第650話 覚悟

「くるよっ!」


 メイの注意喚起の直後、現れたのは猟犬と魔獣。

 得意の速い移動で、狙うのはコゼットだ。


「っ!」

「【電光石火】!」


 電気警棒が降り下ろされそうになったところを、駆け抜けるツバメの一撃が決まる。


「【誘導弾】【連続魔法】【フリーズボルト】!」


 続く猟犬の攻撃が樹上からであることに気づいたレンは、即座に魔法でこれを撃退。


「やっぱりこのミッションを始めると、コゼットの方を狙うパターンも増えてくるのね」

「【致命の葬刃】があって良かったです」


 ツバメの【電光石火】が、ちょうど一撃で猟犬を倒せるのが大きくプラスに働いている。

 一方メイは看守長が放った黒豹型魔獣の飛び掛かりをしゃがんでかわしつつ、振り上げる剣で打倒。

 そこに駆け込んできた二頭目を【密林の巫女】で伸ばした枝で捕まえ動けなくしたところで――。


「っ!」


 即座に走り出す。

 フクロウが大きな羽ばたきで教えてくれたのは、猟犬弓術師の放つ魔法矢。

 その狙いは一転して、ネルだ。


「おまかせくださいっ! それーっ!」

「高速【誘導弾】【連続魔法】【フリーズボルト】!」

「ぐあああっ!?」


 危うく裏をかかれる形になったが、矢の軌道をメイが斬って変え、レンが速い反撃で猟犬弓術師を撃破。

 二人は自然とハイタッチを決めた。


「きゃあっ」

「「「ッ!!」」」


 しかし木の幹に刺さった猟犬弓術師の矢が時間差で爆風を巻き起こし、ネルはバランスを崩し転倒した。


「……ケガ?」


 フラフラと立ち上がったネルの足首は、赤く腫れていた。

 意外な事態に、驚くレンとツバメ。


「だいじょうぶー?」


 心配そうに駆け寄ったメイの問いに静かにうなずくネルだが、その移動速度は大幅減。


「ッ!!」


 ここでレンが、低空飛行で飛び込んでくる一頭のキメラを捉える。


「グリフォン型! こっちに向かってくるわ!」


 一直線に飛来してきたグリフォンは、そのまま鋭い爪でネルを狙う。


「ネルちゃんっ!」


 これをメイが抱えて跳び込むことで回避。


「【連続魔法】【フリーズボルト】!」


 レンは即座に魔法による攻撃を放つが、グリフォン型はこれを翼の羽ばたき一つで弾き飛ばした。


「……これはマズいわね。メイ、お願いできる?」

「りょうかいですっ」


 答えたメイは、そのままネルを背負う。

 メイならネルを余裕で背負える【腕力】と、それでも早い回避ができる【敏捷】がある。

 防衛時の最高の陣形は、メイが対象を背負う形で間違いない。

 ここでもコゼットは距離を取り、木の陰に隠れたのを確認しつつ動き出すツバメ。


「【加速】」


 距離を詰めようと動き出すが、先手を打ったのは別種のグリフォン型キメラ。

 翼を払うと羽が飛び、それがダーツのように飛んでくる。


「【跳躍】【投擲】」


 これを空中へ回避しながら、同時に攻撃を狙う。

 しかしこれも、グリフォンは羽ばたきによって軌道をそらす。

 反撃は飛び掛かり。

 虎の前足を持ったグリフォンは、鋭いエフェクトと共に剛腕を振り下ろす。


「【加速】」


 これをツバメは、横方向の移動で回避した。

 着地と同時に振り返ったグリフォンは、後ろ足で立ち翼を強く振るう。


「「っ!!」」


 猛烈な風が広がり、メイたちは腰を落とす姿勢で転倒を防ぐ。

 するとグリフォンは高速で駆け出し、そのまま小さく跳躍。

 速い低空飛行でレンのもとへ。


「くっ!!」


 全力の振り降ろし攻撃が、木を切り倒す。

 刃のようなエフェクトは思ったより範囲が広く、肩をかすめたレンは1割弱のダメージ。


「高速【誘導弾】【フリーズストライク】!」


 すぐさま振り返り魔法で反撃を放つが、グリフォンの羽ばたきがまたしても氷砲弾の軌道をそらす。

 速い移動と、木々を楽々斬り倒すほどに強い爪。

 そして暴風を吹かせまくる戦闘方式は、とにかくレンの魔法と相性が悪い。


