第627話 調達屋
「おいおい。早くも二つ集めちまうたぁ、いい調子じゃねえか」
副看守長のクエストを終えて戻ってきたメイたちに声をかけたのは、二つ横の牢のコゼット。
「残すは睡眠薬だけだな」
「睡眠薬なんてもの、そうそう手に入るとは思えないんだけど」
「そりゃあそうだ。だが、嗜好品の『実』として持ち込んだものを加工して睡眠薬にすることは可能だ。へっへっへ」
「そもそも誰からそんなものをもらうの? 副看守長の菜園には変わったものはなかったけど」
「調達屋だ。あいつは一部の看守とつながって外部から嗜好品を持ち込んでる。何とか取り入って『実』を手に入れるんだ」
「どうやって?」
「それはお前たちが考えるんだよ。そうそう、穴は掘り始めておいた方がいいぞ。【腕力】次第ではそれなりに時間がかかるだろうからなぁ。連れ出したいヤツもいるんだろ? 全員連れていくのは大変だぞ。もちろん、俺を忘れたりしたらその瞬間看守にご報告だ」
ニヤリと笑って、コゼットは去っていく。
「一応、少し掘り進んでみましょうか」
「そうしましょうっ」
「それでは石畳を持ち上げて……」
牢に戻った三人。
ツバメが足元に敷かれた石板を持ち上げると、その下から硬い土が顔を出した。
「それではいきます! 【穴を掘る】!」
メイはサクサクと、穴を掘り進めていく。
まずは斜め前にある、ネルの牢へと続くルートだ。
「メ、メイっ! 誰か来たわ!」
「うわわわわっ!」
その間しっかりと牢の外を監視していたレンが、忠告の声を上げる。
メイは慌てて穴から飛び上がり、ツバメと二人石板を並べて穴を隠ぺいする。
「だああーっ! こんな形で失敗するとかあんのかよ!」
そこにやって来たのは、プレイヤーのパーティだった。
「まさか裏切るヤツが出てくるとは思わなかったよなぁ!」
囚人服姿のプレイヤーたちは、怒りの声を上げる。
どうやら牢屋の続く一帯では、他パーティと接触することもあるようだ。
「あれっ、メイちゃん!?」
「本当だ……耳がないけど、何でメイちゃんがこんなところに?」
メイを見つけたプレイヤーたちは、驚きの声を上げる。
「まさかメイちゃんも脱獄に失敗を?」
「まだこれからですっ」
「そっか、それなら気を付けた方がいい。クエスト中にNPCに裏切られたんだ。脱獄者や違反者を突き出すと、刑期が短くなるみたいな設定らしい!」
「脱獄、失敗するとどうなるのですか?」
「刑期が伸びるんだってさ。要は刑務作業クエストが増える形になるみたいだ」
「そして……脱獄じゃなく刑期満了での解放になる。要はクエスト失敗だな」
彼らが受けていたのは、看守長が出てこないやや楽なクエスト。
それでも、アンジェールからの脱出が難関であることに変わりはないようだ。
「さあ牢に入れ! 貴様らには過酷な作業が待っているからな、覚悟しろ!」
遅れてやってきた看守たちが、脱獄失敗パーティを引っ張っていく。
「放せ! 放しやがれーっ!」
「ちくしょう! 俺たちは諦めねえぞ! こんなところ必ずおさらばしてやるっ!」
「……この看守にしっかり反抗する感じ、割と皆楽しんでるのかしら」
脱獄失敗もしっかり楽しむプレイヤーたちに、レンは軽く苦笑い。
「それじゃ、続きいきましょうか」
そう言って、脱獄用の穴掘りを続けようと石畳に手を伸ばしたところで――。
「555番」
「ふあっ!?」
いつの間にか近づいて来ていたらしい看守の声に、レンが身体をビクリと震わせる。
「な、な、なに……?」
「副看守長から、新たな作業への従事が出ている」
「新たな作業? また特別な刑務になるのかしら……」
レンはドギマギしながらたずねる。
「今回は囚人たちの食事作りを担当してもらう。料理作業を請け負っていた者が急な体調不良でな。お前たちのような模範囚であれば、刃物を使わせても問題ないだろうとのお達しだ。だが、くれぐれも余計なことは考えるなよ」
強めに念を押し、メイたちを厨房へと連れていく看守。
食堂にはすでに、多くの囚人たちが集まっていた。
どうやら談笑やカードをしながら、食事ができるのを待つ時間になっているようだ。
「食材が届くまで少し時間がある。それまでは好きに過ごすといい」
「これは何かありそうね」
突然できた空き時間。
レンを先頭に、三人は食堂を見て回る。
「レンちゃん、気になる人がいるよっ」
片隅にいる後ろ髪を結んだ囚人のもとに、鋭い目をした囚人が近づいていく。
鋭い目の男が耳打ちすると、後ろ髪の囚人がポケットから煙草を取り出し受け渡す。
すると二人はまた、何事もなかったかのように分かれた。
「監獄に煙草。この時間は『調達屋』を見つけるための時間だったわけね」
さっそく三人は、調達屋と思しき男のもとへ。
「『実』が欲しいんだけど、貴方持ってない?」
単刀直入に聞く。
すると男は、口元を動かすことなくつぶやく。
「欲しいものがあんなら、それに見合った見返りを用意しな。俺の存在にたどり着いたんだ、いい情報の一つくらい持ってんだろ」
そういって調達屋は、「話はここまで」とばかりに背を向けた。
「来たばかりの私たちに、そんなものないわよ」
求められた対価。
しかしアンジェールに来てまだ短いメイたちに、有益な情報などない。
かといって、戦って引き出すわけにもいかないだろう。
「どうしたものかしら……」
「さっきの人に聞いてみたらどうかな!」
「それがいいですね」
メイはさっそく、先ほど調達屋から煙草を受け取った男のもとに向かう。
「調達屋さんとの取引には、何を持って行けばいいんですかっ?」
囚人らしからぬ元気な声でたずねると、煙草を手に入れて気分がいいのか、男はペラペラと語り出した。
「基本的には情報や、要らない差し入れなんかを流す形だな。菓子なんかがありゃ、すぐにでもお得意様認定だ」
「お菓子?」
「調達屋は甘いものに目がなくてな。ここじゃ菓子やデザートなんてものは早々食えないだろ? だから甘いものが手に入った時は、それを譲ることで煙草をもらってんのさ」
「なるほどね。見えてきたわ」
話の流れから、この後するべきことに気づいたレン。
「おい、材料の搬入が済んだぞ。献立はメモから好きなものを選んで作るといい」
タイミングよくやって来た看守はそう言って、出入り口の警備に入る。
「それじゃいきましょうか」
「はい」
「お料理の時間だね!」
「きっちり料理を作って、同時に調達屋にもお菓子かデザートを作って持っていく。このクエストの目標はこれで間違いないわ!」
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