第641話 『Ⅷ』

「迫力十分ね」

「すごい登場の仕方です」

「本当だね!」


 アンジェールの分厚い壁を破って飛び出してきたのは、『Ⅷ』の焼き印を腕にした大男。

『Ⅷ』はメイたちの姿を見つけると、嫌らしい笑みを向けてきた。


「ぬ、盗む、奪う、殺す……久しぶりなんだ。簡単に……死んでくれるなよォォォォ!?」


 剃り込みで紋様を描いた金髪の坊主に、鋭い目。

『Ⅷ』は強大な武力によって恐れられた大盗賊団の、頭領だった男だ。

 その懲役は893年に及ぶ。


「いくぞァァァァァァ――――ッ!!」


 強く踏みつけた右足が、床にめり込む。

 大迫力の飛び掛かりから放つは、開いた掌。

 まるで虫でも潰すかのような勢いで降り下ろす。


「「ッ!!」」


 叩いた地面を砕いて揺らすほどの一撃を、大きなバックステップでかわすメイとツバメ。

 そこからさらに、左掌の振り上げ。

 地面を削り上げるような攻撃は、石片を飛ばす。

 ツバメはとっさにしゃがみ込むことで回避。

 これは左右への回避では飛んだ石片でダメージを受ける仕様ゆえに、正解だ。


「【電光石火】!」


 見事な回避から、反撃の切り抜け。

 HPを1割ほど削ったところで、飛び込んでくるのはメイ。


「【フルスイング】!」


 大きなエフェクト共に放たれる一撃に、『Ⅷ』は防御に入る。


「【アームバリア】!」


 腕を石の様に硬化させ物理攻撃を大きく減衰するスキルで、ダメージを僅少に収めた。


「【フリーズストライク】】!」

「【ガイアバスター】!」


 迫るレンの魔法に対し、『Ⅷ』は振り上げた拳を全力で足元に叩きつける。

 すると烈風が、割れた床から噴き上がった。


「「「ッ!!」」」


 氷弾をかき消し、さらに体勢を崩す範囲攻撃。

 この隙を突き、『Ⅷ』は手前のメイを狙って動き出す。


「うわっ!」


 振り払われる左の掌をかわす。


「【アクロバット】!」


 続く大きな蹴り上げを、バク転でかわす。

すると『Ⅷ』は、右の掌を突き出し強く握る。


「そいつを……【寄こせ】ェェェェ――ッ!!」


 スキルの発動と共に、輝きのエフェクトがメイを照らす。

 ダメージもなく、動きにも異変はない。しかし。


「あれっ?」


『Ⅷ』の手には、メイの【大地の石斧】が握られていた。


「オラァァァァ――!!」

「ッ!! 【アクロバット】!」


 振り下ろされる【大地の石斧】を、再びバク転でかわす。


「まだまだァ!」

「うわわわわわっ!」


 大きな振り払いをしゃがんでかわす。

 すると『Ⅷ』は高々と斧を掲げ、スキルを発動。


「【地裂撃】だァァァァ――ッ!!」

「「「ッ!?」」」


 地面に刺さる刃先に合わせて、ガクンと大きく落ちる足元。


「【バンビステップ】!」


【腕力】型の『Ⅷ』の放つ【地裂撃】はなかなかの威力を誇る。

 すでに安全圏に逃げているコゼットに対し、やや遅れているネルをメイが回収して地盤沈下の範囲外へ。


「【跳躍】【連続投擲】ッ!」

「【浮遊】高速【連続魔法】【フレアアロー】ッ!!」


 一方ツバメとレンは大慌てで攻撃を入れ、続く【グレートキャニオン】を決死の強制停止。


「あっぶな……!」


 安堵の息をつく。

 跳躍中の攻撃手段がなければ、危うく惨事になっていたところだ。


「チイッ!」


 体勢を崩した『Ⅷ』は、【大地の石斧】を取り落とした。

 どうやら取られた武器を奪い返すには、攻撃を叩き込む必要があるようだ。


「ッ!?」


『Ⅷ』の急な跳躍に、驚くレン。

 そのまま空中から降り下ろされる拳を、慌ててかわす。

 地面に叩きつけられた拳が地を割り、顔を上げた『Ⅷ』はレンに狙いを付ける。


「そいつを【寄こせ】ェェェェ!!」


 輝くエフェクト。

 新たに『Ⅷ』の手に新たに収まったのは【ヘクセンナハト】


「ッ!!」


 ここまでの流れを見る限り、魔法スキルが基本となる装備品が活きる敵ではない。

 しかし『Ⅷ』は、【ヘクセンナハト】を大きく振り上げた。


「【レッド・ボルケーノ】!」


 足元に走る、赤熱のヒビ。

【ヘクセンナハト】の効果によって、その範囲は大きく拡張する。


「【低空高速飛行】っ!」

「【加速】【リブースト】ッ!」


 猛烈な勢いで噴き出す溶岩に、慌てて範囲外へ逃げ出すレンとツバメ。

 その速さでツバメは危機を脱したが、レンはギリギリ間に合わない。


「きゃあっ!」


 噴き上がった赤熱の溶岩に当たり、2割強のダメージを受けた。


「やっかいなスキルを使うわね……っ!」

「本当ですね。盗んだ装備品の効果や添付スキルを使ってくるというのは」


 その腕力と勢いだけでも十分に強敵だが、さらにプレイヤー側の装備品なども奪って使う。

 大盗賊団の首領だったというだけのことはあるようだ。


「……でも、流れは悪くないわ」


 それでもレンは、この状況を好機をと判断する。


「溶岩のスキルはもう既視のもの。杖自体の攻撃力は低いんだから、むしろ『制限』になるわ」

「なるほど、そうですね」


 うなずき、ツバメは走り出す。


「【加速】!」


 踏み込んできたツバメに対し、『Ⅷ』は【ヘクセンナハト】を叩きつけにくる。

 しかし杖による攻撃は、掌のように地面を削り上げることもなく、攻撃範囲も広くない。

 振り降ろしからの払い、そして大きな振り上げへの連携は、ただの大きな剣士と変わらない。


「【ラビットジャンプ】!」


 しっかりと回避を決めたところで、飛び込んでくるメイ。


「【フルスイング】!」

「【アームバリア】!」


 物理攻撃大幅減の防御スキルで、メイの攻撃を2割のダメージに抑える。


「【加速】!」


 ツバメも一気に距離を詰める。

 これに気づいた『Ⅷ』は【ヘクセンナハト】を全力で降り下ろしにきた。

 タイミングも位置も、ピッタリだ。

 しかしこの流れは、ツバメには好都合。


「【加速】【リブースト】【スライディング】!」


 急加速で、その足の隙間を抜けていく。

 その【敏捷】値ゆえに、【スライディング】後の隙は極めて短い。

 振り返ったツバメはそのまま、右手のダガーを強く握る。


「【雷光閃火】!」


 即座に放つ高速の刺突。

 突き刺さったダガーは、猛烈な火花を巻き上げつつ爆発。

『Ⅷ』のHPを3割強ほど削った。

 跳ね上がったダガーをキャッチし、一度払って構え直すツバメ。

 吹き飛ばされた『Ⅷ』はヒザを突き、メイとレンは追撃に動く。しかし。


「……ウソでしょ!?」


 ここで不運。

 大監獄の戦いに容赦なし。

 レンの目に映ったのは、この戦いを聞きつけ駆けてきた猟犬たちの姿だった。

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