第620話 監獄生活スタートです!
「それでは行きましょう!」
「この子のためにも、負けられませんね」
「どんな展開になるのか楽しみだわ」
準備を終えて戻ってきた三人は、鍛冶師の家の前で再集合。
フラフラになりながらも主を待ち続ける犬の頭をもう一度なでてから、鍛冶師に声をかける。
「準備はできたのか?」
「できました!」
「それじゃ始めるぞ、いいな」
「はいっ!」
三人がうなずくと、とても都合の良いタイミングで巡回の警官隊がやって来た。
「お、おいっ! お前なんでこんなものを持ってるんだ!?」
それを見て鍛冶師は、小瓶に入った白い結晶をこれ見よがしに指さし、分かりやすく大きな声で叫ぶ。
「なんだ、どうした!?」
「フランシス警官隊だ! なにがあった!?」
すると不穏な声を聞きつけた警官隊が、駆け足でこちらにやってきた。
「この冒険者たちが、怪しい薬を持ち込んできたんだ!」
「なにっ!?」
警官たちの目が自然と、メイが持った薬ビンに集まる。
「これは……狂幻覚剤だな! こんなもので何をするつもりだったんだ!? 捕えろ! 捕えろーっ!」
四人の警官隊が、一斉にメイたちを捕らえにくる。
「ちっ、違うんです! これは違うんですーっ!」
「私たちは錬金術の勉強をしていただけです! 怪しい薬ではありません!」
違う違うと言いながらも、全く抵抗はせずにちゃんと捕まる三人。
メイに至っては口で「違う」と言いながら、もう両手を『手錠』用に差し出している。
「「これは違うんですーっ!」」
そして流れるように逮捕された後、引きずられ出してから再び身体をジタバタさせる。
「メイとツバメはこの捕まって引きずられていく感じ、全力でやるわよね」
牢屋に入れられるまでの流れは、常に全開のメイたちに笑うレン。
「ほら! さっさと歩け! お前たちの話は馬車の中で聞く!」
こうして意外なスタートを切った、新クエスト。
「いってきます! 待っててね!」
あえて自ら監獄に飛び込み、錬金術師を連れて脱獄する。
アンジェール大監獄史上『最強の囚人』となったメイたちは、こうして新たなクエストに挑むことになったのだった。
◆
「情報では、いくつかのルートからアンジェール監獄にくる形になるみたい」
一通り、収監ごっこを楽しんだメイたち。
三人仲良く、牢の中に並んで座る。
ツバメは石畳でも変わらず、綺麗な正座を披露している。
「一番見た情報は、盗賊団の高難度クエストの形なんだけど……脱獄者はごく少数。成功が驚かれるほどの難しさみたい」
「そうなのですか」
「それは大変だねぇ……」
「問題はここからなんだけど、そのクエストを見るに『看守長』が出てこないのよ」
「どういうことですか?」
「エクスカリバー探しの後半、伝説の島に生息する群れ狩りウサギから取れる素材アイテム。それは剣や斧ではなく短剣にしか加工できない」
「それだけのレベルと、盗賊、忍者、アサシンという短剣を使う隠密職であることが、クエスト受注の前提になっている……」
「そういうことね。これ、盗賊クエストのさらに上位版なんじゃないかしら」
レンの予想は正解だ。
ボスと思わしき者の存在は、このクエストがそれだけ大型であることを示している。
メイたちがたどり着いたのは、難易度が高いことで知られる脱獄クエストの、いまだ知られぬ上位版。
「それに、装備品やアイテムがないマイナスは大きいですね」
大監獄では当然、囚人服を着せられ装備品は外される。
刑務作業クエストを全て終えると刑期満了で釈放となり、その時点で返却されるようだ。
それゆえに、高レベルの盗賊でも脱獄を成功させるのは難しいというのが現状だ。
「まずはやはり、飼い主である錬金術師さんのもとへ向かうところからでしょうか」
「どこにいるのかな?」
「こういうのは基本的に、作業中とかに見つける形になるんじゃないかしら」
「刑務作業がクエストになっていそうですね」
「なるほどー」
三人がそんなことを話していると、牢に学帽姿の看守たちが入ってきた。
