第651話 『Ⅴ』

 緩い弧を描く長剣を持った、銀髪に髭の男。

 冷酷な雰囲気を醸し出す、薄青色の目。

 その右腕には、『Ⅴ』の文字が刻印されている。


「久しぶりだ……俺の相棒。こいつで斬ってきたんだ……屈強な戦士も、武器を持たぬ者たちも容赦なく」


 懲役1020年を数える長身の男は、剣を手に過去の非道の感触を思い出し、邪な笑みを浮かべる。


「さあ、たっぷりと聞かせてくれ……お前たちの断末魔をなぁ!」


 バン! と、強く地を蹴って前衛二人のもとに接近。

 長い曲剣で放つのは、豪快な振り払い。

 これをメイとツバメがかわすと、すぐさま返す刃で一回転。

 大きな振り払いへと続ける。


「【大旋回斬り】!」


 二回転の斬撃は、緩い角度の振り上げから緩い緩い角度の振り降ろしという軌道。

 しかも攻撃範囲は実際の軌道よりも長く、威力も木を斬り飛ばすほど。

 前衛二人はこれを、大きなバックステップでかわす。


「【空刃烈剣】!」


『Ⅴ』は止まらず、さらに大きな振り回しで付近の木々を乱雑に切り飛ばす。


「うわっととと!」

「斬撃の嵐です……っ」


 その勢いに、メイとツバメは回避に集中。


「【誘導弾】【フリーズストライク】!」


 対して距離を取っていたレンは、やや高めに放った魔法で攻撃する。

 ちょうどクールタイムが解けるか否かのタイミングで『落ちる軌道』を取った魔法が『Ⅴ』に迫る。


「【魔法鎧装】」


 氷砲弾は直撃するも、【Ⅴ】は微動だにせずダメージもほぼなし。


「【加速】【リブースト】【紫電】!」


 続くツバメが硬直を奪うが、その効果時間はいつもの半分以下だ。


「【バンビステップ】【フルスイング】!」


 それでもメイは見事なタイミングで駆け込み、大きな振り降ろしを放つ。

 だが魔法鎧による防御はなんと、物理にも効果あり。


「【超刃強打】!」


 メイの攻撃を受け止めた後、反撃とばかりに曲剣を全力で降り下ろす。

 叩きつけた地面から、突きあがる岩の刃。


「【アクロバット】からの【アクロバット】!」


 メイは即座に大きなバク転二連発で距離を取った。


「【投擲】!」


 ツバメはここで【ブレード】を投じるが、これもなかなか効果の切れない魔法鎧に弾かれた。

『Ⅴ』はゆっくりと、余裕を見せつけるかのように振り返る。


「俺の鎧には、剣も魔法も届かない。強力過ぎるゆえになぁ。さあ、俺をもっと楽しませてみせろ。この程度じゃ飢えて仕方ねえだろォォォォ!」


 叫びと共に、大きく後ろに構えた剣を全力で振り上げる。


「【暴嵐の刃】」

「「「ッ!!」」」


 高速で広がる空刃の後、遅れて吹き荒れる暴風。

 空刃を避けても風によって体勢を崩されてしまうため、反撃は難しい。


「【踏破脚】【大旋回斬り】!」


 その隙を突き、一方的な接近から放つ攻撃。


「【跳躍】っ!」

「【踏破脚】!」


 体勢を崩されながらも回避するツバメ。

『Ⅴ』はその後を追い、着地したばかりのツバメに曲剣を全力で振り下ろす。


「【超刃強打】ァァァァ!!」

「高速【フリーズストライク】っ!」

「ぐっ!」

「ありがとうございます! 【加速】【リブースト】!」


 レンが作った一瞬の隙に、ツバメは慌てて離脱。

 だが攻撃によってほとんど体勢すら崩さない『魔法鎧』は、とにかくやっかいだ。

 魔法攻撃をぶつけてもダメージは僅少な上、追撃が行えない。


「これは大変だね……っ」

「そうね……でも大罪犯は大きな強みと一緒に必ず弱点もある」


 これまでの戦いを思い出し、考える。


「武器も魔法も通じないのなら、ここはツバメが鍵になるんじゃないかしら。どうせなら『これに賭ける』形で一気に決めてやりましょう」


 その言葉に、うなずき合う三人。


「ムダだ。俺の鎧には剣も魔法を通じない。早く、早く聞かせろ! 無残な断末魔をよォォォォ!」


