第667話 運試しです

「レンちゃんすごかったねー」

「はい、お見事でした」


 遠距離的当て対決を楽しんだメイたちは、涙目補習のグラムを「回収に向かう」ローランたちと別れて再び会場内を進む。

 海側に当たる街の南東部へ進むと、そこには広場がありたくさんの壁が突き立っていた。

 高さ約2メートル半、横幅は5メートルほどの白壁が各8枚ずつ縦に並び、その表面には二つの枠が描かれている。


「これは……何でしょうか」

「よくぞ聞いていただきました!」


 どうやら今から始まるアトラクションらしく、運営の青年が意気揚々と説明を始める。


「これは8つの壁を破って突き進み、どちらが先にゴールにたどり着けるかという対戦ゲームとなっております! もちろん勝者にはポイントが加算されますよ!」

「またずいぶんとシンプルね」

「ハードル走みたいな感じなのかな?」

「そうではありません。実は壁に描かれた2つの枠、突き破るとその先は『道』か『泥沼』の2択となっております!」

「おおーっ!」

「バラエティ番組で見たことあるやつね」

「8枚の壁を突き破り、先にゴールに着けば勝ち。もちろん泥沼の方は移動速度が大幅に遅くなります。当たりを8回連続で選べば、間違いなく勝利できますよ!」

「全部連続で当たりを引ける確率は1/256ですね」


 このゲームは、歴が浅いプレイヤーでも運が良ければ勝てる設定になっているのだろう。

 そのうえ『おかしな展開が見られそう』で、早くもプレイヤーたちが集まってくる。


「どうですか、メイさんたち!」


 もはや運営にメイたちを知らない者はほとんどいない。

 当たり前のように誘いをかけてくる。


「――――私がいきます」


 名乗りを上げたのは、ツバメだった。


「……ツバメ、大丈夫?」


 流れ的にはどう考えてもツバメだが、運勢的にはどう考えてもツバメじゃない。

 そんなことを思いながら、一声かけるレン。


「もちろんです。私はこの『運勢』という壁に挑まなくてはならないのです!」


 燃えているが白目という、不思議な状態のツバメに気圧されてゲーム参加を決める。


「ツバメちゃん! がんばってね!」


 メイはツバメの手を握って、大きくうなずいてみせる。


「あ、ありがとうございますっ。こんなに良いことがあったのですから、今ならいけるに違いありません! いいことポイントはまだ少ないですが、立ち向かいます!」

「それまだやってるの……?」


 レンが驚いていると、運営がやってきた。


「それでは、壁抜けレースを始めます」


 並ぶ2つのコース。

 その右側を選び、スタートラインにつくツバメ。

 対戦相手は、運営の青年だ。

 そして目の前には各コース、8枚の壁が待っている。


「よーい……スタート!」

「【加速】!」


 いきなり飛び出したツバメ。

 目の前の壁にある二つの枠から右側を選び、全身を使って飛び込む。


「いきますっ!」


 すると壁が紙のように破け、その先にあったのは深さ30センチほどの泥沼。

 バッシャー! と、派手に泥が飛び散った。


「ツバメちゃん!」

「左が正解でしたか! ですが勝負は始まったばかりです【疾風迅雷】!」


 早くも泥だらけのツバメ。

 一方運営は見事に正解の枠を選び、順調に道を駆け進む。

 そしてたどり着く、二つ目の壁。


「もう一度、右でいきますっ!」


 バッシャ――ン!! と、再び派手に泥が散る。


「ツバメちゃんっ!」

「またも左が正解でしたか! ですがまだまだっ! 【疾風迅雷】!」


 続けざまに正解を選んだ運営に、早くも付けられた差。

 ツバメはすぐさま立ち上がり、再び前進。


「ここまで2度連続で『右』に泥沼! 次は左に沼がくるはずなので、もう一度右で間違いありませんっ! はあっ!」


 バッシャアアア――――ンッ!!


