第652話 目前の攻防

 強敵だった大罪犯『Ⅴ』を武器代わりにして振り回し、そのまま放り捨てたキメラ。

 それは、真っ黒な山羊。

 悪魔のような目が黄色く輝き、その禍々しい角は、黒味を帯びた樹木に代わっている。

 この黒樹の角がくるりと回って、前に向いているのが特徴だ。

 ゆっくりと、メイたちを品定めするように横へ移動。

 やがて立ち止まると、その目を煌々と輝かせた。


「「「ッ!!」」」


 意外な初手に、驚く三人。

 山羊型キメラは、いきなり大きく跳び上がった。

 そして着地と同時に地面に描かれる、枝のような模様の輝き。


「【バンビステップ】!」

「【加速】【リブースト】!」


 これを見てメイとツバメは即座に範囲外へ。

 直後、足元から伸び出した影の枝が、刃の檻を生み出すような形で一斉に伸び出した。

『揺れ』の時点で範囲内にいると足を取られ、回避が間に合わなくなる一撃。

 早い反応が見事に功を奏した形だ。

 すると山羊キメラは高く前足を上げた。

 そして踏み下ろすのと同時に、猛烈な突進を仕掛けてくる。


「角が伸びたっ!」


 その途中、黒樹の角がドームの屋根のように大きく広がる。

 山羊キメラは自らの左右に展開した大きな網のような黒枝で、木々を切り刻みながら突き進む。


「それっ!」

「っ!」


 これを跳び込み前転でかわす、メイとツバメ。


「【フリーズストライク】!」


 攻撃の終わり際を狙い、レンは速い攻撃を繰り出した。

 するとキメラは、広げた角をそのまま大きく振り回す。


「「ッ!!」」


 弾かれ消える魔法。

 左側の枝角は上方へ、これをツバメはしゃがみで問題なくかわす。

 しかし右側の枝は、上方から降ってくるような形になる。

 飛んでくる投網の隙間を抜けろというような、厳しすぎる状況。

 回避はあまりに難しい。しかし。

 メイはこれをしっかり見据えて、しっかり隙間をすり抜ける。


「メイ! 大丈夫!?」

「大丈夫ですっ!」


 魔法をかき消すために放った攻撃が窮地を生んでしまったと心配したレンに、メイは笑顔一つで応えてみせる。


「【疾風迅雷】【加速】」


 一方ツバメは、角の戻りの瞬間を突いて接近を図る。


「【加速】【加速】【加速】!」


 ジグザクの動きでキメラの足元を駆け抜け翻弄。

 前足を上げ、踏みつけに来たところを狙って動く。


「【スライディング】【加速】【スライディング】!」


【敏捷】の速さゆえの『行って戻る』ようなスライディング。

 これには背の高い四足獣であるキメラは、どうしても反応が遅れる。


「【雷光閃火】!」


 ツバメは逃さない。

 これぞアサシンという鋭い刺突がキメラの脚部に突き刺さり、短剣が火花を散らして爆発。


「【加速】」


 ツバメは宙を舞った短剣をキャッチしながらさらに追撃へ向かう。

 一方大きく弾き飛ばされたキメラは体勢を立て直し、黒樹角を広げる。

 広がる角の先端は無数に枝分かれし、それらが全てツバメを狙う形で伸びてくる。

 ツバメを覆うような形で伸びた枝刃の攻撃は、回避など許さない。


「【瞬剣殺】!」


 しかしツバメは無数の空刃で、これに対抗。

 回避は不可能に近いスキルだが、こちらの斬撃をぶつけることで相殺に成功した。


「ツバメちゃんカッコいいーっ!」


 散り散りになって消えていく枝刃の中、ツバメは振り返る。


「お願いしますっ!」

「【装備変更】【バンビステップ】!」


 ここでメイは頭装備を【狐耳】に変更して駆ける。

 体勢の立て直し速度を見て、そのまま剣で一撃。

【狐火】で青炎の軌跡を描きながらの振り下ろし、斬り上げ、そして振り払いへと続け、そのまま大きく踏み込んでさらに降り下ろし。

 弾かれたキメラは大きな跳躍で距離を取る。


「【連続魔法】【フリーズボルト】!」


 見事な連撃を決めたメイが「こんこんっ」と、両手で狐を作ってみせると、その背後から飛んできた氷弾がキメラに向かう。

 これを前腕部に受けた山羊キメラは、その目を強烈に輝かせて前足で土を二度ほどかき上げた。

 そしてメイを狙い、猛烈な突進を開始。


「うわっ!」


 目の前で放つ、右足の強い踏みつけ。

 これをかわすとさらに、イバラのような枝刃が突きあがる。


「うわわっ!」


 左足を踏みつける。

 さらに枝刃が突きあがる。


「うわわわわっ!」


 踏み込み右足を強く踏みつけ、さらに枝刃が突きあがる。

 まさに怒涛の攻勢。

 しかしこれを、見事な連続バックステップでかわしていくメイ。


「【ラビットジャンプ】【アクロバット】!」


 両足で踏み抜くような一撃は黒刃の密林を生み出すが、これも後方への大きなバク宙でかわして着地。

 生まれた隙と距離、メイはすぐさま反撃を仕掛ける。


「――――誰が来てくれるかなっ!?」


 勢いのままに起動する【友達バングル】

 するとまばゆい輝きと共に現れたのは――。


「……あれ?」


 いつも通りの呼び出しエフェクトが確かに発動したにもかかわらず、状況に変化なし。


「どういうことでしょうか」

「来てくれない場合もあるの……?」


 まさかの事態に、首を傾げる三人。

 止まってしまう攻めの空気。

 その隙を突きキメラは再び走り出す。そして。

 突然真横から伸びてきた『長い舌』に、側頭部を強烈に叩かれ転がった。


「そういうこと!」


 カメレオンの一撃は、その場の誰一人予期せぬ一撃。

 キメラは大きな跳躍で逃げようとするが――。


「させないわ! 【悪魔の腕】!」


 足元に描かれた魔法陣から伸びた黒い巨碗が、キメラの後ろ足をガッチリとつかんだ。

 悪魔の腕はそのまま容赦なく、キメラを地面に叩きつける。


「なかなか恐ろしい攻撃です……っ!」


 地面が揺れるほどの一撃に、思わず息を飲むツバメ。

 キメラのHPが減り、さらに起き上がりに時間のかかる『転倒』状態へと追い込んだ。

 こうなれば後は、一気に攻め尽くすだけだ。


「【加速】【リブースト】! 【アクアエッジ】【四連剣舞】!」


 ツバメが最速で距離を詰め、先手を打つ。


「【バンビステップ】【ラビットジャンプ】【アクロバット】!」


 するとツバメの頭上を越えてきたメイが、手にした剣を大きく振りかぶる。


「【フルスイング】だああああーっ!」


 ド派手なエフェクトが炸裂。

 山羊型キメラは吹き飛び、数十メートルに渡って地を転がった。


「……いけるぞ……いけるぞ!」


 大罪犯からのキメラという連戦を見事に勝ち抜いたメイたちを見て、コゼットが思わずつぶやく。


「すごいです……!」


 これにはネルも、感動の声を上げた。

 再び駆け出す五人。

 目指す森奥の小屋まではもう、あとわずか。

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