第656話 決着

「……調子に乗るなよ、罪人ども」


 強烈な反撃を喰らい、残りHPが6割ほどになった看守長ダイン・クルーガー。

 背後にドラゴンキメラを従わせ、その青い目を冷たく閃かせる。


「やれぇぇぇぇーっ!」


 叫び声に力が入る。

 ドラゴンキメラは大きく翼を広げた。

 そのまま後方へ飛び上がり、『羽』をまき散らす。

 飛来する羽爆弾の数は多く、回避はとても難しい。しかし。


「これならっ【クリエイト・ウォール】!」


 その威力を確認し、ネルが好判断をくだす。

 残った豊樹の陰で守りの壁を建てれば、羽は防ぐことが可能。

 コゼットにとっても豊樹は、良い隠れ場所となる。


「【コンセントレイト】」


 するとこの流れを見て、レンが魔法を『溜め』始めた。


「【加速】【リブースト】!」


 先行するのはツバメ。

 看守長は狙い通り、伸びる電撃ムチを放ってきた。

 これをあえて、程よい距離感を保って回避する。

 ツバメが看守長の相手に専念することで、戦況は一時的な安定を見せ始めた。


「ッ!」


 ドラゴンキメラは尾を伸ばし、上段から刺突にくる。

【蠍尾撃】は虚を突いたが、メイにとっては『そういうパターンもある』程度の攻撃だ。

 見事な横移動でこれを回避。

 続く振り回しをしゃがみで避けると、今度は謎の液体が飛び散った。


「ッ!!」


 続けざまに吐き出した炎が引火して、豪炎を上げる。


「【ラビットジャンプ】【アクロバット】!」


 しかしこれも、大きなバク宙で回避。

 四足歩行型の相手に、後れを取ることはない。


「レンちゃん! もう一つの『崩し』いけますっ!」

「待ってたわ!」


 メイの合図にレンは、ドラゴンキメラに杖を向ける。


「【フリーズストライク】!」


 放つ氷砲弾は、『溜め』によって通常の倍を超える威力の一撃となった。


「おっ、おい! 魔法はダメだ!」


 思わずコゼットが叫ぶ。

 正面から放たれた一撃に、当然ドラゴンキメラは喰らいつく。

 反撃とばかりに吐き出される、巨大氷砲弾。

 炸裂すれば付近一帯を氷結化させて吹き飛ばすであろう一撃に、コゼットは顔を青ざめさせるが――。


「問題ないわ」


 レンはクールに応える。


「人の魔法を何倍にも強化するっていうのなら、それをさらに利用させてもらえばいいのよ!」

「【装備変更】【バンビステップ】!」


 駆け出したメイが、射線に飛び込んでくる。

 その手にあるのは【魔断の棍棒】だ。


「せぇぇぇぇーのっ! 【フルスイング】――――っ!!」


 豪快なフォロースルーは『敵の攻撃を倍返しする』スキルを、さらに利用した反撃。


「な……んだとッ!?」


 その狙いは看守長。

 打ち返された巨大な氷塊は、猛烈な速度で突き進み炸裂。

 看守長はギリギリで回避に成功するも、付近一帯に巻き起こった猛吹雪に飲み込まれた。


「さあチャンスが来たわよ!」


 看守長が白煙に閉じ込められた、今が好機。


「いきますっ! 【お仕置き戦樹】!」


 スキルを発動しながら、駆け出すメイ。

 ドラゴンキメラは即座に翼を開き、羽を飛ばしてくる。


「おしおき!」


 大きく払う手に合わせて、メイの右後方から左側へ伸び出す木々の根。

 飛んでくる羽を払い、無数の爆発が巻き起こる。


「おしおき!」


 続けざまに左後方から右側へ、踏み込みと共に伸ばす木々の根たちがドラゴンキメラを弾き飛ばす。


「【加速】【リブースト】!」


 すると木々の隙間を、ツバメが駆け抜けていく。


「【電光石火】!」


 短剣による二連撃から放つ斬り抜けを、後ろ足に叩き込んだ。


「おしおきだーっ!」


 三発目は大きな振り上げ。

 地面から突きあがった木々の根が、ドラゴンキメラを空中へと突き上げた。


「【フリーズストライク】!」


 そこを狙い撃つのはレン。

 氷砲弾が直撃し、空中に雪片が舞い散ったところでメイは右手を突き上げる。


「【装備変更】っ! それでは――――何卒よろしくお願いいたします!」


 天に現れた魔法陣を突き破るようにして、飛び出してきたのは緑の身体に鮮やかな橙のグラデーションを見せる巨鳥。

 ケツァールはそのまま、空中のドラゴンキメラを蹴り落とした。

 そして地に叩きつけられたところに迫るのは、【幻影】召喚によって生まれた二頭目のケツァールだ。

 特攻、青い炎を豪快に夜空に巻き上げる。

 メイたちの強烈なコンビネーションは、ドラゴンキメラのHPを残り1割ほどまで減少させた。


「このまま押し切るわ……っ! 【魔眼開放】!」


 レンは止まらない。

 看守長を止めている氷煙が晴れれば、また形勢が変わってしまう可能性もある。

 その右目を金に輝かせ、【銀閃の杖】杖を掲げる。


「――――魔法とは、体内の特殊な神経『回路』に魔力を通じて起こす奇跡です」

「……ん?」

「これにより魔導士は、炎や嵐といった自然現象へ魔力を変換するのです。ですが稀に、枝葉のように複雑な回路を持つ者が存在します。その者の回路は魔力を自在に変換し、任意の空間に『不自然現象』を巻き起こすのです……お見せしましょう。悔いなさい、我が前に立ち塞がってしまった不運を」

