第640話 謎の囚人

「思った以上の迷宮ぶりだな……っ」


 コゼットが舌打ちをする。

 緊急事態警報によって、全ての看守がメイたちを追うという状況。

 どの道を選んで進むかは、当然プレイヤーに任される。

 もはや地図を見ながらでも方向感覚を狂わされてしまう、大監獄西棟。

 迷えば迷うほど接敵の回数も多くなり、危機も増していく。


「なんとか大罪犯どもに会う前にここを出てえところだが……」


 苦々しい顔をするコゼット。

 ネルも緊張を見せているが、実は迷ってなどいない。

【地図の知識】によって常に自分の位置が分かる上に、【帰巣本能】で方角が分かる。

 進行は上々だ。しかし。


「猟犬だ!」


 速い移動で角を曲がってきたのは、先ほどネルを連れていきかけたやっかいな機動拘束部隊。


「【投石】!」

「【連続投擲】!」


 メイとツバメは牽制とばかりに攻撃を仕掛けるが、猟犬はそれを取り出したシンプルな盾で上手に防ぐ。

 その敏捷性は変わらず高く、コゼットやネルでは逃げ切るのは難しいだろう。


「それなら道ごと塞がせてもらうわ! 【ブリザード】!」


 レンは【ヘクセンナハト】を取り、そのまま振るい上げる。

 いかに速度が早くとも、攻撃判定で廊下を埋められてしまってはどうしようもない。

 範囲を広げた強烈な氷嵐で、足止めに成功。


「先に進みましょう! 猟犬の相手は何が起きてもおかしくないわ!」

「りょうかいですっ!」


 ここでレンは『置き去りにする』という選択をした。

 警棒に加えて盾を持つ。

 新たな戦い方に虚を突かれる可能性を、考慮しての選択だ。

 ツバメは地図をもとに、正しい道を選んで進む。

 一度見失わせてしまえば、すぐに再会ということはないだろう。


「……どういうことでしょうか」

「どうしたのー?」


 こうして先に進むことを選んだ五人。

 不意に足を止めたツバメに、メイが問いかける。


「この装置、地図にありません」

「地図にない?」


 首と尻尾を傾げるメイ。

 レンがのぞき込むと、確かに地図にはない装置がある。

 足元に敷かれた厚い金属製の板。

 紋様の描かれた板の中心には、魔法珠が埋められている。

 上に乗ってみると、にわかに赤く輝き出す。


「【罠解除】」


 嫌な赤光。

 ツバメがスキルを使用すると一転、光が緑に変わり鉄板が二つに割れて開いた。

 そこにあったのは下り階段。

 地図にない未知の隠し通路は、怪しい雰囲気を醸し出している。


「のぞきもせずに進むのはなしよね?」


 三人視線を合わせ、小さくうなずく。

 そしてそのまま、階段を降る。


「わあ……」

「なに、これ……」


 そこにあったのは、白一色の部屋。

 天井と床に直接刺さった格子も、白一色。

 真っ白な牢獄。

 そんな異常な空間の中心に置かれた白のイスに、何者かが縛り付けられていた。

 着せられた拘束着には、幾重にも封印の紋が施されている。

 白の鉄仮面にも魔力の光が走り、声すら封じられているようだ。

 年齢も性別も分からない何者か。

 牢にはナンバーが刻まれているが『 番』と空白になっており、番号がない。

 他よりも圧倒的に厳重な封印を施された、謎の囚人。


「す、すごい……」

「何よこれ、ワクワクしかしないんだけど……」

「これは惹かれてしまいます」


 その異常な空気に、思わず顔を見合わせるメイとレン。


「うわはーっ!」

「「ッ!!」」


 突然の身じろぎに、思わず三人ビクッと身体を震わせる。


「でも、今私たちにできることは特にないわよね……」

「特殊なアイテムなども持ち合わせていません」


 部屋を白く染める何かに触れて、ネルが息を飲む。


「この部屋に使われている魔封石は、魔法やスキルの効果を打ち消してしまう、とても希少な素材です」

「【ラビットジャンプ】! 本当にスキルが出ないよ!」


 ネルの言葉に、スキルを試すが起動しない。

 ただジワリと光る拘束着の紋様を、三人はじっと見つめる。


「もし解放したら、世界が救われるのか」

「それとも、世界的な悪を解き放つことになるのでしょうか……」

「ドキドキするね……」

「地図にも乗ってねえ場所に隠された大罪人だとしたら、一体何者なんだろうな」

「おそらく、今の時点でできることはない感じっぽいわね。情報として知っておけるって感じかしら」

「はい、今はとにかく脱出しないといけません」


 一応場所や謎の紋様をしっかり眺めてから、元の道に戻るメイたち。

 階段を上がると金属板が閉じ、騒がしい大監獄の空気が戻ってくる。


「いたぞ脱獄者だ!」


 続く道を駆け出すとすぐに、こちらに気づいて看守たちが向かってくる。


「それじゃいきましょうか」

「りょうかいですっ!」

「はい」


 通常の看守たちなら、5人がかりでも問題なし。

 先行するメイとツバメの後ろに、レンが杖を構える。

 そして両者が、激突しようとしたその瞬間――。


「「「うああああああ――――っ!!」」」

「「「ッ!?」」」


 突然石積みの分厚い壁が消し飛んだ。

 看守たちは吹き飛ばされ壁に叩きつけられると、そのまま倒れ伏す。

 まさかの展開に、メイたちもさすがに驚き足を止める。

 壁を破って現れたのは、ボロボロの囚人服を着た巨大な男。

 首輪をつけ、腕には【Ⅷ】の焼き印が押されている。


「き、来やがった……大罪犯だ……っ!」


 脱獄者たちを追うために看守長が解き放った、悪しき強者たち。

 それは長すぎる懲役を誇る、純然たる悪の化身。

 浮かべた笑みからは、狂気しか感じられない。


「ひ、久しぶりに……殺れるんだな……ああ、うれしくて震えが止まらねえぜぇ……」

「あ……あ……」


 その悪魔のような気迫と、刃のように鋭い目に、ネルの呼吸が止まった。

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