第653話 森の小屋へ!

「……いける、いけるぞ! このパーティ想像以上だ!」


 ここまでネルとコゼットはケガもなく無事。

 脱獄を成功させ、さらに看守長の悪事を表ざたにする。

 その証拠を得るため、夜の森をひたすらに駆ける。


「あいつの名誉を取り戻し、この怒りを開放する時がついにくるんだ……っ」


 大罪犯やキメラを退けての走行。

 目的地が近づき、いよいよ森に放たれた魔獣たちがメイたちに怒涛の攻勢を仕掛けてくる。

 猛然と駆けてきたのは、黒豹の群れ。


「【フリーズブラスト】!」


 一気にレンが数を減らし、残った個体をツバメが片付ける。

 すると新手に気づいたヘビが、オルトロスの接近をメイに知らせる。

 これにメイが対応するため、動き出したところでさらに新手。

 後方から出て来たのは猟犬たち。

 速い移動から、振り回す短剣。


「くっ!」


 その勢いを前にコゼットは転がり、囚人服を汚しながら退避。

 それでもすぐさま立ち上がり、続く猟犬の攻撃に備えて身を護る。


「【投擲】!」


 そこにツバメが、すぐさまフォロー。

 コゼットはボロボロになりながらも、安全圏へ駆ける。

 だが敵の攻勢も止まらない。

 大きな体躯をした猪が、三頭まとめて突撃してくる。


「【フルスイング】! からの【装備変更】!」


 飛び掛かって来たオルトロスを振り払ったメイは、そのまま振り返る。


「それええええ――――っ!!」


 投じる【王樹のブーメラン】で猪二頭を同時に打倒。


「【電光石火】!」


 残った一匹も、二刀流の連撃から放つ斬り抜けで打倒。

 そんな前衛組の隙を突き、足元をはって来た大蛇にレンが【魔力剣】の振り降ろしで対応したところで――。


「「「ッ!!」」」


 鶏のような頭部に龍の羽を生やした小型の魔獣、コカトリスが低空飛行で接近。

 毒液を全開で吐き散らした。


「いーちゃん!」


 広範囲に散らばる毒液をメイは風で払うが、人が多いため全力で吹かすこともできない。

 そのため、ネルのもとに向かう毒液までは防ぐことができなかった。


「【クリエイト・ウォール】!」


 しかしこれを、ネルは錬金術で見事に防いでみせる。


「ないすーっ!」

「やるわね!」

「絶対に生きてこの森を出たいんです……! 新たな被害者を生まないために、そしてパトラに会うためにっ!」


 強い言葉と共に大きくうなずくネルも、すでに囚人服はボロボロだ。

 だがいよいよ『小屋』が近くなってきたのだろう、魔獣の攻勢は止まらない。

 現れたのは一体の大柄なサラマンダー。


「くるっ!」


 あいさつ代わりに噴き出す、猛烈な火炎。

 ネルもコゼットも、なりふり構わぬ回避で地に伏せ転がる。

 さらに泥だらけになってしまったが、ブレスの回避には見事成功。

 メイたちは見事、この攻勢に対応してみせたが――。


「きゃあっ!」


 聞こえた悲鳴に、思わず振り返る。

 どうやらサラマンダーの吹いた炎が目印になり、一人の猟犬がメイたちのもとに接近してきていたようだ。

 不運にも複数の敵の攻撃が重なったことで、発見が遅れてしまった。

 ネルを抱え上げ、駆け出そうとする猟犬は上位の個体。

 それはさらに足が速く、より静かな移動を可能とするリーダー格のようだ。

 大慌てで救出に動き出すメイたちだが、猟犬リーダーはその手に煙玉を握った。


「マズいわっ!」


 狙いに気づき、メイたちの間に走る緊張。


「止まれぇぇぇぇぇぇ――――っ!!」


 そこで大きな声を上げたのはなんと、コゼットだった。

 落ちていた剣を手にしたコゼットは、倒れていた猟犬の首元に切っ先を突き付ける。


「ひっ!」


 これには猟犬も思わず、悲鳴をあげてしまう。


「そいつを放せ……放さねえと、テメエの部下がここで死ぬ」


 その言葉に、猟犬リーダーが動きを止める。


「テメエらは大監獄つきの兵士に過ぎねえはずだ。そいつを連れて帰ろうが失敗して手ぶらで帰ろうが命にゃ関わらねえ。だがそいつを連れていけば、お前の部下は確実に……ここで死ぬ」

「……何、この展開」


 予想外の展開に、驚くレン。

 猟犬リーダーも、部下を人質を取られたことに身動きが取れずにいる。


「いいから放せって言ってんだろうがァァァァ!! そいつは俺の人質なんだよォォォォーッ!!」


 その気迫を前に、猟犬リーダーは手にした短剣を落とし、ネルを解放した。

 念のためレンは杖を猟犬リーダーに向けたまま、様子をうかがう。

 するとネルはすぐに駆けだし、こちらに戻ってきた。


「消えろ」


 するとコゼットも猟犬を蹴り飛ばし、短くそう言い放った。


「俺は……俺は絶対に負けねえ……っ」


 腹の底からひねり出すような声で言うコゼットに、逃げ出していく猟犬たち。

 それは条件がそろえば発動する、レアな展開。

 これによってメイたちは、危機を脱することに成功した。

 不運な形で重なった敵襲をかわしたメイたちは、再び走り出す。

 するとやがて、表面部分のほとんどを木々に飲み込まれた木造の小屋が見えた。


「……着いた! ようやくたどり着いた!」


 歓喜の声を上げるコゼットに、メイたちもうなずく。

 やはり【帰巣本能】による移動は、見事に目的地へと導いてくれたようだ。

 この見つけにくい小屋を探すため駆け回り、魔獣に疲弊させられることが必須のクエスト。

 メイたちは最短でたどり着くことに成功した。


「建物もしっかり残ってる! これなら証拠も無事だ! 俺たちは勝ったんだ! ダイン・クルーガーに勝ったんだぁぁぁぁ!!」


 歓喜の雄たけびと共にコゼットが拳を突き上げた、次の瞬間。


「「「ッ!?」」」


 目前の小屋に、巨大な火炎弾が直撃。

 小屋は勢いよく燃え上がる。


「…………な、んだ?」


 言葉を失うコゼットに、メイたちも思わずその場に立ち尽くす。


「くっくっく、褒めてやろう。よく案内してくれた……罪人ども」


 ごうごうと燃え上がる小屋の前に、禍々しいドラゴンのキメラと共に着地したのは、アンジェール大監獄の看守長。


「ダイン・クルーガー……」

「お前のことだ。逮捕前に証拠の一つでも隠したのだろうとオレは踏んでいた。そして逃げ回ったお前が捕まった場所から、それが森の中の可能性も考えていた。だがあまりに広いこの森でヒントもなしにそれを見つけるのは、あまりに難しい」

「泳がせた……ってことか?」

「その通りだ。道案内ご苦労だった。これで俺の天下は永遠に続くってわけだ……ヒャハハハハ、ヒャーハッハッハ――ッ!!」


 燃え盛る炎に照らされ、邪な笑みを浮かべた看守長ダイン・クルーガーは笑い狂う。そして。


「これで後は……薄汚ねえゴミを処分するだけだなァァァ……」


 そう言って、ヘビのように鋭い目をこちらに向けてきた。

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