第622話 刑務作業は続きます!
メイの脱獄宣言に、大きな動揺を見せる錬金術師ネル。
そのフワフワの白い髪を揺らして、あわあわする。
「あの子のために、急がないといけないんですっ」
そう言って、強く拳を握るメイ。
するとネルも、大きくうなずいた。
「そうですね……一刻も早く、パトラのもとに向かわないと!」
どうやら彼女を待ち続けている犬は、パトラという名前のようだ。
「でも、どうやってここから脱獄するのでしょうか」
「まずはとにかく、刑務作業をこなしていくことでしょうね。さっきの掘削作業でも仕事量で看守の対応が変化していたみたいだし。作業現場に抜け穴のようなところはなかったから、力づくで逃げ出すのは不可能だと思う」
「なるほどー」
「メイは何か、怪しい点とかはなかった?」
「特に気づくことはなかったよ」
「メイさんが言うのであれば、やはり作業に集中で良さそうですね。この調子でクエストをこなしていきましょう」
「りょうかいですっ!」
魔法鉱石の掘削作業が終わり、意気揚々と牢屋へと戻ってきたメイたち。
しばらくするとまた、看守がやってきた。
「次の作業は工作だ! 各自すぐ移動するように」
看守に連れられやって来たのは、厚い木製の長机が置かれた工作室。
そこにはすでに、多くの囚人たちが席についていた。
「今回はバックラーの成型だ。この槌で銅板を叩き、綺麗な曲面を作るように」
「またマニアックな作業ねぇ……」
銅製バックラーの丸い部分を叩いて作れという、変わった仕事に感嘆するレン。
「同時に背面の木盾部分のやすり掛けも行う。どちらも力の入れ加減、貴様らの【技量】が大事になってくる。時間内に一定量のバックラーを完成させるように」
しっかりと説明を行う、工作室看守。
二つの作業を並行して進めて、一つのバックラーにする作業のようだ。
「それでは始め!」
始まった二つ目の刑務作業。
メイの担当は小型のハンマーで銅板をコンコン打ち、上手に半球の形を作っていくというものだ。
半球のバランス感は、プレイヤーの『目』で判断。
打ち付けた時の曲がり具合は、【技量】による補正が入る。
「……初めてなのに、もう熟練の職人みたいになってるわ」
この作業は半球が飛び出し過ぎてしまっても反対から叩けば戻せるのだが、戻し過ぎてしまって手間を取るというのが罠。
しかしメイはその凄まじい【技量】もあり、銅板を次々に適度な半球形に変えていく。
「ネルさんも早いです」
「一応錬金術師なので、こういう作業なら少しだけ慣れているんです」
一方のネルも、木盾のやすり掛け作業を見事な手際でこなしていく。
この作業は削りすぎてしまうと失敗になるため、恐る恐るになりがちだ。
「ネルの動きを見ていれば、ある程度の感覚は分かってくるわね」
しかしそこはゲーム慣れしたレン。
【技量】値もあるため、二人がかりで木盾を次々に生成していく。
「これなら私は材料を取りに行くのと、完成品を持っていく係をするのが良さそうですね」
立ち上がったツバメは、あっという間に減っていく銅板と木盾を持ってきては補充。
代わりに完成品をまとめて箱に入れて、持っていく作業を中心にする。
とにかく仕事の速いメイと、見事な分担で木盾の出っ張りやバリを削るネルとレン。
ツバメは行ったり来たりを繰り返しつつ、合間に木盾のやすり掛けも行う。
「こういう作業って、夢中でやってしまうわね」
「は、はいっ」
「そうですね」
不意のレンにつぶやきに、応えるネルとツバメ。
そのペースは早く、仕事も順調すぎる程だ。
だがこのクエストは、うまく進めば一つの難所が待ち受けている。
「おい新入り、ずいぶんがんばってるみたいじゃねえか」
メイたちのもとにやって来たのは、いかにもガラが悪そうな三人組の囚人たち。
「これ、もらってくぞ。先輩の俺たちに奉仕するのは当たり前だよなぁ」
「ハッハッハ、せいぜいがんばれよ新入り」
「俺たちの分もなぁ、はっはっは!」
そう言って問答無用で、できたバックラーを収めていた箱に手を伸ばす。
「あっ、あの…………こ、困ります……っ」
一日も早くアンジェールを出て、パトラのもとに駆けつけなければならないネルは必死に声を上げた。
「なんだってぇ?」
「よく聞こえなかったなぁ」
しかし囚人たちは工具をデスクにガン! と、ぶつけて威嚇。
驚きに「ひっ」と声を上げたネルに笑いながら、メイたちが作りためているバックラーの箱をつかみ上げる。
そしてそのまま、踵を返したところで――。
「【紫電】」
「【連続魔法】【フリーズボルト】」
すぐさまツバメとレンの連携に倒れ伏した。
「……この呆気なさ。騒ぎになるような戦いにしちゃうと、看守に怒られる感じだったのかしら」
レンの予想は正解だ。
ここの囚人三人は弱いが、騒ぎになれば看守に怒られマイナス評価を受けることになってしまう。
念のため氷結魔法で目立たないようにしたが、その選択も正しかった。
今回は場が荒れることもなく、仕事は着々と進行。
無事、刑務作業を終えることとなった。
「ほう、今回も見事な仕事ぶりだな……大したものだ」
看守はメイたちの仕事量を見て、感嘆の声を上げた。
「多分、正当なリアクションは『鍛冶師やってた?』だと思うんだけどね」
銅板の曲がり具合を見ながら「……うむ」と、うなずく職人系模範囚メイに笑う。
できあがったバックラーの数は大量。
気が付けばバックラー業者の倉庫のようになってしまった作業所に、三人あらためて「おおー」と息をつく。
「すごーい!」
「この量だと売りさばくのも大変そうですね」
並ぶ無数のバックラーに、思わずはしゃぐメイ。
「よし、作業はここまで! 各自牢へ戻るように!」
看守の合図に、囚人たちは続々とバックラー倉庫を出て行く。
「助けていただいて、ありがとうございました……っ」
「いえいえー」
作業を終えペコペコと頭を下げるネルに、メイが笑いかける。
「ああいうところで声を出す勇気、熱くていいわね」
「あの三人さんは、放っておかれるのですね……」
倒れたままでいる三人のガラの悪い囚人たちが、何事もなかったように置いていかれる姿はちょっとシュール。
こうしてメイたちは二つ目の作業も、見事最高の評価で終わらせたのだった。
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