第565話 傲慢の悪魔

「「「闇の魔導士が来たァァァァ!!」」」


 堕ちた天使との戦いに現れたのは、紫の炎を操る魔導士だった。


「ま、まだちょっと、さっきまでの感覚が残ってるわね」


 うっかり柱からの登場を見せた自分に、少し恥ずかしくなるレン。


「レンちゃーん!」

「お待ちしていました!」

「良かったわ、間に合って」


 再会に喜び、笑い合う三人。

 それを見て「来てよかった……」と、笑みをこぼす観客たち。

 残りHPが3割強となったルシファーは、ここでさらにその姿を変えた。

 なんと翼が12枚になり、2メートルほどだった身長もさらに一回り大きくなった。

 そしてその身体を侵食するように黒の根が走り回り、二本の長い角が生える。


「最終形態ってところかしら?」

「三つの姿を持つボスというのは、初めて見ました」


 残り時間を見ればもう、炎三つ分ほど。


「神を崇めしこの街は、我が力によって闇に還る。魔の王となるこのルシファーが、直々に手を下してやろう」


 そう宣言して邪な笑みを見せると、先が三つに割れた黒赤の槍を手にした。

 そして、雨があがっていく。


「いよいよって感じね」

「勝って終わりにしましょう」

「アルティシアは、わたしたちが守りますっ!」

「さあ、新たな支配者の誕生にひれ伏すがいい。弱き人間たちよ!」


【魔条の槍】を手に、翼を大きく羽ばたかせるルシファー。

 低空飛行で、一気に距離を詰めてくる。


「くるっ!」

「【連続魔法】【誘導弾】【ファイアボルト】!」


 レンの放つ紫の炎。

 四連続の炎弾を飛行しながらかわすという妙技を見せつつ、ルシファーはメイのもとへ。

【魔条の槍】を赤く輝かせると、二度の回転撃を放つ。


「っ!!」


 三本の赤い軌跡が斬撃となって飛ぶ。

 さらに一撃目は振り上げ、二撃目は振り下げという軌道の変化で回避の難易度を大きく上げてきた。


「左っ! 右っ!」


 ただしゃがむだけでは避けられないその連撃を、メイは即座に『左下』『右下』という踏み出しからのしゃがみで回避。すると。


「【光の翼刃】」


 12枚の翼でメイ目がけて高速飛行。


「ッ!!」


 翼から広がる光の刃を、大慌てでかわす。

 すると振り返ったルシファーは、右手を掲げた。


「【十字光輪】」


 広がる黒光の輪の中に荒々しく突き刺さる、三本の赤光槍。

 地面に炸裂し、赤の雷光が付近一帯を駆けめぐる。


「くっ! 一つ一つの攻撃の余波がとんでもないわね……っ」

「回避も一苦労です!」


 ある程度の距離を取ってもなお、レンは余波に体勢を崩された。


「【炎蛇】」


 ルシファーは止まらない。

 四匹の巨蛇を生み出すと、一斉に解き放つ。

 蛇の身を作る炎はこれまで以上に激しく、そして禍々しい。


「【バンビステップ】【ラビットジャンプ】!」


 それでもメイは炎蛇たちを引き付け、長く大きな跳躍で置き去りにしながらルシファーに接近。


「【フルスイング】!」

「【智天の翼】」


 再びぶつかり合い、激しい火花を散らす。


「【加速】【リブースト】【跳躍】」


 後を追ってきたツバメは、ここで【智天の翼】を破るために武器を【デッドライン】に変更。

 防御貫通を狙って飛び掛かる。


「【アサシンピアス】!」

「【セラフィムフレア】」

「うわあああああ――っ!!」

「ああっ!!」


 自らの身体を燃え上がらせることで生まれる紅蓮の業火が、2割近いダメージと共に二人を吹き飛ばした。


「メイっ! ツバメっ!」


 メイは空中で「うあわわわ」と、手をグルグル振り回しながら腰から着地。

 ゴロンゴロンと後転して、「大丈夫!」と手を振る。

 ツバメも二度ほど地面をバウンドした後、すぐに起き上がってみせた。


「規模が……これまでとは違います……っ!」