「ツバメちゃ――ん!」

「まだまだ! 【疾風迅雷】【加速】【加速】【加速】!」


 運営の掌でこれでもかというくらい転がされるツバメ。

 不屈の闘志で立ち上がる。


「さすがにもう右には来ないでしょう! 4度目の正直! 私は右に飛び込みます!」


 バッシャアアアア――――ンッ!!


「ツバメちゃあああ――ん!」

「【疾風迅雷】【加速】【加速】【加速】【リブースト】!」


 移動速度が大幅に下がる泥沼を、ツバメは『最高速』で必死に駆け抜ける。


「さ、さすがにどう考えても5回連続はあり得ません! 次こそ、次こそ左に泥沼が来るので、私は右を選びますっ!」

「ツバメちゃああああ――ん!」

「【疾風迅雷】! 【加速】【加速】【加速】【リブースト】ぉぉぉぉ!」


 それでもツバメは立ち上がる。


「ろ、6回連続……いくらなんでもそんなことが起きるわけがありませんっ! 次こそ、次こそは必ず左に泥沼が来ます! と、見せかけて右ですっ!」

「ツバメちゃああああ――ん!」

「し、【疾風迅雷】! 【加速】【加速】【加速】【リブースト】ぉぉぉぉ!」


 もはやほぼ泥のツバメ、それでも駆ける。


「……分かりました。さすがに、いくらなんでも7回連続なんてあるはずがありませんっ! 次こそは絶対必ず左に来ます! だから右……と見せかけて左……からの右です――っ!」

「ツバメちゃあああああ――――んっ!」

「な、何かしらの『操作』をかく乱するための『フェイント』よね……今の」


 余りにも不運が続くと『世界に対してフェイントを入れたくなる』という現象に、言葉を失うレン。


「【加速】【リブースト】【跳躍】【エアリアル】!」


 だがそれでも、ツバメは決して止まらない。

 泥沼を二段ジャンプで跳び越えるという攻略法を考案して、一気に速度を上げる。


「……それなら。それならもう何も言いませんっ! このジグザグ走行で、どちらに入りそうかを混乱させ、私は世界を騙してみせますっ! さらに【分身】で『見た目』でも騙します! 【加速】【リブースト】っ! 決めました! こっちですっ! 世界は私に騙されますっ!」


 バッシャアアアアアア――――――ン!!


「ツバメちゃあああああああ――――んっ!!」

「うそでしょ……?」


 なんとここでも、分身の飛び込んだ方が正解。

 ツバメは今回もしっかり、泥沼に飛び込んだ。


「【加速】【リブースト】【跳躍】【エアリアル】――――ッ!!」


 こうしてツバメは、8枚の壁を全て泥沼落ちでクリアした。


「「「あはははははは! あははははははっ!!」」」


 一方観客たちはツバメの8連続泥沼落ちという奇跡に、「どうしてそうなるんだよ!」と大笑い。


「逆256分の1だろ!? アサシンちゃん最高かよ!」

「それで勝負には勝つとか、なんだよこの才能! どうなってんだよーっ!」


 しかもツバメは【加速】スキルと【跳躍】を見事に織り交ぜることで、運営にタッチの差で勝利していた。


「ま、まさか負けてしまうとは……っ」


 それがまた、大きな盛り上がりを呼ぶ。


「ツバメちゃーん! すごーい!」


 泥だらけのツバメのもとに、駆けつけてくるレンとメイ。

 メイはそのまま、泥だらけのツバメに飛びついた。


「あれで勝つって、本当に面白いわね……」


 これまでとは違う、笑いを伴う大きな盛り上がり。

 集まったプレイヤー陣は皆、すごく楽しそうだ。

 それは前に出るタイプではないが、実は個性を秘めているツバメならではの光景だろう。


「……楽しんでいただけたのなら、悪くないかもしれません」

「あんまり目立たないけど、ツバメって面白いものね」

「うんうんっ」


 この盛り上がりの主役になっていたことは恥ずかしいが、ちょっとだけうれしくもある。

 ツバメは泥だらけの顔を赤くしながら、かすかに口元を緩めたのだった。

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