第657話 証拠と再会
アンジェール大監獄を囲む、深い森の中。
メイたちはついに、看守長ダイン・クルーガーの打倒に成功した。
「大丈夫ー?」
メイが駆け寄ると、ドラゴンキメラはフラつきながらも立ち上がった。
「この子はきっと、看守長に戦うことを強制されていたんですね……」
ネルがそう言うと、メイはドラゴンの前足をポンポンと撫でる。
どうやら他のキメラのような『獰猛なモンスターを手懐けたもの』とは少し違っていたようだ。
「もう自由だよ!」
そう言うとドラゴンキメラは一度大きく羽ばたき、そのまま飛び上がる。
「またねーっ!」
メイが大きく手を振ると、ドラゴンキメラはそれに応えるように空中で一回転。
夜空へと飛んで行った。
「……パトラ」
自由になったドラゴンの姿を見て、ネルは自身を待ち続ける相棒を思い出したようだ。
「あとは森を出るだけだな。少し遠回りにはなるが、北側からでも街道に出られる。一度近くの街に抜けて、フランシスに向かおう」
倒れたままの看守長を複雑そうな目で見つめながら、コゼットがこれからの道のりを告げた。
「ですが、証拠はもう……」
「何かクエストを抜かしていたのか、単純に打倒までが遅かったのか。どっちかしらね」
コゼットが看守長逮捕のために隠しておいた証拠品。
すでに小屋は完全に焼け落ちてしまい、跡形もない。
目前の光景に、ため息をつくレン。
コゼットは黒焦げになった跡地に立つと、ゆっくりと歩き出す。
「1、2、3、4、5……」
そして15まで進んだところで、その場にヒザを突いた。
土を掘り返し、そこから出てきた金属の箱を開く。
「あった! こいつだ!」
「……えっ?」
「ダイン・クルーガーは俺を泳がせていたようだが、証拠品の奪い合いは俺の方が一枚上手だったってわけだ」
そう言ってコゼットは、煤けた箱をこれ見よがしに持ち上げてみせる。
「小屋は証拠の在処の目印だ。本体はその裏手に15歩ほど進んだ先に埋めておいた。鉄の箱に入れてな。馬鹿みたいに小屋ん中に置きっぱなしにしてたんじゃ、見つけられた時点で回収されたも同然だろ?」
「こ、小屋はただの目印だったの!? まったく……最後の最後までやってくれるわね」
「それだけじゃねえぞ」
「……な、なによ?」
「そもそも俺には、呪術の才能なんてありゃしねえ」
そう言ってコゼットが手を叩くと、ネルの首元の紋様が消えた。
「好きな柄を目当ての場所に描くっていう地味なスキルも、使い様だろ?」
「こ、こいつは……っ!」
「おおーっ」
「驚きました。でもネルさんが無事で良かったです」
最後の最後まで、レンを振り回し続けたコゼット。
失われたかと思われた証拠品が出てきた上に、ネルの危険はそもそも嘘だった。
「まったく。それじゃあ森を出ましょうか」
「りょうかいですっ!」
「ここからはもう、敵に会うこともないでしょう」
五人は北の街路へ向けて、歩を進める。
登ってきた太陽が森を照らし出し、長かったクエストが終わりを迎える。
こうしてメイたちは見事、誰一人として脱落者を出さないままアンジェール大監獄からの脱獄を成功させたのだった。
◆
メイたちはフランシスの東部に、アンジェールを抜け出し戻ってきた。
最高警備状態の大監獄から脱獄し、この地に戻って来たのはメイたちが初めてだ。
「もう少しです……もう少しで……っ」
そわそわし始めたネルの囚人服は、泥だらけ。
足をフラつかせながら、錬金術師や鍛冶師などが仕事場を置く区画へと進む。
いよいよの再会を前に、メイたちもついつい足取りが速くなる。
「っ!」
そして目印の木が見えて来た時、ついにネルは走り出した。
メイたちもすぐに後を追う。
するとクエストが始まった木の下に、ぐったりしながらネルを待ち続ける一匹の犬の姿が見えた。
「パトラ!」
ネルが叫ぶとゆっくりと顔を上げ、スクッと立ち上がる。
そして、一直線にネルのもとに駆けだした。
そのまま飛びつくパトラと、その場に座り込んで抱きしめるネル。
「よかった! 無事だったのね! 待たせてごめんなさいっ!」
再会を果たし、抱き合うネルとパトラ。
どうやら待ち続けていたパトラの体力も、どうにかもってくれたようだ。
木漏れ日の下、三人は広がる光景に目を奪われる。
「よがっだでず……」
「ツバメ、完全に鼻声ね」
「やはりこういうのには弱いでず」
「よかったねぇ……」
ツバメの頭をポンポンするレン。
メイも嬉しそうにほほ笑む。
「お、お前さんたち……本当にアンジェール大監獄を抜け出してきたのか!?」
するとそこにやって来たのは、この区画に住む錬金術師や鍛冶師たち。
「こんなに早く、大監獄からあの子を連れ出してきたってのか……」
「こんなこと初めてだぞ!」
ネルを連れて脱獄を果たすという奇跡に、唖然とする。
「ネルの無実を証明するために、警官たちに所持薬物の説明はしてきたが……本当に釈放より先に出てきちまうとは……」
ネルがパトラを抱えてやってくると、さっそくメイは頬をぺろぺろと舐められる。
「あははははっ、元気で良かった!」
「間に合ってよかったわね」
「皆さん、ありがとうございました! 無事、この子のもとに帰ってくることができました!」
食べることもできずに、ネルを待ち続けたパトラ。
この様子ならもう、大丈夫だろう。
「……お前、コゼットか?」
そんな中、鍛冶師の一人がコゼットを見て驚きの声を上げた。
「コゼットじゃないか! お前も一緒に抜け出してきたのか!」
「……ああ」
「お前たちが捕まってから、もう10年……倉庫はそのままにしてあるぞ。とにかく無事でよかった!」
どうやらコゼットも、この区域の職人の一人だったようだ。
大団円の空気の中、まだ一人決意を秘めたままの表情をしたコゼット。
「俺の戦いはこれからだ。このままじゃ俺たちは脱走犯のままだからな。だが今回は、これまでの全てをひっくり返すことができる。看守長ダイン・クルーガーを失脚させるんだ」
そう言って覚悟を決めるように息をつき、歩き出す。
「俺は先に行く。お前たちは落ち着いたらフランシスの中央、警官舎まで来てくれ」
そしてそう言い残すと、この場を後にした。
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