「わずかしかない隙も、防御スキルと自爆カウンターできっちり守るって、さすが大物中の大物ね……っ」


 本来であれば大人数でパーティを組み、チーム分けして戦うことでルシファーの大規模高火力攻撃を分散するというのが正解。


「……こんなの反撃もできないだろ」

「単純に人数が足りてない」

「これはさすがに無理だよなぁ……」


 その圧倒的な攻勢を前に、観戦者たちも嘆息する。


「レンさん、このままでは厳しそうです。一気に攻めてみますか?」

「……大丈夫。反撃のタイミングは必ず来るわ」


 レンは少し迷ったあと、そう告げた。


「だから、準備はしておきましょう」

「分かりました」

「りょうかいですっ!」


 このままではロクに反撃もできず、押し切られてしまう可能性もある。

 そんな中、二人はレンの判断を信じることにした。

 メイは【世界樹の芽】を取り出し、足元に植える。


「大きくなーれ!」


 そして【密林の巫女】で成長を高速化。

【世界樹の芽】は一気に枝葉を伸ばしていく。

 一方ルシファーは、攻勢をさらに加熱させる。


「【炎蛇】」


 再び放つ四匹の業火蛇。

 激しい炎をまき散らしながら、一斉にツバメに襲い掛かる。


「【疾風迅雷】【加速】【加速】【加速】……【リブースト】!」


 強化されてるとはいえ、一度は見た技。

 ツバメは見事な回避でやり過ごすが、目前の事態に驚愕する。

 なんと【炎蛇】同士がぶつかり、大爆発。


「ああああ――っ!!」


 3割を超えるダメージを受け、炎と共に地を転がった。


「消えるがいい、軟弱な人間ども。貴様らは我が先兵として死地へ送り出してやる【シャインフェザー】!」


 ここでさらに、闇色に染まった光の羽を大量放出。

 ルシファーが翼を払うと、無数の羽がこちらに向けて飛んで来る。


「「「ッ!!」」」


 その光景に誰もが、身を震わせる。

 しかし『飛来』する羽を見たメイは、ここで一つの思い付きを実行。


「いーちゃん!」


 広がる光の羽は、狙い通り吹き荒れる暴風で飛ばされ爆発。


「【バンビステップ】【ラビットジャンプ】!」


 この隙を突いて駆け出したメイは、そのままルシファーのもとへ。しかし。


「【光翼天燦】」


 片手を地に突き、発動するスキル。

 天に届くほど長く伸びた12枚の翼が強烈な輝きを放ち、メイを弾き飛ばす。


「うわああああああーっ!」


 この一撃でさらに3割強のダメージを受けた。


「貴様らに勝ち目などない。新たな神となるこの私の前に虚しく散るがいい【堕天光星】」


 ルシファーは止まらない。

 続けざまに呼び出した輝星が、真っ直ぐこの地に落ちてくる。


「【装備変更】っ!」


 それでもメイは立ちふさがる。

 その手に取り出したのは【魔断の棍棒】


「せーのっ! 【フルスイング】!」


 しっかりとタイミング合わせて、豪快な振り抜き。

 見事な打ち返しは真っすぐにルシファーへと迫る。だが。

 堕天使はさらに、飛来する光星の下を飛翔。


「【光の翼刃】」

「【ラビットジャンプ】【アクロバット】!」


 低空飛行による突撃を、側方宙返りで飛び越える。


「【炎蛇】」

「【装備変更】っ!」


 振り向きざまの攻防。

 炎蛇同士のぶつかり合いによって巻き起こる爆炎を、メイは【王者のマント】で振り払う。


「「「…………」」」


 そのとんでもない戦いぶりに、もはや言葉も出ない観客たち。

 怒涛の攻勢を前に、三人はとにかく回避と防御を続けていく。

 メイが戦いの中心になることで見事にダメージを軽減しているが、それでも反撃を狙えるほどの隙はない。

 そして残り時間はもう、炎二つ分のみ。


「【ソフィアブレイド】」

「ッ!!」


 唐突な後衛狙いに、反応が遅れた。

 斬り払いによって放たれた炎の斬撃はかわしたが、そのまま投じられた炎の剣はレンを直撃。


