第647話 コゼットの目論見
「いいな、そのまま動くんじゃねえぞ……【刻呪】」
コゼットがスキルを発動すると、人質に取ったネルの首筋に紋様が描かれる。
「覚えとけ。お前たちが下手な動きをしたらこの紋様が発動して爆発。これまでの苦労は全て水の泡になっちまう。それが嫌なら俺に従うんだ」
そう言ってコゼットは、強く念を押す。
「……失敗だったかもしれないわ」
レンが悔しそうにつぶやく。
大監獄クエスト成功の絶対条件であるネルを、人質に取ったコゼット。
これまで2度、置いていく選択を取れる瞬間があった。
各所で感じていた怪しい気配。
それはその2度のチャンスで、コゼットを捨て行く選択をしておけということだったのではないか。
「……目的は、看守長のキメラ遊びに付き合うことで刑期を減らす。そんなところかしら?」
最悪の状況の中、それでも何か逆転の芽はないかと問いかけるレン。
するとコゼットは、静かに首を振った。
「お前たちが行くのは南西じゃない。森北部の小屋だ」
「どういうことでしょうか」
意外な言葉に、ツバメは困惑する。
「そこに、今の俺にとって何より大事なものがある。他の何においても変えられない品物だ。そいつを回収しに行くんだ」
「大事な物って何?」
メイが首を尻尾を傾けると、コゼットは息をついた。
「……看守長の悪事を暴く証拠だ」
「どういうこと……?」
「俺は10年ほどアンジェール大監獄にいた……もちろん看守長にふっかけられた冤罪のせいだ。ヤツは当時から合成獣造りのために魔獣を捕まえさせたり、危険な薬物を取り寄せたりしていてな。動物や魔獣の折れた角や骨なんかを再生する研究をしていた俺たちに、『それをよこせ』と言ってきたんだ」
「……それって、私の時と似ています」
ネルが思わず息を飲む。
「ヤツの悪い噂は聞いていたからな。俺たちはそれを断った。後はお得意の危険物所持をでっちあげて、そのまま投獄だ」
コゼットは大きく息を吐く。
「看守長は俺たちが監獄内で危険行為を働いたと言い張り刑期を伸ばしつつ、牢屋に閉じ込めムチで打つ……そんな毎日だった。俺は10年かけて服従したフリをしてやった。待ち続けたんだ。高いレベルの武力と知能を持ち、脱獄を計ろうとする者が現れるのをな……そしてようやくお前たちがアンジェールに来た。これ以上待つことはできない」
「俺『たち』が、そこに関わっているのですね」
「ああ……俺たちは汚名を着せられ、仲間はその後……看守長の狩りの獲物にされ帰ってこなかった。志半ばで消されたアイツのためにも、俺はやらなきゃいけねえんだ。何があっても、どんな汚い手を使ってでも……っ! 証拠さえあれば看守長の横暴を止められる。俺たちの汚名を晴らすためのたった一つの武器なんだ。たとえ俺は死んでも、あいつの名誉だけは守ってみせる!」
「その証拠品が、北部の小屋にあるわけね」
「そういうことだ」
「俺はヤツに捕まる直前に、人が寄り付かないこの森の中に証拠を隠しておいたんだ。あれさえ回収すれば、ヤツの天下も終わりだ」
危険な合成獣の生成、幻覚剤の乱用。
そして森を舞台にした囚人狩り。
どちらも逮捕間違いなしの悪行だが、それをあの手この手で闇に葬ってきた。
「看守長ダイン・クルーガー。ヤツは俺の――――終生の仇だ!」
ハッキリとそう言い放ち、コゼットはその目に怒りの炎を燃やす。
「この大型クエスト……コゼットは単なる障害じゃなかったのね」
ネルを連れて逃亡を成功させれば、それだけでクエストは達成だ。
だが看守長の横暴を止めるという『アンジェール大監獄完全クリア』を目指すなら、コゼットとここまで無事に到達することが必須。
「クエスト失敗を誘引するための『裏切者』ではなく、さらに難しいミッションに挑むための『カギ』だった」
「レンちゃん、ツバメちゃん……!」
コゼットの話を聞き、メイは気合を入れていた。
ただうなずくことで、応える二人。
「でも証拠が手に入ったら、ネルちゃんにかけた魔法を解いてくださいっ!」
「約束する」
真剣な顔で言うメイに、神妙な顔で応えるコゼット。
「……思わぬ話が出てきたわね。この魑魅魍魎の森をさかのぼって証拠を手にするのは、簡単じゃないわ」
「はい、燃えてきました」
元々高難易度のアンジェール脱獄クエスト。
その上位版に挑んでいたメイたちの前に、現れたミッション。
逃げるだけなら西南へ進めばいい。
それでもメイたちはあえて、真逆の北へと進む。
「……とんでもないドキドキ感なんだけど」
「本当ですね」
夜の森は道も見づらく、緊張感も最高だ。
看守や猟犬、魔獣にキメラに大罪犯。
その全てが容赦なく襲い掛かってくる。
看守長ダイン・クルーガーも、当然動いてくるだろう。
そんな中、非戦闘員二人を守りつつ進むのは本当に難しい。それでも。
「がんばりましょうっ!」
「ええ!」
「もちろんです!」
気合十分のメイに、レンとツバメも鼓舞され大きくうなずいてみせたのだった。
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