第687話 データの男

「【カウボーイロープ!】」

「ああっ!?」


 予期せぬ不運で引っかかってしまった、魔法陣罠。

 身動きを止められたわずかな時間に、駆け込んできたプレイヤーが縄でケットシーを捉えて奪う。


「悪いな! ここからは俺たちのターンだぁ!」


 現れた男たちは、ケットシーを抱えて逃げていく。


「行きましょう!」

「りょうかいですっ」


 拘束が解けたツバメが先んじて走り出し、メイも即座に続く。


「【加速】【リブースト】【跳躍】【四連剣舞】!」


 加速からの跳躍で、一気に距離を詰め攻撃。


「きたっ! 【バックストライド】!」


 すると男は大きく一歩下がり回避、ケットシーをパスする。


「任された! 【ショートダッシュ】!」


 ラグビーのような流れで、出て来た男が後を継ぐ。


「来るぞ! 気をつけろっ!」

「【バンビステップ】!」

「させるか! 【オブジェクトスロー】!」


 メイの接近に気づいたところで注意喚起、早いパスでケットシーを三人目の男に受け渡す。


「【アクセルラン】!」

「【裸足の女神】!」

「【ブレーキ】!!」

「ええええーっ!?」


 ここで急加速による接近を仕掛けてきたメイに対し、男は急ブレーキをかけることでかわしてみせた。


「この方たち、まるでこっちのスキルを読んでいるかのようです……」

「へへへっ、俺たちは早々簡単に取られないぜ!」


 広場に出たところで足を止め、五人組は陣形を組み直す。

 すると一番奥にいた男が、「フフ」と妖しく笑いながらメガネをクイッと正す。


「メイちゃんツバメちゃんは、バカみたいに真正面から挑んでどうにかなるものではありません。ですが僕はメイちゃんたちの戦い方を現地で、広報誌で、動画で、何千何万回と見てきました……お見せしますよ、データと掲示板組の力を。僕にはすでに『勝ち筋』が見えています!」