 雄叫びと共に、その長い曲剣を高く掲げる『Ⅴ』


「行くよいーちゃん! 【裸足の女神】!」


 超加速で駆け出すメイ。

 踏み込んだところに『Ⅴ』は狙いを付けるが――。

 なんとメイは、そのまま真横を駆け抜けた。

 同時に振り返るメイと『Ⅴ』


「なにッ!?」


 直後、メイが超加速することで遅れたいーちゃんが、メイの方を向いてしまったために隙だらけになった『Ⅴ』の背に爆風を叩き込む。

 メイに振り返ればいーちゃんが、いーちゃんを意識すればメイが背後を取る。

 挟み撃ちからの一撃はダメージこそないが、大きくたたらを踏ませることに成功。


「【連続魔法】【フリーズボルト】!」


 下がりながら『距離調整』をしていたレンの魔法に対し、『Ⅴ』は防御姿勢を取る。

 ダメージはもちろん、ほぼゼロだ。


「【加速】【リブースト】!」


 だが四発全てを防御してしまったことで、『Ⅴ』はツバメの接近を許した。さらに。


「【スライディング】!」


 ツバメはすべり込み、『Ⅴ』の背後を取る。


「【ヴェノム・エンチャント】【八連剣舞】!」


 背を取ったことで長い猶予を得たツバメは、【アクアエッジ】を【デッドライン】に持ち替え八連発の剣舞を放つ。

 これを全て叩き込めば、毒性爆発が誘発される。


「ぐああああ――っ!!」


 レンの予想通り状態異常までは守り切れず、魔法鎧の効果が強制的に切られる。

 これによって生まれる、大きな隙。


「さあいくわよ【低空飛行接近】!」


 ここで距離を取っていたレンが『Ⅴ』目がけて森を一直線に飛行。

 杖を突き出し狙いをつける。


「高速【連続魔法】【ファイアボルト】【連続魔法】【フリーズボルト】【連続魔法】【ファイアボルト】【連続魔法】【フリーズボルト】!」


 高速で距離を詰めながら、交互に放ち続ける炎弾と氷弾。

 バチバチと削られていく『Ⅴ』のHP。


「くっ!」


 鎧の解けた状態では、対応することができない。

 合計32発の魔法弾を喰らわせたところで、いよいよ両者の距離は近接の間合いへ。

 しかしレンはそのまま特攻し、『Ⅴ』の目前に【銀閃の杖】を突き出すと――。


「【フリーズブラスト】――っ!!」


 猛烈な氷嵐を、ほぼゼロ距離で叩き込んだ。


「ぐああああああああ――――っ!!」


 全身を白く染めながら吹き飛ばされた『Ⅴ』はそのまま転がり木に叩きつけられ、レンは強烈な慣性に着地後に思わず二度ほど前転。


「レンちゃんカッコいいーっ!」


 これまで見たことのない戦い方に、歓声を上げるメイ。


「ちょっと後衛の魔導士らしからぬ感じだけどね」


 レンはそう言って笑い返す。


「……く」


『Ⅴ』のHPは残り2割ほど。

 フラフラと立ち上がり、剣をひろいあげる。


「【魔法鎧装】」


 そして再び魔法の鎧を身にまとうが、もう怖さはない。

 間違いなく恐ろしい敵だが、すでに弱点は割れている。

 静かに武器を構え直す三人。すると。


「っ!?」


 突然背後から現れた巨獣が、頭上から『Ⅴ』に喰いついた。


「キメラ……!」


 巨獣はそのままメイに飛び掛かり、『Ⅴ』を振り回して攻撃。


「うわわわわっ!」


 速い踏み込みから放つ『Ⅴ』の振り回しは、付近の木を折ってしまうほどに強烈。


「あ、ああっ! ああああああっ!! ああああああああ――――ッ!!」


 怒涛の三連発をメイがかわし、距離を取ったところでキメラは騒ぐ『Ⅴ』を放り出した。

 使い捨てられた『Ⅴ』は、衝突ダメージによりHP全損。

 そのまま倒れ伏す。


「お、驚きました」

「確かに、大罪犯とキメラが仲間とは限らないわね」


 大罪犯『Ⅴ』を武器として振り回し、顧みることすらしない。

 新たに現れたキメラは、どうやらなかなかの大物のようだ。

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