第625話 崩れた壁を積み上げます!
用水棟の地下に続く洞窟の一面を、覆う高い石壁。
見ればその一部が、丸々崩れ落ちていた。
割れ砕けたブロックは、壁から離れた場所に山積みにされている。
「そこそこ緊張感もあるクエストね」
「本当だねぇ」
薄暗い地下の洞窟と、看守長によって放たれた魔獣たち。
メイの聴覚に、ツバメの高速移動、敵が複数でもレンの魔法なら対応可能。
状況は安定しているが、非戦闘員のネルがいる状況で作業をしなくてはならないというのは、なかなか難しいだろう。
「それでは始めますね【クリエイト・ブロック】」
ネルは盛られた割れブロックの小山に向かうと、すごく分かりやすい錬金術で新たなブロックを生み出していく。
「私たちもやりましょうか」
「はいっ」
「がんばります」
三人はさっそく、レンガ大のブロックを手にして壁へ。
積むこと自体はステータスより『しっかり重ねる』ことが大事なのだが、レンはここをメイに任せ、ツバメと共にブロックを運ぶ。
「ブロック運びは交互にすれば、突然敵が出てきても大丈夫だと思うわ」
「そうですね」
ネルのいる場所と壁には距離がある。
レンは付近に注意しつつブロックを運搬。
するとすぐに、メイに壁積みを頼んだ効果が出始めた。
「【モンキークライム】!」
メイはその【腕力】で多くのブロックを抱え、高くなってきた壁を蹴り上がる。
「これならブロックを上に運ぶ手間が、少なく済みますね」
「下から誰かがパスしたり、少量を抱えて何度もジャンプするのは手間かなと思って」
そのままブロックを持って壁の上に立ったメイは、端から順にサクサクと積み重ねていく。
その重ね方も綺麗で、壁の高さはすぐに7割に至る所にまで到達。
「ッ! レンちゃん!」
ここでメイの【聴覚向上】が、異変を捉えた。
聞きつけた音に視線を向けると、そこには大型モンスター『キングボア』の姿。
巨大猪は、その身体を震わしながら突撃してくる。
「予想通りだったね!」
「さあ……どっちかしら!?」
レンはネルの前に立ち、『キングボア』の狙いをしっかり見据える。
その目標は意外にもネルではなく、壁だった。
「積んだばかりの壁を狙うとか、いい性格してるわね!」
「賽の河原システムですか!」
なんとこのモンスターの狙いは、プレイヤーでもネルでもなく壁を崩すことのようだ。
この壁は高く、積むのに手間も時間がかかる。
その間また、敵の攻撃を気にしなくてはいけないというのはあまりに厳しい。
猛烈な土煙を上げて、壁に特攻するキングボア。
大型トラック並みの体躯で放つ一撃は、圧倒的な勢いを誇る。
最初に犬でネルを狙ったのも、ここでネルの防衛に意識を集中すれば、壁の守りが甘くなるだろうという嫌らしい狙いのもとだ。しかし。
「メイ! お願いっ!」
「おまかせくださいっ! 【ラビットジャンプ】!」
メイは突撃してくる猪の前に着地すると、一応キョロキョロと辺りを見回す。
「いきますっ! 【ドラミング】!」
それから胸元を二度ほど叩き、真正面からキングボアに向かい合う。
直後、ドーン! という猛烈な衝突音が鳴り響いた。
「よいしょーっ!」
巨猪を正面から受け止めるメイ。
なんとその足は、1ミリも動かない。
真正面からキングボア突撃を受け止め切ったところで、続けてスキルを発動する。
「【ゴリラアーム】!」
そのままゆっくりと、敵の巨体を持ち上げていく。
キングボアはその後ろ足をバタバタと振り回すが、メイは止まらない。
そしてその巨体が、ほぼ垂直になったところで――。
「せーのっ! それぇぇぇぇぇぇ――――っ!!」
放つ豪快な投げ飛ばし。
キングボアは地を転がり、そのまま剥き出しの岩壁に直撃した。
「はいそこまで! 【フリーズブラスト】!」
即座に放たれる猛烈な氷嵐。
キングボアのHPを、見事に削り切った。
「上手くいったわね! やっぱりメイがいるとできることの幅が段違いだわ!」
「作戦通りでしたね、二人ともお見事でした」
笑い合うレンとツバメ。
これにはネルも拍手を送る。
そんな中、メイだけがしきりに視線を動かしていた。
「……メイ、どうしたの?」
「一応、目撃者がいないか確認をっ!」
猛獣相手に相撲の稽古みたいになっていた自身の姿を、誰かに見られていないか。
そんなことを気にするメイに、笑うレン。
こうして壁の補修作業は、無事終了を迎えたのだった。
◆
「無傷だと……?」
ニヤニヤしながら『狩り』の終わりを待っていた看守長は、傷一つないメイたちの姿に驚きの声を上げる。
「まさかっ!?」
するとそこに、フラフラの足取りで帰ってきた一匹のヘルハウンドが倒れ伏した。
「ざ、罪人どもがぁぁぁ……このままで済むと思うなよ! 消えろ、この役立たず!」
近寄ってきたヘルハウンドをムチで叩きつけると、看守長はそのまま立ち去っていく。
「ひどいーっ!」
「ひどいですね」
メイとツバメは駆け寄り、倒れた魔獣をなでる。
するとヘルハウンドは落ち着きを取り戻したのか、洞窟内へとトボトボと帰っていった。
「まあ、状況としては『獣の王が給水棟に解き放たれた』状態だったものね」
気を付けるべきは魔獣たちの方だったと、つぶやくレン。
そのまま四人が牢屋へと戻ろうとすると、他の作業を終えたのだろうコゼットがやってきた。
「どうだい、首尾の方は?」
「悪くないわ」
「へっへっへ、やるじゃねえか。その調子で頼むぜ。お前さんたちには期待してんだからよぉ」
コゼットはそう言って笑うと、牢屋へと戻っていった。
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