第655話 それが看守長の戦法

「どうしたぁ? 薄汚ねえ罪人ども。もっと死ぬ気で悲鳴をあげろよ」


 アンジェール大監獄の最後のクエスト。

 メイたちの前に立ちふさがったのは、看守長ダイン・クルーガー。


「そんなんじゃあ、満たされねえんだよぉ」


 酷薄な笑みを浮かべながらムチを弄び、冷たく命令を発する。


「……やれ」


 合図に合わせて、ドラゴンキメラが走り出した。

 その狙いはツバメだ。

 埋め込まれた魔法石製の爪を、豪快なモーションで振り下ろす。


「っ!」


 炎の軌跡を描きながら迫る【炎撃爪】

 ツバメはこれを大きなバックステップでかわし、即座に反撃体勢に入る。


「【電光石火】!」


 しかし手には硬い感触。

 どうやら継ぎはぎ黒竜の前足は、物理耐性を持っているようだ。

 ここでドラゴンキメラは、地に伏せるかのように身を低くした。


「ツバメちゃん横にっ!」


 突然聞こえてきた、メイの叫び声。


「【加速】【リブースト】!」


 嫌な予感を覚え、即座に横移動で軸をズラす。

 するとドラゴンキメラは、その場で豪快なバク宙を決めた。

 サソリのような形状の硬質な尾が地を擦り、猛烈な炎が円を描くように燃え上がる。


「ありがとうございますっ! あぶなかったです……っ!」

「【フリーズストライク】!」


 ドラゴンキメラの着地は、その重さもあってか頭部がグッと下がる。

 この隙を突きレンは即座に魔法を放ち――――喰われた。


「この角度でもダメなの!?」


 頭部を外すように放った氷砲弾を、大きく首を振り上げる形で喰らったドラゴンキメラ。

 レンは即座に回避に動く。

 吐き出された【フリーズストライク】は、数倍の大きさになって地面に刺さり炸裂。

 吹雪を巻き上げる。

 レンは早い動き出しが功を奏し、どうにか事なきを得たがHPは1割ほど減少。


「踊れ、罪人ども」

「「ッ!?」」


 看守長の攻撃が、メイとツバメを急停止させる。


「【轟雷鞭】」


 伸びる30本に及ぶ電気のムチが狙うのは、なんとネル。

 防衛対象を直に狙うことで、プレイヤーの足を止めにかかる。

 あまりに嫌らしい戦い方だ。

 そして体勢を崩しているレンには、ネルの回避を誘導することもできない。


「【裸足の女神】っ!」


 すぐにメイは超加速で走り出し、そのままネルのもとへ駆けつける。

 そのまま飛びつき転がると、電撃ムチはその頭上を通り過ぎていった。


「【連続投擲】!」

「チッ!」


 追撃を止めるための牽制に、看守長は攻撃を止め回避に専念。

 見事に追撃を止めることに成功したが、すでにドラゴンキメラは飛び掛かりの最中にあった。


「ッ!!」


 メイはどうにかネルを起こし、【炎牙喰らいつき】をスレスレでかわす。

 するとドラゴンキメラは続けざまに、前足で『つかみ』にきた。

 メイはネルの肩を、『とん』と軽く押す。

 それによってネルは攻撃範囲を外れ、代わりに残ったメイがつかまれる。

 ドラゴンキメラは腕を掲げる。

 すると一気に白炎が集まり、天に向けて業火を吹き上げた。


「メイさんっ!」

「メイっ!」


 舞い散る白い火の粉。

 大ダメージ必須の、ド派手な一撃。

 吹き飛んだメイはそのまま宙を舞い、そして地面の直前で【アクロバット】で一回転。


「あぶなかったぁ!」


 着地と共に安堵の息をつく。

 メイはとっさの【装備変更】で【王者のマント】を装備し、事なきを得ていた。


「ダメージ判定がほぼ『炎』だから、助かったのね」


 ドラゴンにつかまれた状態で【装備変更】を行うメイの瞬発力に驚きながらも、安堵の息をつくレン。

 だが、看守長は攻撃を緩めない。


「炎弾がくるよっ!」


 ドラゴンキメラが吐き出す炎弾の乱舞。

 散らばる炎弾をしっかりと目測で確認し、メイたちは回避に入る。


「ネルちゃんっ!」


