第626話 副看守長のお手伝い

 三人仲良く並んで牢屋で正座していると、またも看守がやってきた。


「555番。お前たちに、頼みたいことがある」

「はいっ!」


 右手を上げ、メイは元気に応える。

『555』という番号は、メイたちの監獄にふられた番号。

 どうやら、仕事のできる模範囚になることで話が動いていくというレンの予想は正解のようだ。

 ここで他の囚人たちとは違う、特別な任務を任されることになった。


「実は副看守長から手伝いを寄こして欲しいと言われていてな。掘削や壁の修復もこなせるお前たちなら、うってつけだろうと判断した」


 そう言って看守はまた、メイたちにマップを渡す。


「お前たちは優秀なうえ、人間性にも問題がない。今後も特別な仕事を任せることもあるだろう。マップはそのまま持っているといい」


 その言葉に「よし」と、そっと拳を握るレン。


「副看守長は東棟の中庭にいる。今すぐ向かうように」

「はいっ!」


 看守はメイたちと共に、ネルの牢も開く。

 四人は並んで東棟への廊下を進み、目的地へ。

 古い鉄製の扉を開くとそこは、バスケットコートほどの中庭になっていた。

 その中心で待つのは、着古された看守服姿の老人。


「待っていたぞ」


 白ひげの副看守長はそう言って、穏やかな笑みを浮かべた。


「何をすればいいのでしょうか?」


 ネルが聞くと、副看守長は両手を開いてみせた。


「ここに菜園を作ろうと思っておる。だがワシはもう一線を引いた身。ここの硬い土を掘り起こすのはなかなか骨が折れるでなぁ」

「それを私たちにやれってことね」

「そういうことだな。これを使うといい」


 そう言って副看守長は、中庭の端に置いた木箱をがさごそし始める。


「これ、スコップとかが出てくるんじゃない?」

「ただこれはあくまでワシの趣味。大きなスコップを好きに使わせるということもできないでなぁ」


 ここは作業場のように『囚人の暴れ対策』ができていないということなのだろう。

 期待するレンだが、副看守長の持ってきたのは一冊のスキルブック。


「ま、考えてみればスコップを牢屋に持ち込むのは無理よね」


 そう言って息をつく。


「でも、どんなスキルが入ってるのかしら」

「気になりますね」

「何かな何かなーっ」


 スコップでないにしろ、スキルならどんなものでもワクワクしてしまう。

 三人して、並んでスキルブックを確認してみる。



【穴を掘る】:地面や壁に穴を掘る。その速度や深度は【腕力】によって加減が可能。



「もう『これで掘れ』と直接言っていますね」


 そのダイレクトさに、思わず笑いがこぼれるツバメ。


「おおーっ! スプーンとかを持ち込むんじゃなくて、スキルを覚えて帰るんだね!」

「なるほどねぇ。確かこれって本来『ハウジング』なんかに使われるスキルよね」


 レンとツバメは納得しながら、特に考えることもなくメイに利用を勧める。

【腕力】の文字があるのなら、メイで間違いないだろう。


「それではさっそく! 【穴を掘る】!」


 スキルを発動すると、メイはその場にすっとしゃがみ込んだ。

 そしてそのまま土を、両手で交互にかき出し始める。

【腕力】にも影響されるスキルの勢いはすさまじく、硬い地面をどんどん掘り返していく。


「わあー! まってー! この格好はやめて――っ!」


 犬やウサギのような姿勢で、両手で土を巻き上げ穴を掘るメイ。


「「…………」」


 職業『野生児』ならではの演出に、かける言葉が見つからない。

 しかしこのスキル、どうやら移動しながら使えば地面を耕すような使い方もできるらしく、メイは硬い地面をサクサクと掘り進んでいく。


「……メイ?」

「はいっ」

「ッ!」


 レンの呼び声に応えて顔を上げたメイは、後ろ足で立ち上がったプレーリードッグのようだ。

 その愛らしい動きに、ツバメが思わず軽くもだえる。


「一度縦に掘ってみてくれる?」

「りょうかいですっ!」


 縦に掘れば当然、穴は深くなる。


「これ以上進めないよーっ」


 しかし途中から明らかに感触が硬いものに変わり、掘り進むことができなくなった。


「まあ、その辺は当然『対策』されてるわね」


【腕力】に任せて深く地中を掘って逃げる作戦は、あらかじめ防いであるようだ。


「ふむ。土が掘り返せたら、この種を畝ごとに分けてまき、水をやってくれ」


 メイが広い中庭を順調に掘り返していくと、副看守長が種を持ち出してきた。

 受け取ったレンとツバメは、混ざってしまっている種を判別しながらまいていく。


「ネルさんも慣れた感じですね」

「家を出て錬金術師を始める前は、よく畑仕事の手伝いをしていたんです。パトラと一緒に畑を駆け回っていました」

「一緒にがんばりましょうっ!」

「はいっ」


 楽しそうなネルに、思わず頬が緩むレンとツバメ。


「次は水まきだ」


 渡された水の宝珠を手に取り起動すると、水がシャワーのように広がる。


「それっ」


 陽光に輝く飛沫に、レンは宝珠をメイに向けた。


「おっと! そうはいかないよーっ!」


 しかしこれを、見事な身のこなしで避けるメイ。


「お見事です」

「油断してる暇はないわよ!」


 散々メイを追っていた中で、急な方向転換。

 レンはツバメにシャワーを浴びせかけ、一瞬で水びたしになるが――。


「それは分身です」

「ここで使う!?」

「あはははははっ」


 突然ツバメの姿が消えた。

 本格的な回避に、思わず驚いてしまうレン。


「それなら貴方はどうするの! ネル!」


 ここでレン、どういう反応をするのか気になってネルに放水。

 驚きながら逃げるのかと思いきや――。


「そうはいきませんっ! 【クリエイト・ウォール】っ!」


 なんと土を石の壁に変換して防御。


「それっ」

「きゃあっ!?」


 お返しとばかりに水宝珠を突き出した。

 繰り出されるシャワー攻撃は見事、レンに直撃。

 それを見てネルはまた、楽しそうに笑う。


「あはははははっ、レンちゃんがこんなにしっかり反撃されるのめずらしいね」

「一本取られましたね」

「やられたわ……」


 予想外の反撃に、思わず笑い出すメイたち。


「こういう感じのクエストは、場所が監獄でも楽しいのね」

「はい、とてもいいクエストです」

「……皆さんとご一緒して、とても気分が前向きになりました」

「よかった!」


 とても監獄の中とは思えない、雰囲気の良いクエストを楽しんだ四人。


「ふむ、ごくろう」


 水まきまでしっかり終えたところで、副看守長は満足そうにうなずいた。


「作業はこれにて終了だ。君たちの働きはしっかり伝えておこう」


 こうして、呼び出しを受けての特別クエストを終えた四人。

 見事目的だった【穴を掘る】方法を身に付けて、牢屋への帰還を果たしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る