第623話 休憩時間と怪しい男

「休憩時間だ。今からの時間は決められた範囲の中でなら自由に過ごすことができる」


 やって来た看守はそう言って、牢を開く。


「休憩時間だって!」

「少しあっちこっち動いてみましょうか。こういう時間には大抵、何かしらの発見があるものよ」

「りょうかいですっ!」


 ここまでクエストの流れは上々。

 元気な模範囚メイは、三人並んで自由行動の範囲内を歩いてみることにする。

 各所の作業場はもちろん、小さな図書館やレクリエーション室などもあり、どこも囚人が気ままに過ごしている。

 メイたちは各所を見て回りながら、最後は中庭に到着。

 そこではタバコなどをネタに、ケンカ賭博が行われいた。


「これは外部から嗜好品を持ち込んでる囚人がいるわね」

「後々クエストに関わってきそうです」

「すごーい……」


 定番のネタもメイには新鮮なようで、ここでもそのめずらしい風景にワクワクが止まらないようだ。


「あっ、ネルちゃんだ」


 そんな中、錬金術師ネルは庭の片隅にあるベンチに座り、静かに空を眺めていた。

 さっそくメイたちは、ネルのもとへ向かう。


「パトラは……大丈夫でしょうか」

「鍛冶師さんたちが見てくれるって言っていましたが、すでに体調は良くない感じでした」

「そうですか……」


 それを聞いて、ネルはため息をついた。


「捨てられていたあの子を見つけてから、もう5年。私が錬金術師として仕事ができるようになるまで、ずっと一緒でした。なかなか仕事がもらえず大変だった時を乗り越えられたのは、あの子が一緒だったからなんです」


 そう言って、覚悟を決めるように一度うなずく。


「なんとしても帰らないと……ここを脱獄して」


 看守長の横暴によって収監された、錬金術師の少女。

 捨て犬との出会いや、共に乗り越えた不遇の時期。

 そして今も健気にネルを待つパトラの姿を想像して、こういうのに弱いツバメはちょっと泣きそうになる。


「がんばりましょう!」


 メイは、元気にそう言った。

 静かにうなずくレンも、気合は十分だ。


「……脱獄だってぇ」

「「「っ!!」」」


 突然聞こえた声に、思わず身体を跳ねさせる四人。

 いつの間にいたのか、隣のベンチの裏側から出て来たのは、一人の怪しい男。

 短く刈った橙の髪に、不精ヒゲ。

 30代後半くらいの鋭い目をした男は、まるでカモを見つけた詐欺師のような笑みをこちらに向けてくる。

 計画を聞かれる。

 まさかの事態に、硬直する四人。


「時間がねえんだろ? 俺はここが長くてなぁ、脱獄に必要な情報をくれてやることができる」


 そう言って男は、思わせぶりな笑みを浮かべた。


「それで?」

「その代わり、上手くいきそうなら俺も連れていけ。へへっ、いいだろ? 俺が看守長辺りに口を滑らせちまうよりは、ずっとなぁ」

「これは、とても不利な取引です……」


 断れば脱獄の計画がバレてしまう。

 急にそんな取引を持ち出されて、困惑する四人。


「そんで何か、脱獄の道筋は見つかってんのか?」


 レンは静かに首を振る。


「そうだろうなぁ。アンジェールはネズミ一匹逃さねえ堅牢な造りになってやがる。どんなに強いやつでも分厚い壁の迷路に押し込まれちまったら、それでお終いってわけだ」

「……それで、その情報っていうのは?」

「へへっ、そうこなくちゃな。脱獄すんなら絶対に必要なものがある。そいつを集めろ。話はそこからだ」


 どうやら脱獄には、いくつかの準備をする必要があるようだ。


「まずは穴を掘る道具だ。牢屋の石畳を持ち上げれば下は硬めの土だ。必要なタイミングでいつでも牢を抜け出せるようにしておく必要がある。ま、あくまで牢から外の廊下へ出ることしかできねえけどな」

「やっぱり、脱獄と言えば穴になるのね」

「次に睡眠薬だ。逃げるなら絶対に目を盗まなけりゃいけねえ『監視』がいるからな。そいつをどうにかするチャンスは『夜食』だけだ」

「睡眠薬ですか……それは少し難しそうですね」

「そんでマップだな。俺も全てを把握してるわけじゃねえから補完がしてえ。お前さんたちもどこに何があるかの把握は、しといた方がいいだろ?」

「そうね」

「最低でもこの三つはそろえる必要がある。他にもお前さんたちが必要だと思うもんがあるなら用意しとけ。何せ難攻不落のアンジェールだからなぁ。準備はいくらしたってしすぎってことはねぇ」

「ずいぶん詳しいのですね」

「もうずいぶんとここにいるからなぁ。そんなことを考えるくらいしか楽しみもねぇのさ。俺は模範囚やってたってここからは出られねぇ。脱獄計画に乗ってみるのも一興だろ?」

「……なるほどね」


 こうして、ほぼ有無を言わさぬ形で脱獄に乗ってきた怪しい男。


「へっへっへ、俺はコゼットってーんだ、よろしく頼むぜ……相棒」


 そう言い残して男は、中庭を出て行った。


「やっかいなタイプの人物が出てきたわねぇ……」

「こういう物語の定番なのかもしれませんね。脱獄を知られてしまい脅されるという展開は」

「な、なんだかドキドキしちゃうねぇ……っ!」


 知られてしまった脱獄計画。

 しかし必要なものは三つだと、明確にすることもできた。

 見えてきたやるべき事、そして油断ならない男の登場に、三人はいっそうワクワクし始めるのだった。

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