第648話 北上します!

「目標は森の北にある小屋、看守長の不正の証拠を回収することね」


 友の名誉を守るため、ネルを人質に取る形でミッションを提示してきたコゼット。

 メイたちは、森を南西に逃げるだけで良いクエストではなく、敵地をさかのぼる事を選んだ。


「いきましょうっ!」


 大監獄と月の位置だけで方角を確定するのは、簡単ではない。

 そのうえ深い森のどこかにある小屋を見つけるというのは、あまりに難しい。

 それだけ接敵も多くなり、長期戦が必至になるだろう。


「北はこっちですっ!」


 しかしメイは【帰巣本能】で的確に行き先を指定。さらに。


「この付近に詳しい方、いらっしゃいませんかーっ!?」


【呼び寄せの号令】をかけるとフクロウたちが木にとまり、ヘビが草の隙間から顔を出し、狼が駆け寄ってきた。


「森の北側にある小屋に、心当たりがありますでしょうかっ?」


 問いかけると、動物たちは自然と道を開く。


「ありがとーっ!」


 うなずき合ったメイたちは、夜の暗い森の中を一直線に駆け出した。


「きたっ!」


 そんなメイたちのもとに駆け込んできたのは、猟犬の一団。


「【バンビステップ】」


 速いステップから放つ剣撃で、敵をしっかり捉える。


「【電光石火】!」


 その隙間を抜けてきた者には、すぐさまツバメが対応。

 新装備【致命の葬刃】の火力もあり、一撃で打倒してみせた。

 見事な連携で、猟犬を退けたメイたち。

 しかしこの戦いは、新たな大物を呼び寄せる。


「――――見つけたのである」

「「「ッ!?」」」


 キラリと光る、丸メガネ。

 深くかぶったフードマントの側面には、『Ⅵ』の文字が刻印されている。

 魔法の研究のためなら、無知な者を悪魔と契約させ贄にすることもいとわない悪の魔導士。

 現れた壮年女性の懲役は、980年。


「牢の中でも速さに挑み続け、完成させた我が魔法。ようやく披露の時である」

「速さに挑む?」


 あまり聞かない前口上にレンがわずかに首を傾げたところで、『Ⅵ』は右手を掲げた。


「【拡散閃光】」

「「「ッ!!」」」


 放たれる全方位への光弾。

 その数は多く、大雑把な回避を許さない。

 それでもメイは余裕で、ツバメもしっかり回避する。

 一方のレンはギリギリ、ネルの腕を引きながらの回避を成功させた。

 コゼットの『隠れ』も、ここでは有効だ。

 メイとツバメはすぐに反撃に移ろうとするが、再び『Ⅵ』の手が輝く。


「【拡散閃光】」

「早い!」


 しかし即座のリキャストで、すぐさま放つ二発目。

 レンは再びネルを抱え、どうにかかすめるだけにとどめる。

 一方二度の光弾発射も無事にかわしたメイとツバメ。

 今度こそはと動き出すが――。


「【逆渦閃光】」

「今度は、軌道が違います……っ!」


 外へ広がる渦を描くような軌道で放たれる、大量の光弾。

 メイとツバメはこれを必死にかわすが、レンは諦めてネルをかばいつつ防御。

 1割弱のダメージを受けた。


「範囲無差別魔法。でもさすがにこれ以上の連射はできないでしょう!?」

「【ラビットジャンプ】!」


 レンが問いかけた時、すでにメイは『Ⅵ』の頭上で剣を振り上げていた。


「【フルスイング】だああああーっ!!」


 強烈なエフェクトと共に、放たれる振り降ろし。


「【瞬時跳躍】」

「……あれっ?」


 しかし『Ⅵ』はこれを、瞬間移動で回避してみせた。


「――――魔導士たる者、地を転がるような無様な回避は許されないのである」

「……言ってくれるじゃない」


 転がりながらの回避を見せたレンに、足を一歩も動かすことなく回避を決めた『Ⅵ』

 再び瞬間移動で地に戻ると、右手を掲げる。


「【拡散閃光】、【逆渦閃光】」

「織り交ぜてきた……っ!?」

「【拡散閃光】」


