第621話 看守長と錬金術師

「それーっ!」


 いよいよ作業に慣れてきたメイは、一輪の荷車を軽快に進める。

 足元の出っ張りや穴は荷車の転倒を誘うためのものだが、それも関係なし。

 高い【技量】で難なくかわし、魔法鉱石を運搬。

 残り時間はもうわずか。

 すでに最高評価量を採掘し終えているため、もはや残りの時間を潰すための作業だ。


「こういう作業は、成果が見えるとつい続けてしまいます」


 コツコツしたゲームも好きなツバメは、鉱石をとにかく高く盛るという独自の作業を楽しんでいる。

 そんな中レンは辺りを色々見て回り、少しでも内部の構成を把握しようと努める。

 そしてコンテナサイズの箱が、魔法鉱石で山盛りになったところでクエスト終了。

 刑務作業にもかかわらず、『やり切った感』を覚えたメイとツバメが仲良く魔法鉱石の山を眺めていると、事件が起きた。


「貴様、何を休んでいる! さっさと働け!」


 居丈高に声を荒げているのは、一人マントを羽織ったアンジェール大監獄の看守長。


「はあ……はあ……」


 荷車からこぼれた魔法鉱石。


「立て、罪人」


 しかし体力の限界なのだろう、少女はなかなか起き上がれない。


「立て! 罪人っ!」


 看守長は叫び、手にしたムチを足元に叩きつけて命令する。


「ッ!!」


 それでも、少女は立ち上がれない。

 すると看守長はついに、少女に向けて容赦なくムチを振り上げた。


「立てと言っているだろうがぁぁぁぁ!!」

「わあ! やめてくださーいっ!」


 叫んだ次の瞬間、すでにメイは少女の前。


「始まったわ」


 ムチで叩かれる寸前の少女をメイがかばうと、看守長はその残虐そうな目をこちらに向けてくる。


「なんだ貴様は……罪人の分際でこのオレに逆らおうというのか? ならばまず貴様に、立場というものを分からせてやるッ!」


 看守長はムチを、凄まじい勢いでメイに向けて振るい出す。

 容赦ない、怒涛のムチさばき。

 鋭く空を切るその音に、周りの囚人たちが息を飲む。しかし。


「生意気な罪人が! 身の程を知れ!」

「わ、わわっ」

「無様に地面を舐めるんだ!」

「わわわわわ!」

「この薄汚い罪人がぁぁぁぁ――っ!!」

「わわわわわわわー!」

「「…………」」


 当たらない。

 放たれたムチの全てを普通にかわす囚人という状況に、思わず無言になるレンとツバメ。


「全部綺麗に回避されるパターンは、初めて見ました」

「こういうのは、叩かれないと悲惨さが出ないものなのね」


 本来ここで少女をかばったプレイヤーは、そこそこ派手に叩かれることになる。

 逃げて気を引こうとすれば少女が打たれることになるので、『身を挺するのが一番いい』というところに落ち着くからだ。

 そもそも、全回避を許すほど看守長は甘くない。

 よって必然的に、プレイヤーたちはここで叩かれるという流れになっている。


「そこはかとなく大縄跳びっぽいです」

「まあ、武術家のクエストボス相手に近接で完全回避するくらいだものね」

「身分の違いを思い知れー! この罪人がぁぁぁぁーっ!!」


 看守長が「これでトドメ」とばかりに振り上げたムチには、閃く雷光。


「うわわわわわわ――っ!」


 威力も範囲も向上し、回避などいっそう無理そうなその一撃。

 これを範囲攻撃と見たメイはなんと、少女を抱えて一緒に転がり回避した。


「ハハハハハ! 今日はこのくらいで勘弁してやる……だが貴様の顔は覚えたぞ。このオレ様の前に立ち塞がったことを、たっぷり時間をかけて……死ぬまで後悔させてやる」


 抱き合うようにして伏すメイにそう言い放つと、看守長は一発もムチを当てずに立ち去っていく。


「だいじょうぶー?」


 完全回避を見せたメイがたずねると、ようやく少し息が整ってきたのか、少女はゆっくり立ち上がった。


「あっ、ありがとうございます……っ」


 白くふわふわした髪を、耳の下あたりで二つ丸く結んだ青い目の少女。

 何度も頭を下げる彼女は、メイたちと同じくらいの年齢のようだ。


「すみません……普段は錬金術師をしていて、力仕事はあまり得意ではないんです……早く、あの子のところに帰らないといけないのに」

「あの子って?」


 レンは、ほぼ確信をもってたずねる。


「はい、私には相棒がいまして。ここに連れて来られる前に、『そこで待っていて』と言ったきりになってしまったので」

「間違いないようですね」


 どうやらこの子が、今回『脱獄』を共にする錬金術師のようだ。


「貴方は?」

「私は、錬金術師のネルといいます」

「私たちは、貴方をここから連れ出すためにやって来たのです」

「ここから、連れ出す……?」

「相棒ちゃんが、ずっとその場所から動かずにネルちゃんを待ってるんだよ! ご飯も全然食べないんだって!」

「そんな……!」


 よほどショックだったのか、ネルは愕然とする。


「で、でも、どうやってここから出ればいいのでしょうか。証拠や証言があっても、それが認められるまでには時間もかかりますし……」


 迷うネルに、メイは元気よく応える。


「脱獄しますっ!」


 ビシッと外を指さし、ばっちり決めポーズ。


「だっ脱獄……っ? このアンジェール大監獄から、抜け出すというのですか……っ?」


 まさかの提案に、気弱そうな顔をしたネルは驚きの表情をした。

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