「【魔力蝶】…………って、何よその強キャラみたいな説明口調はぁぁぁぁーっ!?」


 一斉に放たれる、無数の夜光蝶。

 対象に集る形で攻撃を行うその魔法は、決して速くない。しかし。

 それゆえにドラゴンキメラが起き上がった時、そこには大量の黒青の夜光蝶が待ち構えていた。

 容赦のない蝶の炸裂が夜の森にまばゆい無数の瞬きを展開し、ドラゴンキメラのHPをあっという間に削り取る。


「……残った?」


 思わずあげる疑問の声。

 ドラゴンキメラのHPはなぜか、1だけ残った。


「でも、何だか様子がおかしいよ?」


 メイに言われて気づく。

 HP1のドラゴンキメラは伏したまま、もう戦意など残っていない。


「……戦え」


 晴れていく氷煙の中から、聞こえた声。

 動けないドラゴンキメラに、看守長は冷たく言い放った。

 ドラゴンキメラは立ち上がろうとするが、やはり動けない。


「きっとこの子も、無理やり……っ」


 ネルの声に、誰もが状況を理解する。


「戦えぇぇぇぇぇぇぇぇ――――ッ!!」


 叫びと共に、振るう猛烈な電撃ムチ。

 それは残りHP1のドラゴンキメラに、容赦なくとどめを刺す。


「ッ!!」


 ――――はずだった。

 しかし放たれたムチが叩いたのは、ドラゴンキメラではなくメイ。

 HPを1割ほど削られる。

 ここは見過ごしても問題ない展開だが、メイはあえてダメージを肩代わりした。

 崩した体勢を戻し、ドラゴンキメラの頭にそっと触れる。


「……決めたぞ。貴様らも、その役立たずも、ここでまとめて消してやる」


 それを見て、さらに冷徹な視線を向けてくる看守長。


「キメラなど、また新たな物を作ればいいだけだからなぁ」

「そんなこと……絶対にさせませんっ! 【蓄食】!」


 メイはここで【敏捷】上げのオレンジを10個消費。


「ツバメちゃん」

「いきましょうっ」


 うなずき合う二人に、看守長はムチを振り上げる。


「【雷迅乱舞】!」


 放たれるムチの乱打は、一定の範囲をマシンガンのような速度で叩きつける、豪雨のような攻撃。


「【装備変更】【バンビステップ】!」

「【加速】【リブースト】!」


 雷撃ムチの凄まじい乱舞を避け、【鹿角】メイとツバメは距離を詰めていく。

 駆ける二人を前に、看守長はムチを手にしたまま一回転。


「【轟雷鞭】!」


 振り払いの一撃は、50本の雷ムチが地面を払う圧巻の範囲攻撃。


「【跳躍】【エアリアル】【跳躍】!」

「【装備変更】【アクロバット】!」


 これをツバメは二段ジャンプでかわし、なんと【猫耳】メイにいたっては背面跳びの要領で『隙間』を普通に回避。


「【手枷】【足枷】!」


 さらに最悪の拘束スキルが続くが、ムチをしっかりとした回避をした二人は体勢も安定。

 これもなんなく避けてしまう。


「キメラがいなきゃ【手枷】【足枷】も当たらない! 一人で戦ったんじゃ『人質』を狙うこともできない。もう優位は取れないわ!」


 ドラゴンキメラとの連携による人質攻撃がなければ、流れは変えられない。しかし。


「――――捕えろ【ヒュージプリズン】」


 スキルの発動と同時に、光柱が猛烈な勢いで突きあがり、すさまじい速度で光の檻を作り上げていく。

 その速度も範囲も異常で、もはや逃がす気など全くない怒涛の攻勢だ。


「それでも、メイさんが速度を上げた状態ならっ!」


 直線的な超加速で、作られていく檻から必死に逃げるツバメ。


「【装備変更】からの……【四足歩行】っ!」


 一方【鹿角】で速度を上げたメイは、四足の細かく速いステップで看守長のもとへと駆けていく。

 その圧倒的な足取りの柔軟性は、林立する光の柱の隙間を流水のようにすり抜ける。

 それがどんなに狭い幅でも、枝葉の隙間すら駆けるメイにしてみればそう難しくはない。


「な、にッ!?」


 全ての光柱を抜け、ついに目前に現れたメイに対し看守長は【高電圧警棒】を振り払う。


「【キャットパンチ】!」


 これをメイはしゃがんでかわし、カウンターとばかりに猫パンチを叩き込む。

 すると光の柱が砕け散るようにして消失。


「【分身】! 【疾風迅雷】【加速】【加速】【加速】っ!」


 そこに飛び込んで来たのはツバメ。

