第658話 コゼットと元看守長

「ふざけるな! オレを誰だと思っている! 貴様らなど、このオレが本気になれば――」


 場所はフランシス中央部。

 招集に応じて街にやって来た看守長ダイン・クルーガーを、警官隊が逮捕した。

 もちろんこれは、コゼットが不法キメラの製造や禁止薬物乱用の証拠品を提出し、その罪を暴いたためだ。

 職務を免職となり、投獄されることが決定。

 対してコゼットは、冤罪が公になり釈放となった。


「よう看守長……いや、元看守長だったな」

「貴様ァァァ……ッ!!」


 拘束され、連れていかれる最中の元看守長にコゼットが声をかける。


「証拠品は埋めてあったんだ。それに気づかずのこのこ街に出て来たのは失敗だったな」


 すると元看守長は、怒りのまま声を荒げる。


「罪人ごときが、このオレを見下すなァァァァ!!」

「何言ってやがんだ。お前のでっち上げが証明されて釈放された俺は、もう善良な一市民だ」


 そう言って笑うと――。


「なあ元看守長……大好きな罪人になった気分はどうだ?」

「くっ! 貴様ァァァァ!!」


 元看守長は、悔しそうに拳を握る。


「ほら、とっとと歩け!」


 アンジェール大監獄へと向かう護送馬車に、押し込まれる元看守長ダイン・クルーガー。

 コゼットはそっとつぶやく。


「収監先は、アンジェール大監獄だってよ」

「……ッ!」


 コゼットの言葉に、思わず驚愕する元看守長。


「これまで非道をはたらいてきたヤツらと一緒に生活させられる上に、看守はずっと手足のように使い、いじめてきた部下たち……今後が思いやられるなぁ、おい」

「は、放せっ! オレはアンジェールなんかに行かないぞ! 放せ! 放せぇぇぇぇっ!!」


 一転して顔を青ざめさせ、暴れる元看守長。

 しかし手枷を付けられ、しっかり拘束された状態では反抗の一つもままならない。

 警官隊に手荒く護送馬車に押し込まれると、そのままフランシスを出て行った。


「収監先はよりによってアンジェールなのですか……恐ろしい話です」

「怖いねぇ……」


 メイはそれを聞いて、ブルブルと尻尾を震わせる。


「待たせたな」


 元看守長が連れていかれると、コゼットは楽しそうな笑みを浮かべながらメイたちのもとにやって来た。


「その花は?」


 レンがたずねると、肩に花束を抱えたコゼットは小さくを息をつく。


「あいつへの手向けだよ。これでようやく汚名を晴らすことができた。あとは放置したままになってる研究を続けて、完成させる。そんで完成した新薬に……あいつの名前を付けるんだ」

「動物や魔獣などの身体を再生する薬、でしたか」

「ああ、あいつの夢だったからな」

「いいじゃない。最後まで一緒に逃げるべきか何度か悩んだけど、このルートで正解だったわね。メイが迷わず助ける選択をしてくれて良かったわ」

「ネルさんだけを助ける形だと看守長の横暴は変わらず、事実も明らかにはならないのですね」

「よかったーっ!」


 メイはぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねる。


「……ありがとよ」


 これまでのこと思い出すようにしながら、感謝を告げるコゼット。


「あのままじゃ俺は、死ぬまで看守長の手足になってただろう。あいつの仇も取れねえまま、やがて時効が来て、諦めて……だが。残り時間わずかになった時に、これまでのどんな囚人たちとも違うヤツらがやって来た。これしかねえと思ったんだ。俺にとってお前たちは……英雄だったよ。出会いは汚ねえ監獄だったけどな」


 そう言って、「へへっ」と笑う。


「そうだ。昔使ってた倉庫を片付けようと思っててな。お前たちが鍛冶を頼みに行ったあの一帯に、俺たちが使ってた倉庫兼研究所があるんだ。気が向いたら見に来てくれ。お前たちへの礼もしたいしな。欲しいだろ? 上手に穴が掘れるスプーンとかよ」

「それ、いつ使うのよ?」

「そりゃ決まってる。また牢獄に潜り込んだ時さ」

「なんかフラグみたいだから、やめておきなさいって」

「短い時間だったが……誰かと一緒に同じ場所を目指すことの楽しさを思い出させてもらったよ。そんじゃーな」


 花を肩に抱えたまま、コゼットは雑に手を振りながら去っていく。

 物語の終わり。

 コゼットの背を見送ったメイたちは、フランシスの街を進む。


「んーっ! お天気のいい日は気持ちいいね!」

「これが『シャバの空気は美味しい』というやつなのでしょうか」

「ふふ、そうなのかもしれないわね」

「気になる謎の囚人もいましたし、緊張感もあり。とても楽しいクエストでした」

「冤罪も晴れて、パトラも助かって、気持ちよく終われたわね」

「本当だね! ……あれ?」


 不意にメイが、足を止めた。

 気が付けば、三人の前にはズラッと並んだプレイヤーたち。


「何かあったのかな?」


 首を傾げるメイ。

 すると突然、先頭のプレイヤーが頭を下げた。


「お勤め――!」

「「「ご苦労様でした!」」」

「えええええええええ――――っ!?」


 予想もしない事態に、驚くメイ。


「なんだ? 何が始まったんだ?」


 騒ぎを見つけて、集まってくるプレイヤーたち。


「俺たちは、ここでずっと出所を待っていたんです!」

「ど、どうして……っ!?」

「ささ、闇の姉御もこちらに」

「誰が闇の姉御よ!」

「アサシン姉さんもどうぞ」

「くるしゅうない」

「お出迎えできてよかったです! メイ組長、出所祝いにこちらをどうぞ!」

「わああああーっ!!」


 やって来た荷車一杯のバナナに、白目をむくメイ。

 超高難度、そして星屑初のクエストを見事クリアしてみせた三人。

 その最後は意外にも、賑やかなものとなったのだった。

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