「それならっ! 【連続魔法】【フリーズボルト】!」


 先行して放つ氷弾。

 グリフォンが翼の振り上げ一つで、これを弾き飛ばしたところで――。


「【加速】【リブースト】!」


 ツバメが一気に最高速で距離を詰める。


「【電光石火】!」


 高速直線移動からの斬り抜けはさすがに回避できず、2割のダメージとなる。


「【雷光閃火】!」


 振り返り、狙うは必殺の一撃。

 しかし四足獣でもあるグリフォンは、思った以上に機敏な動きでこれを回避。


「っ!!」


 さらにそこへ、駆け込んでくる一匹のヘルハウンド。

 ツバメは完全に、虚を突かれた形になった。


「「……えっ!?」」


 しかしヘルハウンドはツバメの横を駆け抜け、なんとそのままグリフォンの足にかみついた。


「あの時の子だーっ!」


 メイの言葉で気づく。

 やって来たのは、用水棟で看守長にムチで打たれたヘルハウンドだった。

 ならば、メイを助けるために来たと考えていい。

 ツバメはこの好機を逃さない。


「【加速】【リブースト】【スライディング】――――【六連剣舞】!」


 グリフォンの背後に回り込み、放つ剣舞でHPを大きく削る。

 レンも杖を振り上げるが、間にある大きな木々が壁になってしまうような位置。

 少し悩んだところに聞こえた声。


「【バンビステップ】!」


 そこに飛び込んで来たのは、なんとネルを背負ったメイ。


「【ラビットジャンプ】からの【アクロバット】」


 ネルを背負ったまま、空中で一回転。


「【カンガルーキック】だああああーっ!」


 その一撃は確かにグリフォンの顔面を捉え、後退させた上に硬直まで奪った。


「護衛対象を背負っての攻撃……っ」


『プレイヤーのアキレス腱』になるはずのネルを背負ったままなら、逃げ切るだけでも驚くべき功績。

 だがメイは逃げつつ隙を見て、ボス級のキメラに蹴りを叩き込んでみせた。

 桁違いのプレイにツバメも、さすがに驚く。

 そして華麗な跳躍から隙を作ってみせたメイが、見事な着地を決めたところで――。


「【フリーズストライク】!」


 レンは木の陰から出てくることになったグリフォンに、氷砲弾を叩き込んだ。

 キメラは転がり、そのまま倒れ伏す。


「レンちゃんありがとーっ!」


 そう言って笑顔で、手ではなく尻尾を振るメイ。

 するとそこに、ヘルハウンドがやってきた。


「ありがとうね!」


 メイが笑いかけると、ヘルハウンドはうれしそうに尻尾を振る。


「…………」


 するとその姿をじっと見ていたネルは、自らそっと地面に足をついた。

 そのまましゃがみ込み、囚人服の裾を破る。


「よし……!」


 そして足首に巻き直して固定、気合を入れ直す。


「出来の悪い錬金術師と、捨てられた子犬という私たちでしたが……パトラとはずっと助け合って生きてきました」


 自分を見つめるヘルハウンドを見て、ネルは覚悟を決めて立ち上がる。


「これ以上の被害者を出さないためにも、行きましょう! 私は絶対あの子のもとに帰らなきゃいけないんですっ! だから……!」


 そしてメイたちに向けて、大きく頭を下げた。


「皆さん、よろしくお願いします!」

「おまかせくださいっ! 絶対一緒にこの森を抜け出しましょうっ!」

「ええ、もう完全攻略しかないわ!」

「こうなったら必ず抜け出してみせましょう」


 大きくうなずき合うメイたち。


「……そんなら、急がねえといけねえな」


 ネルの覚悟を前に、先を促すコゼット。

 五人は再び走り出す。

 わずかに脚を引くような動き、痛みに思わず顔をしかめながらも走るネル。

 その速度も戻ってきた。しかし。


「……追ってくる者たちの間をさかのぼるというのは、こういうことね」


 その先に見えたのは、新たな大罪犯の姿だった。

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