第628話 食事作りは大忙しです!
「それじゃ、始めましょうか」
「はいっ」
「がんばります」
ネルも気合を入れる。
始まる料理クエストは、パーティの人数に合わせて三つの役割に分かれている。
まずは食材のカット。
これは今回、メイが担当することになった。
「はい、はい、はいはいはいっ」
包丁を手にしたメイは、ネルが次々に持ってくる食材をカット。
切る量はとにかく多く、速さが求められる。
そしてシステムにも、少し癖がある。
カットの感覚は【技量】次第なのだが、加えて食材によってカットのリズムが違う。
ネルが目の前に食材を置く、現れる『線』に合わせて包丁を入れる。
するとネルがそれをボールに入れて、また新たな食材を置く。
これを『リズム』に合わせてできないと、『ミス』の判定となってしまう。
「はいはいはいっ、それそれそれっ、はいはいそれそれ、えいえいやーっ」
独特の掛け声でカットを入れていくメイ。
徐々にリズムの違う食材を混ぜることで、感覚を狂わせにくる仕掛けにもしっかり対応。
カットの『線』に目測を合わせ、一度でしっかり切るという部分が高い【技量】で担保されているため、リズムに集中することが可能なようだ。
「本当にメイさんは、どこでも楽しそうです」
サジを使って調味料などの量を計る【技量】仕事は、今回ツバメが担当。
ここでは指定の調味料を、間違えずに指定回数量って入れることが大事。
ツバメは集中して、これをしっかりとこなす。
「火加減は任せておいて」
そしてここでも、料理等に使う火の加減は『魔法石』と【知力】によるものとなっている。
レンは料理ごとに違う必要火力をしっかり見て、三つの魔法石コンロをしっかりとコントロールする。
「この忙しさで、火加減とかを気にしながら別枠でデザートを作れってことね。なかなか大変じゃない……っ!」
残り時間内に必要量を作れというこのクエスト。
その中で上手に調達屋用のデザートも作らなくてはならない。
まずはとにかく料理の作成を先行し、ここでの遅れはなし。
メイたちは食堂業務をしっかりとこなしていく。
今回は作った料理を置きっぱなしでよく、給仕に回らなくていいという点では楽だ。
「……うまい」
「なんだ? 今日のメシはいつもよりうまいぞ」
その手際は見事なもので、囚人たちも歓喜の様子を見せている。
するとやがて一通りの『材料』『調味料』を確認したネルが、声をあげる。
「……ここにある素材だと、アップルパイの作成が可能です」
「なるほどね、メイはリンゴのカットをお願い」
「りょうかいですっ!」
リズムを取りながらの食材カット。
その合間に隣のまな板を使って、リンゴをカット。
「うわわ、少し難しいかもっ!」
リズム感の全然違うカットが入り込むことで、感覚がズレそうになる。
「同時進行は焦らなくていいわ。合間にリンゴも切っていくくらいでの感覚で」
「はいっ」
この言葉で、メイは自分のペースを取り戻す。
「できましたっ」
「次は私の番ね」
ここでレンが、ナベに入れたリンゴから水分がなくなるまで中火を維持しつつ加熱。
四つ同時の火加減調整は難易度が高いが、これを無難にこなし窯の魔法石を起動。
新たな温度管理を開始する。
「続きます」
ツバメは過熱を終えたリンゴに、隙を見て量ったレモン果汁とシナモンを投入。
さらに強力粉と薄力粉を量ったところで、ネルがスキルを使用する。
「錬金術師さんは、粉と水を一瞬で生地にしてしまうのですか……」
粉を練って冷やして生地にする。
この面倒をスキル一つで終えてしまうネルに、ツバメはちょっと驚く。
「っ! 次の料理も急がなくては!」
しかし料理仕事は現在も同時進行中。
すぐに我に返って、料理作りの方に復帰する。
「メイさん、お願いしますっ」
「はいっ」
できた生地を短冊形にカットして、生地、リンゴ、短冊生地の順で器に乗せる。
「はい、レンちゃん!」
ここからはレンの作業だ。
料理の火加減をしながら、焼けていくパイの様子を見る。
そしてある程度焼けたところで少し熱を落として、もう一度焼く。
「ああもうっ、気になってしょうがないわ」
早く窯から出せば生焼け、遅くなれば焦げてしまうため、レンは何度も焼き加減を気にして窯とコンロを行ったり来たり。
「……マズっ!」
ここで料理の方の火加減を、同時に三つ変える流れがきてしまった。
レンは大急ぎで火力調整した後、慌てて窯に駆ける。
「…………どうかしらこの色味。少し、焼き過ぎかも……」
コンロの火力調整に時間が取られた分、わずかに取り出しが遅れたかもしれない。
ややこんがり。
それはわずかに疑念が残る、絶妙な焼き加減だ。
「できたーっ!」
しかしメイには程よく見えているようで、その香ばしい香りに思わず歓喜の声を上げる。
「私が行ってきます」
動き出したのはツバメ。
持ち出した調達屋用のデザートを手に、食堂へ。
「あー、食った食った」
「っ! やはり!」
突然イスを大きく引いて、立ち上がる囚人。
ぶつかることで、持ってきたデザートを『落とさせる』仕掛けは予想通り。
これまで各所で給仕仕事をしてきたツバメは、最初からこの可能性を念頭に置いていた。
最悪の危機を前に、くるりと華麗に一回転して囚人を回避。
足元を滑らせた囚人の体当たりもしっかりかわし、そのまま調達屋のもとへ。
「どうぞ」
食後、静かに席に着いたままでいた調達屋の前に完成したデザートを置く。
「……これは?」
「『実』の『見返り』です。先払いでいかがでしょうか」
「へえ、いいじゃねえか。ただこれを『見返り』として認めるかは、食ってからだ」
調達屋はそう言って、アップルパイを口に運ぶ。
その姿にツバメは、緊張しながら調達屋のリアクションを待つ。
「……うまい。こいつは大したもんだ……」
「やったー!」
「やりましたっ!」
厨房から様子をのぞいていたメイとネルがハイタッチ。
レンも「よし」と、思わず拳を握る。
隙を見てデザートを作れというこのクエストは『出来』も求められるのだが、しっかり一定のレベルを超えていたようだ。
「お前たちが欲しがってたのは『実』だったな。ちょうどいい、偶然持ち合わせがあってな。くれてやるよ」
ツバメは『実』を手に入れ、軽いスキップで厨房へと戻る。
これにて、調理クエストは終了だ。
「加工してしまいましょう。レシピは頭に入っていますし、ここなら火が使えます」
そう言ってネルは『実』を叩いて中身を出し、それを擦り潰したものにいくつかの調味料を混ぜ、火にかける。
やがてしっとりとした粉状になったところで、調味料用の小瓶に入れて囚人服の袖に中にしまい込んだ。
「うまくいったわね」
「はいっ」
これで脱獄に必要な『睡眠薬』も、手に入れることができた。
四人はうなずき合う。しかし。
「――――静まれ、薄汚い罪人ども」
食堂に一人の男が入ってきた。
「……嫌な予感がしますね」
走り出す緊張感に、ツバメが息を飲む。
見るからに感じの悪い、不遜な態度。
看守二人を引きつれてやって来たのは、ムチを手にした看守長だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます