第630話 穴を掘りますっ!

「お前もすっかり、この監獄の生き方が分かってきたみたいだなぁ」


 笑う看守長に、「はい」と笑みを浮かべながら応えるコゼット。


「あいつも丸くなっちまったな」

「ここに来た時は刃物みてえなツラしてたのによ」


 通りがかりの囚人たちが、そんな様子を見てため息を吐く。


「何を話していたのかしら」


 睡眠薬を手に入れた後、いくつかの作業を終え、牢屋に戻る途中のメイたち。

 帰り際に見かけた光景に、首を傾げる。


「それじゃ、続きを始めましょうか」


 居なれた牢屋に戻ってくると、レンが鉄格子前に立ち左右を確認。

 するとメイとツバメが石畳を持ち上げる。

 そこにはすでに、プレイヤー一人なら普通に出入りできるほどの穴が開いていた。


「【穴を掘る】っ」


 斜め前にあるコゼットの牢に向けて、メイは地面を掘り進めていく。

 硬い土は崩れることもなく、高い【腕力】による進行速度はなかなかのものだ。

 メイがそのままネルの牢の下まで来たところで、右側から聞こえてきた靴の音。


「ツバメ」

「はいっ」


 すぐさまツバメが穴の中を二度ほど叩き、メイに合図を送る。

『穴掘り』は、看守に見つかってしまえばすぐさまアウトという、厳しいクエスト。

 しかしメイの【聴覚向上】を上手に使った作戦は、上手に穴掘りを進めている。

 今回も急いで戻ってきたメイは、ツバメと共に石畳を戻して隠す。


「…………」


 すると牢のところにやってきた二人の看守は、しばらくこちらを見た後、踵を返し戻っていった。


「このクエスト用の、狙い打ち看守だったわね」


 しっかりと二人の背を見送った後あらためて左右を確認し、再びメイを穴の中へ。


「まったく、カードを牢に持ち込むんじゃない」


 聞こえてきた声に、レンが首を傾げる。


「いいな、次にやったら当面レクリエーションの類は禁止にするぞ」


 そう言って二つ左の牢屋から、カードを取り上げた看守が出てきた。


「しまった! ツバメっ!」


 右側から来た看守二人組をオトリにする形でもう一人、左側の牢の中に入る形で『姿を隠していた』看守がいたようだ。

 新たな看守は案の定、こちらに向けて歩いてくる。

 レンとツバメはすぐさま穴の前に並んで座り、背後を隠す。

 メイの帰りは、さすがにもう間に合わない。


「「…………」」


 看守は、並んで座る二人をじっと見つめる。


「「…………」」


 無言の二人に首を傾げながら、再び歩き出す。

 そして不意に、その足を止めた。


「いや待て……あの牢は三人じゃなかったか?」


 そう口にして戻ってくると、すでにメイは帰還済み。

 三人並んで穴を隠すように座り、事なきを得た。


「ド、ドキドキしますね」

「本当だね……っ!」


 メイとツバメは思わず手を握り合いながら、安堵の息をつく。


「これこそ、脱獄シナリオといった感じです」


 しかし同時にワクワクもあり、思わず顔を見合わせて笑う。


「やってくれるわ……本当に」


 これにはレンも苦笑いを浮かべた。

 脱獄クエストの醍醐味を味わいながらも三人は、再び穴掘りを続ける。

 そしてネルの牢の真下まで届いたところで、今度は看守長がやってきた。


「錬金術師……気は変わったかぁ?」

「ッ!?」


 目的はネル。

 怯える彼女を見下ろすように、牢の外から問いかける。


「聞けば警官たちに『貴様の逮捕は間違い』と、申し立てに来ている者共がいるようだが……貴様を『反抗的』な危険人物と報告してもいいんだぞ? そうなったら警官たちは、お前をどういう目で見るだろうなぁ」

「……そ、それでもできません。誰かを思うままにできてしまうような、危険な薬は作れません……っ」


 勇気をもって、ネルは『自白剤』の提供を断った。


「そうか……ならばお前は」

「ひゃうっ!」


 ガーン! と、ブーツの蹴りが鉄格子に当たって大きな音を鳴らした。

 その勢いに、ネルはひっくり返る。


「ここで作業を続けるんだ……死ぬまでなァ」


 看守長はそう言って、牢を後にした。


「大丈夫ー?」


 ついに穴を掘り抜いたメイが、ネルの後ろからひょこっと顔を出す。


「は、はいっ……穴、掘れたんですね」

「もう少しだから、一緒にがんばりましょう……っ!」


 両拳を強く握ったメイは、気合を入れる。

 ここからさらにメイは牢屋の外、廊下へと抜ける穴を掘り帰還。

 その後も穴掘りを続け、コゼットの牢への穴も開通させた。

 すると今度はレンが穴に潜り、コゼットのもとへ。


「穴もつながったし、貴方が必要だって言っていた物は全てそろったわ」


 報告すると、コゼットはニヤリと妖しい笑みを浮かべた。


「これなら上手くいきそうだな。俺の知ってる内部情報と【地図】、そして【睡眠薬】と【穴】。こいつらがあればもう、脱獄は夢じゃねえ」

「決行はいつになるの?」

「夜だ。日付が変わる頃に、看守が交代するタイミングがある。そこを突いて穴を通って牢を抜け、西棟へ向かう」

「分かったわ」

「時間が来たら俺の方から行くから待っとけ。くれぐれも、出し抜こうなんて考えるなよ」

「分かってるわよ」

「へっへっへ、それでいい」


 そう言って【地図】を人質のように奪い取ったコゼットは、その場に横になった。

 レンはつかみどころのないその態度に、迷うようにしながらメイたちのもとに。


「さあ、いよいよ後は決行するだけね。夜を待ちましょう」


 あらためて気合を入れ直す。


「がんばりましょうっ!」

「ドキドキの時間は続きますね!」


 二人が大きくうなずいて応えると、ネルも深呼吸をして拳を握る。

 いよいよ、難関アンジェール大監獄の脱獄を計る時がやってきた。

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