 どちらを放ってくるのか分からない上に、速いリキャスト。

 レンはまたネルを抱えて、飛び込み回避を試みる。


「確かにいいキャスト速度をしてるわ。それに大罪犯の攻撃がネルにも飛んでくるのは、やっぱりキツイわね!」


 合間を縫って踏み込んできたツバメも、瞬間移動で余裕の回避。

 その隙は短いため、反撃も挟めない。


「やべえぞ!」


 そしてこのクエストの難しさは、大罪犯がボス級の強さを持つにもかかわらず『ボスではない』という点だ。

 大罪犯との戦いの中に、普通に飛び込んできた一体の猟犬がコゼットを狙う。


「【電光石火】!」


 これをツバメが慌ててフォロー。


「【拡散閃光】」


 さらに放たれる『Ⅵ』の魔法。


「ッ!! 」


 これを避けたところに駆け込んでくるのは、またも猟犬。

 その狙いは後衛組だ。

 自慢の移動速度で踏み込み、容赦なく警棒を振り上げる。


「おねがいしますっ!」


 そんな中、流れの変化はメイの声から。

 森の中に出たことで、こちらも戦い方を変えることが可能となっていた。


「くっ!!」


 迫る猟犬の脚に、メイが先ほど呼んだ狼が嚙みつく。


「助かるわ! 【フリーズストライク】!」


 動きの速い猟犬も、足を止められては単なる防御力の薄い的となる。

 レンの速い反応の一撃を回避することができず、吹き飛ばされて倒れた。


「そーれっ!」


 メイはここでさらに【豊樹の種】を投じる。


「大きくなーれ!」

「わっ!?」

「なんだこいつは!?」


 伸びた【豊樹の種】は、ネルやコゼットを取り囲む厚い壁となる。

 そして一時的とはいえネルたちから目を放してよいのであれば、戦況は一変する。


「【フレアバースト】!」


 豊樹の壁で身を隠し、光弾が途切れた瞬間に放つ魔法。

 これが『Ⅵ』の大きく手前に着弾し、炎を巻き上げた。

 こうなっては『Ⅵ』も、『状況を見極める』態勢を取らざるを得ない。


「うぐっ!!」


 突如あがった悲鳴。

 それはなんと、完全な回避を見せていた『Ⅵ』のものだ。

 爆炎で視界を埋めても、近接攻撃では結局逃げられてしまうだろう。

 だからといってレンが【フレアバースト】の硬直切れを待って魔法を放ったのでは遅い。

 そんな中、炎によって遮られた視界を活用して効果を発揮したのは、ツバメの【不可視】だ。

 見えない【雷ブレード】をくらった『Ⅵ』は、大きく姿勢を崩した。


「――――それではどうぞ、お越しくださーい!」


 もちろんこの隙を、メイは逃さない。

 空中に現れた魔法陣から出て来たのは、一頭の巨大な白象。

 着地と共に、思わずメイたちは小さく跳び上がる。

 像はその長い鼻を、砲身のように調整。

 放たれた水砲は、そのまま空中の『Ⅵ』に直撃。

 弾け散る大量の水滴と共に、地を転がる。

 暗い森の中、『Ⅵ』が身体を起こすのと同時に見えたのは一本の【ブレード】


「な……にっ!?」


 見事に突き刺さり、さらに硬直時間を取られる。


「【バンビステップ】!」


 メイは速い走りからの剣撃で、新たにやって来た猟犬たちを払う。


「【ラビットジャンプ】! おねがいしますっ!」


 そしてそのまま空中へ。


「【フリーズバースト】!」


 メイの退避と同時に放たれた猛烈な氷嵐が、ようやく硬直が解けたばかりの『Ⅵ』を削りHPをさらに2割ほど減少させた。

 とっさの連携も見事に決まり、うなずき合う三人。

 密集した木々による守りのおかげで、戦況は一転して余裕を感じさせるものになった。しかし。


「グルルルルルル……」


 場所が魔の森になったことで、戦況は目まぐるしく変わる。

 木々の影から姿を現したのは、獅子をもとにして作り出されたキメラだった。

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