 右手の【致命の葬刃】で斬りつけ、即座に【加速】

 看守長の左手側に駆け抜けつつ左の【アクアエッジ】で斬りつける。


「【加速】!」


 そして振り向きと同時に再び放つ斬り抜け。


「チィッ!!」


 V字を描く連続移動攻撃によって距離が開いたところで、さらに左からもう一人のツバメ。

 これに看守長は、警棒を振り回して対応するが――。


「【加速】」


 分身ツバメは、これを急加速で回避。

 隙が生まれたところに、再びメイが踏み込み猫パンチを叩き込む。


「【跳躍】!」

「くっ!」


 そんな中、飛び込んできたツバメの攻撃に看守長はとっさの防御を選ぶ。


「ッ!?」


 しかし、これがまたも分身。


「【キャットパンチ】パンチパンチパンチ!」


 対空の防御姿勢を取ったことはムダとなり、さらに猫パンチが叩き込まれる。


「ツバメちゃんっ!」


 そして看守長が反撃に入るところで飛び込んできたところで、ツバメと前後を交代して連撃。

 四発の通常攻撃から、五発目を入れたところで――。


「死ねぇぇぇぇ!!」


 欲張りすぎてしまったことが判明。

 メイと再び前後を交代する前に、警棒の全力降り下ろしが間に合ってしまう。


「【スライディング】!」


 しかしこれをツバメは、ギリギリで股下を潜り抜けて回避。

 警棒は虚しく空を薙ぐ。

 またも生まれた隙。


「【キャットパンチ】!」


 飛び込んできたメイが、さらに【キャットパンチ】を連打。

 背後に回ったツバメも振り返りと同時に二連撃を背中に入れ、挟み撃ちを完成させた。


「退けぇぇぇぇ!! 【雷迅回転撃】!!」


 ここで看守長は、一回転しながら放つ警棒の一撃でカウンターを狙う。


「【ラビットジャンプ】!」

「【跳躍】!」


 しかし二人は同時に後方跳躍で距離を取り、反撃をしっかり回避。


「【加速】【リブースト】!」

「【裸足の女神】っ!


 わずかな時間差で『×』を描く形の斬り抜けを放つ。


「ぐああああっ!」


 これを喰らった看守長は、トドメとばかりに正面から迫るツバメに全力で警棒を降り抜くが、ようやく捉えたそれは分身。


「【装備変更】! とっつげきーっ!」

「なッ!?」


 真横から来たメイの【突撃】に、地面を激しく転がる。

 超加速の二人に加えて、高速回避を行う分身の三位一体攻撃。

 メイとツバメと分身の、行ったり来たりコンビネーションの苛烈さに、レンですら思わず息を飲む。


「――――それでは、よろしくお願いいたしますっ!」


 もちろんメイは止まらない。

 魔法陣から現れたのは、囚人服を着こんだ一頭の巨大クマ。

 猛然と駆け出し高々と跳躍、その手に持った囚人用の鉄球を空中でブンブン振り回す。

 そしてそのまま放り出すと、【グレート・ベアクロー】を叩き込んだ。


「【加速】【リブースト】!」


 その後を追いかけてきたのはツバメ。


「【電光石火】!」

「ぐああああっ!!」


 速い斬り抜けで背後に回り、看守長が振り返ったところで放つ【紫電】


「それでは――――よろしくお願い申し上げますっ!」


 短い仮釈放が終わり、子グマ看守と共にトボトボ帰っていくクマに手を振り、さらに召喚。

 現れたクジラは夜空を泳ぎ、硬直状態の看守長に直撃した。


「この、罪人……どもがぁぁぁぁぁ――――っ!!」


 残りHPは僅少。

 どうにか生き残った看守長はこれ以上ない怒声を上げる。しかし。


「いきますっ!」


 すでにメイは、手にした剣を高く掲げていた。


「必殺の……【ソードバッシュ】だあああああああ――――っ!!」


 吹き荒れる猛烈な衝撃波。

 看守長の速度では、回避は不可能だ。


「認めないぞ……罪人ごときに……このオレ様がああああああああ――――っ!!」


 地を跳ね、木にぶつかり、それでも止まらず土を巻き上げ転がった看守長ダイン・クルーガーは倒れ伏した。


「やったー!」

「やりました!」

「何よあの連携っ! いつの間に練習していたのよーっ!」


 三人は駆け寄り抱きしめ合う。

 見事な勝利を見届けたネルはうれしそうにほほ笑み、コゼットは静かに目を閉じたのだった。

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