第662話 買い出ししますっ!

「それにしても、まさかフェスに『出番』が出てくるとは思わなかったわね」

「本当だねぇ」


 CMと広告を楽しんださつきたちは、幹線駅ならではの賑やかな通りを進む。


「今回もカフェを任されている辺り、飲食系の印象があるのですね」

「これはわたしにカフェのお姉さんとしてのイメージが付いてきたということでは……っ!?」

「ふふ、そうかもしれないわね」


 ちょっとうれしそうなさつきに、可憐は笑いながら応えた。

 実は今回のカフェは、プレイヤー側からの要望に運営も乗っかった形だ。

 メイたちはもちろん、小型化した召喚獣も人気。

 グッズ等はハウジング時に置いても良し、『現実』で受け取っても良しとあって大好評。

 さつきたちは知らないが、今回もその席は争奪戦になっていたようだ。


「……あ」


 洋服店の前を通ったところで、可憐が不意に足を止めた。


「二人は、私が似合う服ってどんなものだと思う?」


 もちろん今日も、可憐が着ているのは制服だ。


「うーん、レンちゃんはなんでも似合うよねっ」

「はい、間違いありません」

「だから……」

「なので……」

「うんうん、それで?」

「「……黒い服しか思い浮かばない……っ!」」

「もう一生制服で生きていくわ」


 白目をむきながら、服屋の前を通り過ぎる可憐。

『星屑』内では常に黒ずくめのため、さつきたちの中では黒装備が印象づいてしまっているようだ。


「……せっかくここまで出て来たんだし、駅地下のスーパーで買い出しもしちゃいましょうか」

「いいとおもいますっ!」

「いきましょう」


 今回フェスに参加するに当たって、三人はさつき宅での合宿をすることにした。

 見つけた広々としたスーパーは商品も多く、買い出しにはぴったりだ。


「ああーっ、なんだかワクワクしちゃうねぇ!」


 三人はくっつき合うようにしながら進む。

 駅地下のスーパーは雰囲気も良く、ついつい足が弾んでしまう。


「飲み物売り場はどっちかしら」


 視線を走らせる可憐に、さつきはスンスンと鼻を鳴らすと――。


「向こうかな!」

「……メイ?」

「うわはーっ!」


 当たり前のように『嗅覚』で位置を探ろうとした自分自身に、驚くさつき。

 しかもそっちに向かってみると、ちゃんと飲み物売り場がそこにある。


「あ、あわわわわ! 収まって、野生の力っ!」

「メイの場合は闇じゃなくて、野生の力を抑えないといけないのね」

「そうなるとオレンジジュースも、見え方が変わってきます」


 何気ないフレッシュジュースも、さつきが持てば大自然の恵み感が出てきてほほ笑んでしまうつばめ。


「ここはお茶やコーヒーといった商品も豊富ですね」

「あ、この2つはこっちの方がコクがあって飲みごたえがあるんだよ!」

「詳しいわね」

「えへへへへ」

「これは少し、大人の雰囲気がします」

「えへへへへへへへ」


 さつきは手に取ったカフェオレを、得意げにカゴへ入れる。


「そしてコーヒーには、あっさり味のクッキーがよく合うのですっ」


 もともと良い機嫌がいっそう良くなったところで、スキップしながらお菓子売り場へ向かう。


「あっ、新しいクッキーが出てる! しかも期間限定……これはなくなっちゃう前に押さえておかなくてはなくてはっ!」


 そう言って、期間限定も含めていくつかのクッキーを選んだ。

 可憐はチョコレートを使った、ちょっとお高めな洋菓子をセレクト。

 つばめはここでも、カエルマークのスナック菓子を選択した。


「どうしよう! 一緒にお買い物してるだけなのに楽しいよーっ!」

「準備の時点からワクワクしちゃうわね」

「まったくです」


 カゴに一杯になった菓子を見て、歓喜の声を上げる。

 友達と集まって何かをする経験を様々な理由でしてこなかった三人は、軽い足取りで帰途につくのだった。



   ◆



「……メイの家、普通ね」

「はい、ツリーハウスではありませんでした」

「ただ今帰りましたーっ!」


 そんなわけないのだが、どうしてもツリーハウスを想像してしまっていた可憐は苦笑い。

 さつきが元気よく声を出すと、母やよいが玄関にやってきた。


「星城可憐です。よろしくお願いいたします」


 そう言って可憐は、よそ行きモードで頭を下げる。


「よ、よろしくおねがいたしますっ」


 一方つばめは、丁寧ながらもわずかに緊張しているようだ。


「さつきがお泊りでお友達を連れてくるなんて初めてなのよ。自分の家だと思ってくつろいでくれていいからね」


 そう言って、優しく朗らかな笑顔を見せるやよい。そして。


「ところでさつき、夕食は何だと思う?」

「…………」

「な、なに、この不思議な空気」

「突然、謎の緊張感が生まれ出しました」


 意味が分からず、困惑する可憐とつばめ。

 そんな中さつきは、可憐とつばめがいる状況で出さないであろうメニューを必死に考える。


「分かった! フライドチキンっ!」


 やよいは料理好き。

 よって娘が連れてきた友達に、『できあがっている物』を買って出すとは考えにくい。

 そんな思考のもとに生まれた回答だ。

 さつきはただ、不正解を信じて祈る。


「……正解よ」

「わああああーっ!」


 色どり鮮やかで楽しく。

 やよいがイメージしたのは、クリスマスっぽい形式だった。

 そして娘さつきは『自分の料理好き』を知っているからこそ、当たらないと踏んで出した問い。

 今回も見事に、正解を引き当てられてしまった。


「どうなってるの?」

「メイさんの鼻がすごく利くということしか分かりません」


 なぜか正解して悲鳴をあげるさつきと、悔しそうにする母やよいに、可憐とつばめはいよいよ困惑する。


「レンちゃんツバメちゃん、こっちだよ」


 なぜか白目のさつきに引かれて、三人は二階の部屋に向かうことにした。


「きれいにしてるわね」


 各所に置かれている召喚獣ぬいぐるみに、可憐は思わず目を奪われる。


「これがメイさんのお部屋ですか……っ! すごく正統派といった感じで良いですね……これは?」


 一方うれしそうに部屋を見渡していたつばめは、不意に一つの額縁に目を留めた。


「ギ、ギネス世界記録」


 そして見覚えのあるマークを見て、感嘆の息をもらす。


「本物は初めて見ました……」

「同一クエスト連続攻略……そりゃ自分のところのゲームでギネスが出たとなれば、運営も放っておかないわねぇ」


 強い、可愛い、ギネス持ち。

 メイの特異な『特性』を前にして、二人はあらためて感心してしまうのだった。


「さて。フェスが始まるまでは時間もあるし、今日は開会式からスタートになるから、それまではのんびりましょうか」

「いいとおもいますっ!」

「それがいいですね」


 三人はいつものように腰を下ろすと、さっそく買ってきたばかりのお菓子を開く。


「このワクワクしながら待つ時間も、たまらないわね」

「そわそわしちゃうよーっ!」

「フェスにまともに参加するのは初めてになるので、とても楽しみです」


 お菓子を食べつつ、談笑して時間を過ごす三人。

 いよいよ一年に一度の大イベント、『星屑フェス』が幕を上げる。

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