 飛んできた炎弾は当然、ネルのもとへも飛ぶ。

 これをメイは手を引きステップ、見事に回避させていく。

 すると看守長は、笑みと共に手を上げた。


「【インプリズン】」


 槍のような形状の光柱が突きあがり、コゼットを追いかける。


「冗談じゃねえッ!」


 光の柱は消えず、その場に残り『檻』を形成していく。

 さらにそこへ降り注ぐ、炎弾の炸裂。


「くっ!」


 噴き上がる炎を前にしては、さすがに足を止めざるを得ない。

 追ってくる光の柱は、あっという間にコゼットを取り囲んだ。


「【低空高速飛行】っ! 度々だけど我慢してよね!」

「うおおっ!?」


 突き飛ばす形でコゼットを檻の外へ。

 代わりにレンが、檻に閉じ込められる形になった。


「【フリーズストライク】!」


 レンは大急ぎで、魔法を光の檻に叩き込む。

 すると予想通り、一定以上の攻撃で檻は弾き飛ばされた。しかし。


「【雷切断】」

「きゃああああっ!!」


 看守長がこの隙を逃すはずがない。

 放たれた雷撃ムチの高速伸長振り回しは、広範囲を駆ける回転斬撃。

 光の檻ごと切り裂く一撃がレンを弾き飛ばし、3割ものダメージを与えた。

 さらにドラゴンキメラが吐くブレスが、地を駆けてくる。

 レンを助けに動いていたメイとツバメは、慌ててこれを高い跳躍でかわす。


「【手枷】【足枷】」


 空中にいたところ狙って放つ妖しい輝き。

 そのまま空中のメイとツバメに直撃する。


「ええええっ!?」

「これは……っ」


 ダメージはなし。

 しかしメイの手には手枷、ツバメの足には鉄球。


「さあもっと俺を楽しませろ、罪人ども!」


 放たれるムチを、メイはしっかりかわす。


「【加速】! こんなに重いのですか!?」


 同じくツバメも高速移動での回避を狙うが、思った以上に動きが遅い。


「どうしたどうしたぁぁぁぁ!? そんな動きじゃ避け切れねえぞォォォォ?」

「くっ!」


 早いムチの連打に、ツバメは地を転がりながら必死の回避を続ける。


「【跳躍】!」


 しかし大きく払うような一撃を前に、もはや回避の余裕はなし。

 思わずジャンプするも、その高度は通常時の半分以下。


「ああああああ――――っ!」


 弾き飛ばされ、2割強のダメージとなった。


「地をはえ! そして無様に転がれ罪人どもぉぉぉぉっ!!」

「ツバメちゃんっ!」


 追撃をかけさせないようメイが間に入り、ターゲットを奪う。

 すると三連の雷撃ムチ攻撃を、メイがかわしたところで――。


「やれ」


 看守長の声に合わせて、ドラゴンキメラの全身が大きく燃え上がる。

【白炎体当たり】は、その体躯の大きさと速さによって回避が難しい一撃。

 その狙いはまたも、ネルたち後衛組だ。


「こっちよ!」


 レンは大慌てでコゼットの腕を引き、飛び込み回避。

 かすめる程度で済ませたが、ドラゴンキメラのほぼ真正面にいたネルは厳しい状況だ。


「ネルちゃんごめんね! 【ゴリラアーム】!」


 武器をしまったメイは、手枷状態のままネルをつかんで一回転。

 放り投げることで危機を脱する。


「わああああーっ!」


 そしてそのまま白炎の体当たりをくらい、2割のダメージと共に地を転がった。


「これがアンジェール大監獄看守長・ダイン・クルーガーの力だ」


 余裕の笑みを浮かべ、見下すような視線を向けてくる看守長。

 ここでようやく、時限効果の【手枷】【足枷】が消える。


「貴様らは後悔と苦渋にのたうちながら、この暗い森で無様に朽ち果てるんだ。さあもっと、もっと泣き叫んでみせろ。ハッハッハッハッハァァァァ!」


 楽しくて仕方がない。

 そんな表情で高笑いをあげる看守長ダイン・クルーガー。


「厳しいですね……」


 メイのぶん投げはネルを転がしたものの衝突はせず、ダメージはなかった。

