第619話 準備を始めます!
「本気で、この子の飼い主を連れ帰ってくるってのか?」
鍛冶師の男は、驚きの声を上げる。
「本気ですっ!」
うなだれる犬を前に、メイは両拳を握って応える。
「錬金術師の子を連れて脱獄しなきゃいけねえんだぞ? しかも場所はあのアンジェール大監獄、逃げ出すなんて不可能だ」
「それでも、なんとかして飼い主さんを連れてきますっ!」
「でもどうやって監獄に入るのかしら。何かやらかして捕まるっていうのは……少し気が引けるけど」
「……そういうことなら、一つ案がある」
レンの言葉に、鍛冶師の男が応えた。
「どうするの?」
「錬金術師の時と同じ手を使うのさ。お前さんたちは『禁止薬に似た粉』の所持で逮捕されればいい。薬の中には、警官じゃ見分けのつかないものもあるからな」
「今度は私たちが冤罪を誘発するってことね」
「盗賊だったら、何かを盗みに入って捕まるパターンとかもあるのでしょうか」
「ありそうね。別ルートはその形かもしれない」
フランシスの鍛冶師からアンジェールに向かう場合、冒険者が『犯罪者』になってしまわないようになっているようだ。
これで『悪事を行わずに監獄に入る状況』が作られることになる。
「簡単じゃねえとは思うが、【ウサギの前歯】を手に入れるような冒険者なら、奇跡を起こすことも可能かもしれねえな」
「頼むよ。ああやって健気に待たれちゃ、俺たちも気が気がじゃなくてよ……」
気が付けば、この一帯に住む鍛冶師や錬金術師が心配そうに集まってきていた。
その視線は、今も飼い主を待ち続ける犬に向けられている。
「おまかせくださいっ!」
気合を入れて、拳を握るメイ。
「本格的な脱獄ですか……初めて挑むクエストです」
「私もよ。これまでとは少し趣が違うわね」
「なんだかドキドキしちゃうよー!」
「さて、それじゃどうする? 警官隊を呼べばいつでも始められるが……準備は良いか?」
「『準備はいいか?』って聞かれるのはゲームの定番ね。これは大きな展開になると考えていいわ」
「そーなの?」
「よく見られますね。準備をした方がいいというお知らせでもあります」
「そうなんだー」
「少し時間をもらえる?」
「分かった。準備ができたらいつでも言ってくれ」
これまた定番の言葉で、『待ち』状態になる鍛冶師。
「大監獄なんて呼ばれてるところに、自ら飛び込む……少し情報を探しておくわ。あとメイにお願いがあるの。前の『世界樹』はもう消えてる頃だと思うし、監獄の場合おそらく『あの展開』があると思うから」
「りょうかいですっ!」
「あと鳳の報酬ももらいに行かないとね。思ってもないクエストの発生で、少し遅くなったけど」
「まずは鳳に。その後準備をして再会という形ですね」
「りょうかいですっ!」
こうしてメイたちは、ここで一度散会。
大監獄へ向かうための準備を始めるのだった。
◆
「それでは行きましょう!」
「この子ためにも、負けられませんね」
「どんな展開になるのか楽しみだわ」
準備を終えて戻ってきた三人は、鍛冶師の家の前で再集合。
フラフラになりながらも主を待ち続ける犬の頭をもう一度なでてから、鍛冶師に声をかける。
「準備はできたのか?」
「できました!」
「それじゃ始めるぞ、いいな」
「はいっ!」
三人がうなずくと、とても都合の良いタイミングで巡回の警官隊がやって来た。
「お、おいっ! お前なんでこんなものを持ってるんだ!?」
それを見て鍛冶師は、小瓶に入った白い結晶をこれ見よがしに指さし、分かりやすく大きな声で叫ぶ。
「なんだ、どうした!?」
「フランシス警官隊だ! なにがあった!?」
すると不穏な声を聞きつけた警官隊が、駆け足でこちらにやってきた。
「この冒険者たちが、怪しい薬を持ち込んできたんだ!」
「なにっ!?」
警官たちの目が自然と、メイが持った薬ビンに集まる。
「これは……狂幻覚剤だな! こんなもので何をするつもりだったんだ!? 捕えろ! 捕えろーっ!」
四人の警官隊が、一斉にメイたちを捕らえにくる。
「ちっ、違うんです! これは違うんですーっ!」
「私たちは錬金術の勉強をしていただけです! 怪しい薬ではありません!」
違う違うと言いながらも、全く抵抗はせずにちゃんと捕まる三人。
メイに至っては口で「違う」と言いながら、もう両手を『手錠』用に差し出している。
「「これは違うんですーっ!」」
そして流れるように逮捕された後、引きずられ出してから再び身体をジタバタさせる。
「メイとツバメはこの捕まって引きずられていく感じ、全力でやるわよね」
牢屋に入れられるまでの流れは、常に全開のメイたちに笑うレン。
「ほら! さっさと歩け! お前たちの話は馬車の中で聞く!」
こうして意外なスタートを切った、新クエスト。
「いってきます! 待っててね!」
あえて自ら監獄に飛び込み、錬金術師を連れて脱獄する。
アンジェール大監獄史上『最強の囚人』となったメイたちは、こうして新たなクエストに挑むことになったのだった。
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