「きゃあああっ!」

「レンちゃん!」

「レンさん!」


 被弾によるダメージは4割にも迫り、いよいよ危険域という状況。


「もう、ダメもとでも攻撃に行った方がいいだろ……!」

「メイちゃんなら、ゴリ押せるかもしれないもんな!」


 観客たちも、脅威的としか言えないルシファーの強さに『強引な一点突破』を支持し始めた。


「終わりだ」


 倒れたレンに向け、大きく振りかぶるルシファー。

【魔条の槍】に、これまでにない強力な闇の力が注ぎ込まれていく。

 煌々と赤く輝きだした槍は、ドン! という爆音と共に投じられた。

 強烈な衝撃波を放ち、飛来する必殺の槍。

 流星のように魔力の尾を引くド派手な一撃に、観戦に来ていた者たちのほとんどが『敗北』を意識した……その時。


「そうはさせませーんっ!」


 両者の間に駆け込んだメイは、渾身のスキルを発動する。


「ド、ド、ド……【ドラミング】だあああ――ッ!!」


 直撃し、赤の粒子が激しく散らばる。

 4割に届こうかというダメージを受け、HPが半分を割り込んだ。

 しかしメイはなんと、強化された上半身で【魔条の槍】を弾き飛ばした。

 それは最後までレンの言葉を信じての行動。

 そして、時が来る。


「……な、にっ」


 ルシファーが急激な倦怠感に身体を大きくフラつかせ、そのままヒザを突いた。


「来た……来たぁぁぁぁぁぁ――――っ!!」


 レンは思わず叫ぶ。


「その『傲慢』な戦い方がルシファーの弱点よ! 考えなしゆえに猛威を振るった攻撃の反動で、『充填』のための大きな隙がくる!」

「お、おお……っ」

「「「うおおおおおおおお――――っ!!」」」


 この時を信じて待ち続けた三人に、思わず歓声をあげる観客たち。

 大悪魔の驚異的な攻勢を守り抜き、おとずれた大きな勝負所にツバメは静かに息をつく。

 目を輝かせ、大きく手を掲げるメイ。

 その背には、いつの間にか街を覆うほどに伸びた巨大な世界樹。

 メイは落ちてきた黄金のバナナを、その手に取った。


「いきまふっ!」


 一口かじって、走り出す。


「【ソードバッシュ】!」


 大気を揺るがす嵐のような衝撃波が、石畳を巻き上げ迫る。


「なんだ……あれっ!?」


 吹き荒れる天災のごとき暴風に、観客たちも付近の柱や壁に身を隠す。


「【智天の翼】……ッ!?」


 ルシファーは守りに入るが、問答無用で吹き飛ばされて建物の壁に直撃し突き破った。


「【装備変更】【裸足の女神】!」


【鹿角】による高速移動で一気に目前に迫り、剣を振り上げる。


「ッ!!」


 これをルシファーは必死の飛び込みでかわす。

 続く振り降ろしを、翼を汚しながら転がり回避。

 かつての熾天使とは思えぬ無様な転がり方で、必死に体勢を立て直すが――。


「【フルスイング】!」


 眼前を通り過ぎたド派手な一撃が地面を叩き、余波に再び弾き飛ばされる。


「く、ううっ!」


 回避は狙ったものでなく、単なる幸運。

 ダメージこそ受けずに済んだが、二度のバウンドから錐もみ回転で壁に直撃し破砕。


「【ソードバッシュ】からの【ソードバッシュ】!」

「ッ!!」


 迫る二連の衝撃波に、高速飛行による回避を計るルシファー。

 しかし空中姿勢を保てず落下。

 さらに地面を派手に転がる。


「【バンビステップ】!」

「堕ちろ! 【セラフィムフレア】!」


 もはや逃げるばかりのルシファーは、それでも迫るメイにカウンターを狙いにいくが――。


「【電光石火】」


 真横から突然駆けてきたアサシンが、それを許さない。


「ぐああっ!?」


 バランスを崩したところに、即座にレンが反応。


「【フレアストライク】!」


 紫の炎砲弾が翼の一つに炸裂して倒れ込んだ。