「「「おうっ!!」」」


 突然現れた頭脳派のデータ青年。

 掛け声と共に、掲示板組が動き出す。


「【サンドストーム】!」

「「ッ!?」」


 いきなり巻き起こした砂嵐が、メイたちの視界を奪う。

 直後、チカッとわずかな輝きが閃いた。


「【閃刺】」

「ッ!?」


 メイは視覚を塞がれていても、敵の接近を音で判断できる。

 だから、跳躍からの刺突で攻撃を仕掛ける。


「うわあっ!」


 それでもメイは、光った瞬間早い横移動で回避を決めた。

 すると聞こえた、強い踏み込みの音。


「【跳躍】!」


 煙の大きな揺れを感じたツバメはジャンプ、メイはその場にしゃがみ込む。

 直後、光の戦斧が目線の高さを薙ぎ払っていった。


「おねがい【いーちゃん】!」


 ここでメイは砂嵐を暴風で吹き飛ばし、ケットシーの位置を確認する。

 だがすでに敵三人は、メイたちに向けて攻撃体制を取っていた。


「【ファイアボール】!」

「【サンダークラップ】!」

「【アイスジャベリン】!」

「うわわわわ!」


 最初に来るのは速い雷。

 これをかわしたところに迫る炎球をしゃがんでかわし、最後に飛来する氷槍をローリングでやり過ごして、メイはツバメと共に走り出す。


「二人に連携を取らせてはダメですよ!」

「了解! 【フレイムロック】!」

「それです! 炎の壁はメイちゃん以外は越えられないっ!」

「【装備変更】!」

「くっ!」


 データ青年の狙い通り。

【王者のマント】で突撃してくるメイと違い、ツバメは停止せざるを得ない。さらに。


「【爆裂拳】!」


 地を叩き、巻き起こす爆発で再び視界を妨害する。

 この状況下での範囲攻撃を警戒し、構えるメイたち。

 しかしわずかな時間稼ぎの直後、見えたのは一頭の従魔。

 ケットシーの首根っこをくわえた灰色のグリフォンが、大きく羽ばたいた。


「従魔に運ばせる気ですか! これはやられました!」

「でもっ!」


 掲示板組の見事な戦略に、驚くツバメとメイ。

 だがこちらにはまだ、レンがいる。


「はああああ――――っ!」


【浮遊】で飛んできていたレンが振り下ろす【魔力剣】の一撃。


「さすがですね! ですがここまでは想定内ですよ!」


 グリフォンは【魔力剣】をくらいながらも、どうにか空へ逃げる。

 どうやら防御上げのスキルがかかっていたようだ。


「逃がさないわ! 【悪魔の腕】!」


 しかしレンも、これだけで終わらない。

 着地と同時に足元の魔法陣から伸ばした黒い腕がグリフォンの足をつかみ、そのまま地面に引きずり落とした。

 倒れ込んだグリフォン。

 ここに駆け込んできたキティラが、その口元からケットシーを回収。


「ツバメさんっ! お願いします! きゃあっ!」

「確かに受け取りました! 【加速】【リブースト】!」


 魔法を喰らって転がるキティラ。

 ツバメはギリギリでケットシーを抱えて走り出す。

 攻撃を放ったのは、ここでの戦いに気づいた新たなプレイヤーたちだ。


「いいタイミングでの増援ですね!」

「止めろ! ツバメちゃんを何が何でも止めるんだー!」


 集まった多くのプレイヤーが、ケットシーを抱えたツバメを取り囲む。


「そうはさせません――――【分身】」

「「「ッ!?」」」

「……き、聞いてないですよ! 三体の分身なんて!?」


 驚くデータ青年。

 ツバメは猫を抱えたまま【分身Ⅱ】を使ったため、分身体も猫を抱えている。


「おいおい、どれが本物だ!?」


 早くも戸惑うプレイヤーたちだが、ツバメは止まらない。


「【疾風迅雷】【加速】!」

「「「消えたッ!?」」」

「【加速】【加速】【加速】っ!」


 始まる【加速】で、一気に敵プレイヤーの壁をすり抜けていく。

 その高速移動は【暗転のブーツ】によって、『始めと終わり』以外視認不可能。


「も、もう全然姿が見えねえ……っ!」


 四体のツバメが、その姿を表したり消したりしながら駆け抜けていく状況に、翻弄される参加者たち。


「と、とにかく叩け! 【フレイムブレード】!」

「【ハンマーバスター】! 全然当たらねえっ!」


 さらに分身体も回避を行うため、いよいよどれが本物か分からない。

 何とツバメは敵の包囲網を、ただの一度も触れられることなく駆け抜けてみせた。


「こうなったら仕方ありません、イチかバチか範囲魔法を叩き込むのですっ!」


 振り返り、叫ぶメガネの青年。


「ケットシーのHPゲージが、運良く残ってくれるよう祈るんだ!」


 ケットシー狙いのプレイヤーたちは皆、高火力広範囲のスキルを叩き込もうと準備に入る。さらに。


「待たせたなぁぁぁぁ!!」


 駆け込んでくる、上半身裸の金仮面男。


「俺も攻撃に参加させてもらうぜぇぇぇぇ――――っ!!」

「【装備変更】」


 しかし逃げるツバメに変わって立ち塞がったのは、【狸耳・尻尾】装備のメイ。


「【まやかし】」

「……お、おおお?」

「「「おおおおおおおお――――っ!?」」」

「「「メイちゃんが……巨大化したぁぁぁぁ――――っ!?」」」


 ツバメの透明化に加えて、メイの巨大化。

 とんでもない展開の連続に思わず唖然、硬直してしまう。

 そして、驚きに足を止めてしまったことが敗因となる。


「いきますっ!」


 その大きさは、巨龍にも劣らない。

 巨大メイが右手を掲げれば、その影はプレイヤーたちを覆うほど。


「夜闇に……ええと、夜闇に輝く大きな炎! 世界を焼く熱いパワー! すっごい闇のフレアだーっ!」

「あ、ああ……っ」

「「「ああああああああ――――っ!」」」


 天から落下してくる巨大な炎球が炸裂し、猛火が大地を焼き尽くす。

 その凄まじい火力に、誰もが呆然とする。


「……あれ?」


 しかしダメージなし。

 まるで狸に化かされたかのように、ポカンとするプレイヤーたちの前に立つメイは、剣を高く掲げていた。


「【ソードバッシュ】!」

「「「うぎゃああああああ――――っ!!」」」


 すさまじい勢いの衝撃波に、吹き飛ばされる。

 金仮面の男はそのまま空を行き、美しいラフテリアの海に落下した。


「そ、そんな……これだけの計算を尽くしても、メイちゃんたちを止めることはできないというのですか……っ!?」


 集まったプレイヤーたちが倒れ伏す中、ガクリとヒザを突くメガネの男。


「僕の計算が……っ! ケットシーを持って逃げることに専念する作戦で、最高の勝率を弾き出していたのに……っ!」

「さすがメイちゃんってところだな」

「……ちなみに、勝率はどれくらいあったんだ?」

「0.7パーセントだ」

「低いなぁ!」

「100挑んで1回成功しない計算とか、よくそのキャラやってられたな!」

「せめて8割超えてからやれ! どういう気持ちでドヤ顔してたんだよお前!」


 倒れ伏し、いつもの掛け合いを始める掲示板組。

 こうなってしまえばもう、後は残り時間を過ごし切るだけだ。



   ◆



『――――制限時間終了! 現在ケットシーを所持しているプレイヤーに、所有権が与えられます!』


「やったー!」

「やりましたね!」


 広いマップでは、一度メイたちに逃げられてしまったら捕まえることは難しい。


「ありがとうございますっ!」


 見事手に入れたケットシーを、キティラはうれしそうに抱きしめる。


「かわいいーっ!」


 メイも思わず、銀色の猫の頭を撫でる。


「猫の貴族なんて言われてるだけあって、気品を感じるわねぇ」

「はい、可愛いのにどこか上品ですね。ふわふわで最高です」

「皆さん……動物値高いんですね!」


 かなり高い動物値を求めるケットシー相手にも、まるで友達のように接する三人に驚くキティラ。

 メイに至っては、ケットシーの方から頭を擦りにいっている。


「いやー、分かっていてもどうにもならないものってあるよな」

「でもメイちゃん戦はやっぱ楽しいわ」

「あの子、メイちゃんと同じパーティで従魔までゲットかぁ……羨ましいな」


 楽しそうに猫と戯れるメイたちを見て、思わず頬を緩める参加者の面々。

 広がる和やかな空気。


「……メイ」

「なにー?」

「詠唱はやめましょう」


 それでも、大事な忠告は忘れないレンなのだった。

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