第646話 狩りの時間

「アンジェールを抜けたようだな」


 看守長は、西部通用門から森に入ったところに建てた倉庫へとやってきた。

 囚人に監獄を抜けられたというのに、その顔にはなぜか笑みが浮かんでいる。


「ククク、これでこいつらを思う存分遊ばせることができる」


 そこにいたのは、唸り声をあげる何頭もの継ぎ接ぎ魔獣。


「久しぶりの狩りだぞ」


 牢を開くと、獰猛なキメラたちが看守長の前に出てきた。


「獲物は薄汚い罪人どもだ、たっぷり遊んでやれ。持って帰ってくる時はいくら千切れててもいい。だが……喰うのはたっぷりムチで打ってからだ」


 そう言ってニヤァと、下卑た笑みを浮かべる。


「ちゃーんと、立場の違いを教えてやってからじゃないといけないからなァァァ」


 幻覚剤の使用に、合成獣の生成と飼育。

 そして『狩り』

 それらはどれも、危険が過ぎる不法行為だ。


「さあ、思う存分楽しんでこい」


 暗い森へと、放たれるキメラたち。


「ククク。たとえ囚人が死んでも、森の中に消えたと言っておけば問題なし。証拠も出てこない」


 満月の下、看守長は高笑いをあげる。


「逃げられるなんて思うなよ。監獄は俺の城。そして森は実験場にして、狩場なのだからなァァァァ!」


 そして、呼びつけておいた一頭のキメラのもとに向かう。

 そこにいた、格段に恐ろしい姿をした黒い化物の頭を軽くなでる。


「お前の出番があるといいなァ。そろそろ牙が、爪がうずくだろう?」


 そう言って再び嫌らしい笑みを浮かべると、黒の化物と共に森へと繰り出していった。



   ◆



「抜けたーっ!」


 アンジェールの鉄門を破り、ついに大監獄を抜け出したメイたち。

 そこに広がっているのは、深く恐ろしい夜の森。

 空に浮かぶ満月も視界を照らすにはさすがに心もとなく、方角すらロクに分からない。

 さらに鳴り響くサイレンと聞こえてくる看守たちの慌ただしい足音が、嫌でも不安を大きくする。


「ウォオオオオオオオオ――――ッ!!」

「……不吉な鳴き声が聞こえてきたわね」

「ヤツがご自慢の魔獣たちを解き放ちやがったんだ。強いキメラを作って遊ぶのが最高の楽しみのようだったからな。この森は看守長の遊び場だ。ひどい時は気に喰わない囚人を森に放って、狩りを楽しんでやがったくらいだ……!」


 その言葉に、震えるネル。


「とんでもない悪人ね」

「なかなかいないタイプの、しっかりした悪者ですね」

「魔獣、大罪犯に加えてキメラだからな。徹底してやがる」


 アンジェール大監獄を抜ければ、あとはただ逃げるだけ。

 だが看守や大罪犯に加えて、新たに獰猛なキメラまでもが後を追ってくる。

 厳しいのはむしろ、ここからになりそうだ。


「そもそもどっちに逃げればいいのかしら。進む方向は明確にしておきたいところだけど……」


 月くらいしか、見えるものがない状況。

 ここで進む方向を間違えると当然それだけ遠回りになり、足の遅いネルやコゼットが危機にさらされることも多くなる。

 戦闘自体も多くなり、苦しくなっていくことは必至だ。


「それなら向こうだよっ」


 しかしメイは【帰巣本能】で、正しい方向である『西南』を指と尻尾で指し示す。

 フランシスとアンジェールの位置関係は、すでに把握済みだ。


「本当に助かりますね」


 レーダーの様にピンと張った尾に、ツバメも思わず頬が緩む。

 方向が分かれば後は進むのみ。

 メイとツバメが先行し、ネルとコゼットを挟むようレンが最後尾につく形で走り出す。


「来たっ!」


 最初にメイたちを見つけたのは、猟犬の一団。

 速い移動で、こちらに駆け付けてくる。


「もうそっちの手口は知ってるわ【ブリザード】!」


 メイの早い発見によって、レンが先手を打つ。

【ヘクセンナハト】によって広域化した氷嵐の壁に、思わず足を止める猟犬たち。

 足を止めてしまったらもう、勝機などない。


「いーちゃん!」


 放つ暴風の一撃が、猟犬たちを氷嵐ごと吹き飛ばす。


「いたぞ! かかれーっ!」


 新たに駆けつけてくる十数人の看守と番犬の一団も、すでにメイは捕捉済み。


「【バンビステップ】からの【フルスイング】だーっ!」


 看守と番犬、さらに猟犬が入り乱れるはずの戦いを、大きな振り払い一つであっさり打破。


「お、おい……!」


 すると突然、コゼットが夜空を指さした。


「キメラだ……! 俺たちに気づきやがった!」

「……っ」


 そこには満月の空に浮かぶ、一頭の継ぎはぎグリフォン。

 こちらは木々の多さで『飛行系』が使いにくい状況だが、一度飛んでしまえば上空からの突撃は可能なようだ。

 鋭い眼光をひらめかせ、グリフォンはこちらに向き直る。


「最悪だ……あんな化物がいきなり……っ」


 大きな翼を持つ化物はどう見ても強力で、コゼットは顔を青ざめる。しかし。

 この距離で『見つけ合って』しまったことは、キメラにとっては不幸となる。


「【装備変更】【ゴリラアーム】!」


 メイは手にした【王樹のブーメラン】を両手でつかむ。


「せぇぇぇぇのっ! それええええええ――っ!!」


 木々の隙間を抜け、夜空を一直線に飛んで行ったブーメランはそのまま直撃。

 キメラを一発で撃墜した。


「……スキルの一つも見せることなく倒されました」


 満を持して出てきた最初のキメラが、攻撃の一つもせずに消えたことに哀悼の意を向けるツバメ。しかし。


「【加速】【リブースト】……【スライディング】!」


 気は抜いていない。

 この隙を突いて駆けつけてきた、新たな猟犬たちの足もとをすり抜け中心へ。


「【瞬剣殺】!」

「「「ぐああああああっ!!」」」


 本来であれば『キメラと猟犬』という非常にやっかいな組み合わせになるはずが、こちらも登場即退場。

 今度はレンが黙とうを捧げたのだった。さらに。


「「「ぐああああああ――――っ!!」」」


 その間にしっかり張っておいた【設置魔法】を踏み、看守たちが倒れる。

 こうして付近の敵を一掃し、おとずれる安堵に一息。


「このまま進めば街に戻れますっ。待っててね、パトラ!」


 希望に満ちた目で、ネルがそう言った瞬間――。


「……そこまでだ」

「「「ッ!?」」」


 倒れた看守の剣を手に取ったコゼットが、ネルの背後を取った。

 そしてそのまま、首元に剣をはわせる。


「動くな」

「え、ええええーっ!?」


 まさかの展開に、驚くメイ。


「このタイミングなの……?」

「ここでくるとは……驚きました」


 コゼットが何かしらの行動を起こす可能性は、常に頭にあった。

 だがさすがに今のような何も起きていない状況で、因縁もないネルをいきなり人質にすることは想像ができなかった。


「……どういうつもりか、聞かせてもらえるかしら」


 月明かりの下、レンが問いかける。


「俺はこの瞬間を待っていた」


 ネルを人質にした状態で、三歩ほど下がったコゼット。

 静かに言い放つ。


「こいつの命が惜しかったら、大人しく俺の言う事に従うんだ」

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