「作業の時間だ!」
鍵が開き、メイたちは牢の外へ。
「何をするのかなっ」
これまでにない展開、そしてハードな世界観にワクワクし始めるメイ。
「囚人服も三人そろいで着ると、アトラクション感あります」
「それはあるわね。最近メイド服やチャイナドレスみたいな可愛いものが続いたけど、たまにはこういうのも楽しいかもしれないわ」
「うんっ」
そう言って心なしか浮かれるメイたちが、看守に連れていかれた先は地下。
そこでは、囚人たちがつるはしや荷車を手に鉱山作業のようなことを行っていた。
「一つだけ分かることがあるわ」
「はい、私も分かります」
立ち尽くしたまま、つぶやくレンとツバメ。
「なにー?」
「絶対誰か体力が尽きて倒れるわ。そしてムチで叩かれるわ」
「ええっ!?」
「貴様らの仕事はこの地層から取れる魔法鉱石を掘り出し、それを運搬することだ」
置かれたつるはしと、一輪の荷車。
今ではゲームでしか見られないタイプの刑務作業だ。
「はいっ!」
これにメイは、囚人とは思えぬ元気な返事で応える。
「いいか? 魔法鉱石の掘削は貴様らの【腕力】で掘れる量が変わってくる。そして運搬量は【腕力】に加えて荷車を押す【技量】が大きく関わる。移動はもちろん【敏捷】が全てだ。気を抜けば容赦はしない。全力で働くように!」
「はいっ!」
「しっかり説明してくれたわね」
クエスト内容と不吉なことを口にして、監督位置へと向かう看守。
「それでは始めてみましょうか」
「りょうかいですっ!」
三人はさっそく岩壁に向かう。
つるはしを振り下ろすと岩が砕け、石塊が出てくる。
【ただの石ころ】と【魔法鉱石】の混ざり具合はまちまちだが、一度で取れる石塊の量は【腕力】に関わっているようだ。
「えいっ! それっ!」
メイがつるはしを振るう度に、大量の岩が転がり出る。
大当たり中のスロットのように、次々出てくる石と鉱石。
「メイさんは、選別の方が時間かかりそうですね」
「私たちが選別要員になりましょう」
ツバメとレンはここでつるはしを置き、選別に専念することにした。
「……メ、メイ、一度運びましょう」
しかしそれも、すぐにストップ。
メイが振り返ると、そこには魔法鉱石の山と石ころの山。
そして息を切らしたツバメとレンが座り込んでいた。
「てへへ、気持ちよく岩が崩れていくからつい」
三人は手押しの一輪荷車に、魔法鉱石を乗せていく。
乗せられる量も【腕力】次第。
当然メイの荷車は山盛りで、バランス取りが難しい。
しかし【技量】も十分のメイは、大量の魔法鉱石を軽々と運んでいく。
このクエストは積んだ魔法鉱石が目に見えることもあり、始めると意外と集中してしまう。
三人はこの後も同じ分担で、掘っては運びを繰り返す。
そして十五回ターンほど採掘作業を行ったところで、看守が様子を見にやって来た。
「ほう、大したものだな。見事な仕事ぶりだ」
魔法鉱石の山を見て発せられたのは、いくつかある『評価』の中から最高のもの。
「この鉱石の山を見て、よく冷静でいられるわね」
「これ以上のリアクションが用意されていないのでしょう」
ふざけて作った『かき氷』のように、箱に高く積まれた魔法鉱石。
指先で触れるだけで崩れてしまいそうになっている状態だが、看守は満足そうにうなずいた。
実はこの『状況とNPC』のズレが好きなレンは、思わず笑みをこぼす。
「貴様、名はなんという」
「メイですっ!」
「なるほど、覚えておこう」
そして何やらメモを取ると、そのまま引き返していった。
どうやら看守の好評を得ると、何かが起こるようだ。
「さすがメイさんですね。至高の模範囚です」
「えへへ」
「至高の模範囚……それは誉め言葉でいいのかしら……」
早くも規格外の能力を見せ始めるメイ。
二人のそんな会話に、笑いながらツッコミを入れるレンなのだった。
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