「今よメイっ! 防御が得意だっていうなら、その守りごと叩き潰してやりましょう!」

「りょうかいですっ! それでは――――よろしくお願い申し上げますっ!」


 足元に生まれた魔法陣から現れたのは、巨大なクジラ。

 盛大な飛沫をあげる飛び掛かりの迫力に、誰もが目を奪われる。


「【智天の翼】!」


 これをルシファーはギリギリ、翼による防御を成功させるが大きく弾かれた。しかし。

 続く大波が、容赦なく襲い掛かる。


「【フリーズブラスト】!」


 レンは水濡れ状態になったルシファーを、そのまま凍結させた。


「【装備変更】!」


 それを見て【大地の石斧】を高く掲げたメイは、そのまま全力で振り降ろす。


「【地裂撃】からの【グレートキャニオン】だあああ――っ!」

「ぐああああああ――――っ!!」


 黄金バナナによって地殻変動を思わせるほどの突きあがり方を見せた一撃に、天高く弾き飛ばされるルシファー。

 だが凍結からの回復は異常に早く、【智天の翼】による防御を成功させていた。

 必死に翼で身を守り続けるルシファー。

 だがその絶対的な防御力も、三人の容赦なき攻勢に崩れゆく。


「このまま押し切るわ!」


 勢いのままにレンは、堕天使に【銀閃の杖】を向ける。


「深淵よりいずる昏き祝福に、光は沈みゆく。刻告げし鐘は夜空に哀しく鳴り響き、始まる終末に全ての命は等しく滅びをまといて眠る。紡がれし魂の連鎖は切り裂かれ、夜が来る。闇が来る。永遠が来る。灯火すら届かぬ深き悪夢に眠れ。汝の終わりに、安息はない――――」

「――――【ダークフレア】!」


 空中に暗黒の粒子が収束し、炸裂。

 力を求めた魔女が放った闇の炎の威力に、堕ちた天使が手を、ヒザを突く。

【熾天の翼】による守りは、どうにかルシファーのHPを残した。

 そうなれば最後を決めるのは、野生の王をおいて他にない。


「それでは何卒――――よろしくお願いいたします!」


 メイはケツァールと共に枝葉に覆われたアルティシアの夜空に上昇。

 世界樹を一回転し、そのまま一直線に落下してくる。


「【アクロバット】」


 巨鳥の背を蹴り、空中で一回転。


「ぐああっ!」


 そのまま急降下してきたケツァールの蹴りに、地をバウンドして転がったルシファー。

 そこへ追撃をしかけにくるのは、剣を掲げたメイだ。


「ダイビング……【ソードバッシュ】だああああああ――――っ!!」


 ケツァールとのコンビネーションが決まり、放たれた衝撃波が街の中心地に大穴を穿つ。

 衝撃波は世界樹を震わせ、アルティシアの街を駆け抜け森を揺らし、そのまま空へと抜けていった。


「神に破れ……人間ごときにまで敗れるというか……この私が、新たなる王がぁぁぁぁ――――っ!!」


 大量の羽が舞う中、倒れ伏すルシファー。


「いやったー!」


 そんな中、ぴょんと飛び跳ねメイは大喜び。

 さっそく仲間たちと抱き合う。


「レンちゃんの言ってた通りだったね!」

「見事な読みです! メイさんの回避と防御も最高でしたっ!」

「最後は一気に駆け抜けたわね!」


 抱き合ったままクルクルと回る三人。

 観客たちはまるで、大作映画の鑑賞後のように惚けている。


「……で、今回の長い詠唱はなんだったの?」

「はい、旧神殿の時の詠唱の完全版です」


 どうやらツバメは先にあえて『不完全版』を詠唱しておいて、ここぞという時に『完全版』を持ち出してきたようだ。


「ツバメ……本当に元闇の使徒とかじゃないのよね?」

「はい」

「突発の詠唱にこんな仕掛けをするって、貴方この街にいる誰よりも『素質』があるんじゃないの……?」


 すさまじい戦いの直後だというのに、そんなツバメの演出を聞いていよいよ呆然とするレンなのだった。

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