして応えた。


「さすがメイね」

「まさか空中で戦ってしまうとは……!」

「お、驚きましたっ!」


 駆けつけた三人が、歓喜に飛びつく。

 従魔士や召喚士であれば、誰もが一度は憧れる空中戦。


「「「…………」」」


 それをボス格の巨竜相手に、完璧な形で成し遂げたメイ。

 後半戦の怒涛の勢いには、さすがに掲示板組も開いた口が塞がらないのだった。

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