第629話 思わぬ危機ですっ!

「動くな、罪人ども」


 忙しい調理クエストを無事クリア。

 調達屋から手に入れた『実』で『睡眠薬』を作り、よろこんでいたのも束の間。

 食堂にやって来たのは、酷薄な笑みを浮かべた看守長。

 手近なテーブルについていた囚人たちを払いのけ、傲慢な態度で腰を下ろす。


「ど、どうしたのでしょうか」


 突然やって来た看守長の姿に、ネルは身体を震わせる。

 自然と集まる注目の中、始まるのはまさかの展開。


「――――今から、持ち物をあらためる」

「「「ッ!?」」」

「罪人の分際で、分不相応なものを持ち込んでいる者には……分かるな?」


 そう言って看守長は、手にしたムチでこれ見よがしに床に叩きつけてみせた。

 どうやら食堂には、気晴らしに『囚人を叩ける』機会を求めてやってきたようだ。


「並べ!」


 その一言に、囚人たちが列を作る。


「【インスペクション】」


 二人組の看守の一人が、スキルを使って囚人の持ち物を確認していく。

 何も不審なものを持っていなければ特に反応しないが、そうでないものもある。


「お前! 何を持っている!?」

「あ、怪しい物はねえ! ちょっと酒を持ってるだけだ!」


 そう言って囚人は、懐に入れていたスキットルを取り出してみせた。


「なんだこれはぁ?」


 ウィスキーなどを入れておく、金属製の小型ボトル。

 看守長がニヤニヤしながら聞くと、囚人は慌てて応える。


「寝つきをよくするためのもんだ! あ、あんたには前に説明したよな!?」


 片方の看守に向け囚人が必死に弁明するが、看守長はそれを遮るようにして部下に問いかける。


「本当か?」

「こ、これは――」

「本当か……?」

「いえ、覚えがありません」

「おい! ウソだろ!?」


 どうやら酒の持ち込みを見逃していた看守が、看守長の圧に負け裏切りをはたらいたようだ。

 愕然とする囚人。


「ウソをついて酒を持ち込もうなど、許されるはずがねえよなぁ……っ!?」


 看守長は待ってましたとばかりにムチを振り上げ、そのまま囚人に叩きつける。


「ぎゃあああっ!!」

「勘違いをするな! 貴様ら罪人に贅沢など許されない! そのことを身をもって知るがいい!」

「ぎゃあああああっ!!」


 振り下ろされるムチに、走る雷光。

 電気ムチに叩かれ、囚人が悲鳴をあげる。


「ハハハハハ! ハハハハハハハッ!」


 看守長の楽しそうな顔と響く悲鳴に、後方の『煙草の男』もガタガタと怯えている。


「ど、どうしましょう……っ」


 見ればネルも、その表情を青ざめさせていた。

 震える手で、メイの囚人服の裾をそっとつかむ。

 ネルは看守長の身勝手な依頼を断ったため、冤罪をかけられた。

『睡眠薬』が見つかれば、ここぞとばかりにムチを振るわれるに違いない。


「……力づくが通じる状況じゃないし、隠す場所なんてない。今からできること、何かある……?」

「この状況では【隠密】も使えませんし……」

「あ、あわわわわっ!」


 いよいよ近づいてくる順番。

 食堂のドアは、固く閉じられている。

 このまま『睡眠薬』を持ったまま逃げ出すというのは、不可能だろう。

 HPのないNPC相手に暴れても、無限に看守が送られるのであろうことは目に見えている。


「――――次、お前たちだ早くしろ」


 囚人を叩くことに夢中の看守長を横目に、絶望を告げる看守の声がした。


「どうすればいいの? 何かヒントを見落としてる!?」

「飛ばしてしまったクエストがあったのでしょうか」

「あわわわわーっ!」


 いよいよ、メイたちの番だ。

 だが、どう考えてもこの状況をひっくり返す手段が思いつかない。

 もはや手はなし。

 思い切って戦うか、このまま大人しく検査を受けるか。

 選択が必要だ。


「……でも、先手で攻撃を仕掛けてどうにかできるとは思えないわ」


 レンはそう言って、覚悟を決めるかのように目を閉じる。


「【インスペクション】」


 やって来た看守が、レンとツバメにスキルを使用。

 何もないことを確認し、続けてメイとネルのもとへ。

 強烈な緊張の中、看守が手を伸ばす。


「看守長のダンナ、ちょっといいですか?」

「ああん?」


 危機的状況の中、看守長に声をかけたのは調達屋だった。


「今日のところは、この辺にしてくれませんかね」

「お前……誰に向かって口を利いてるんだァ?」


 その目を鋭く細めた看守長は、調達屋のもとに向けて歩き出す。


「こいつで一つ、手を打ってもらえないですかねぇ」


 すると調達屋は小袋に入った粉を、他の看守に見えないようそっと看守長の手に握らせた。


「……ほう」


 途端に、嫌らしい笑みを浮かべる。


「ククク、いいだろう。お前はよく世渡りを心得ているようだ。今回はここまでにしておいてやる」


 そう言って看守長は、そそくさと食堂を出て行った。


「あれは【幻覚茸の粉】……所持しているのが見つかれば、容赦なく長い刑期が課される危険薬物です」


 快楽を求めて使われる禁止薬。

 緊張からの解放で崩れ落ちてしまったネルは、看守長の持ち去った粉を見て指摘する。


「なるほど。自分もそういう悪事をしてるから、それを利用して嫌疑をかけることも思いつくってわけね」

「でも、助かりましたね……」


 危機が去り、四人は安堵の息をつく。


「ありがとうございましたっ」


 メイが調達屋にそういうと、調達屋は一つクールに首を振ってみせた。


「あれだけのモンを喰わせてもらったんだ。牢まで持ち帰れねえまま捕まっちまったんじゃ、調達屋の名が廃るだろ」


 そう言い残して、調達屋も食堂から立ち去っていく。

 このクエスト、慌てて『力づく』を選べば当然刑期が伸びてしまう。

 だがしっかり料理を出し切った上で、デザート作りも一定レベルを超えていれば、直前に調達屋が助けてくれる。

『動じない肝』を試すような内容になっていたようだ。


「動かないのが正解って……なかなか意地悪なクエストね……」

「レンちゃーん、よかったー!」


 思わず抱き着いてきたメイの肩を抱く。


「この緊張感、さすがに脱獄クエストだけあるわね」

「まったくです」


 こうしてメイたちは見事、『睡眠薬』の持ち出しに成功したのだった。

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