 しかし看守長ダイン・クルーガーと、ドラゴンキメラの強さは本物だ。


「防衛しつつのボス戦。しかも向こうは範囲攻撃を含んだコンビネーションまで持ってる」


 防衛対象を狙って苦しめるというやっかい過ぎる戦闘方法に、レンは苦笑い。


「んー、どうしよう」


 これには困った表情のメイ。


「……そうね、まずはあの【インプリズン】を崩して、反撃といきましょうか」

「レンちゃん? 何か思いついたのっ!?」

「もちろんよ」


 レンは、はっきりとそう言って笑う。


「どうすればいいのでしょうか」

「まずカギになるのはツバメよ。看守長は【インプリズン】で誰かを捕えた後、必ずそこを狙うわ」

「そういうことですか……!」


 うなずくレンに、ツバメはすぐさま動き出す。


「いきます! 【疾風迅雷】【加速】【投擲】!」


 まずはブレードを投じて、看守長のターゲットを奪う。


「大きくなーれ!」


 メイは【豊樹の種】をまき、成長させることで壁とする。

 ドラゴンキメラが放つ炎弾は上方からくる上に爆散するため、壁の効果は高くない。

 だが、それでも当たれば弾けて数は減る。

 メイは付きっきりでネルを守り、レンがコゼットを導く。

 ツバメが看守長のターゲットを奪っている状況なら、そう難しい話ではない。


「【轟雷鞭】」

「【加速】【リブースト】!」


 ツバメは迫る30の電撃ムチを、必死の回避。

 地を転がったところで、看守長が高く手を掲げた。


「【インプリズン】!」


 突きあがる光の柱が、ツバメを追いかける。

 ツバメはこれを問題なく回避していくが、その場に柱が残ることで行動範囲を狭めていくこのスキル。


「ッ!!」


 光柱は見事にツバメを取り囲み、檻に閉じ込めた。


「さあ……いくぞいくぞいくぞぉぉぉぉっ! 泣き叫べェェェ! 【雷切断】!!」


 こうなってしまえばもう、回避は難しい。

 放たれた大きな払いの一撃が、そのまま光の檻ごとツバメはを斬り飛ばした。


「ヒャーハッハッハ! 死んだか? 死んだかぁ? ダメだダメだまだ死ぬなよ。お前らはもっと俺を楽しませてから――」

「――――【投擲】」

「……な、にィィィ!?」


【雷ブレード】が突き刺さり、看守長の動きが止まる。

【インプリズン】に捕えられたツバメは【残像】だ。


「【疾風迅雷】【加速】【リブースト】」


 一気に距離を詰めてきたツバメに対し、看守長は慌てて警棒を振り払うがあっさりかわされる。


「【アサシンピアス】!」

「ぐ、あっ」


 突き刺す一撃が、綺麗にヒット。


「こ、のォォォ!」

「【スライディング】」


 振り払う電撃警棒の一撃も、背後に回って華麗に回避。


「【瞬剣殺】!」


 振り向かないまま放つのは、後方にも判定を持つ空刃だ。


「グッ!!」


 背を斬られ、思わずヒザを突く看守長。


「【フレアバースト】!」

「ぐああああああ――――っ!!」


 即座に続く爆炎で、容赦なく吹き飛ばす。


「この罪人どもぐああああああ――――っ!?」


 身体を起こしたところで、目の前にあったのは【王樹のブーメラン】

 側頭部に炸裂して、看守長は無様に跳ね転がった。

 この連携が、HPを3割強ほど奪い取る。


「メイさん! お見事です!」

「さすがね!」

「ありがとうございますっ!」


 ドラゴンキメラをけん制しながらも、オマケを叩き込んだメイは拳を突き上げて応える。


「……さて」


 反撃のターンは終了したが、レンはまだ強気の笑みを崩さない。


「実はもう一つ『崩し』のポイントがあるわ。もちろんこれはメイが中心よ!」

「おまかせくださいっ!」


 そう言って笑うメイ。

 三人は笑い合い、続く戦いに向けて気合を入れ直すのだった。

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