第521話 近づく新たな闇

「はいどうぞっ」


 メイの差し出したクッキーを受け取り、かぶりつくいーちゃん。

 満腹になったのか、お腹を抱えるようにしてその場にころんと転がる。

 そんないーちゃんのふわふわの腹部を指先でなでると、くすぐったそうに身体をよじらせた。


「ふふふっ」


 メイは笑いながらクッキーを頬張る。


「これぞまさに、至高の時間です……っ」


 いつもの港街、ラフテリアでの待ち合わせ。

 先に来ていたメイが、海を見ながらいーちゃんと戯れているのを見つけて、ツバメは感嘆の息をつく。


「いやされるわねぇ」

「ふあっ!?」


 隙だらけのアサシンに、背後から声をかけたのはレン。

 驚くツバメを連れて、さっそくメイのもとへ。


「メイ、お待たせ」

「レンちゃんツバメちゃん! 今日はどこに行こうかっ?」


 早くもワクワクのメイは、尻尾をブンブンしながら問いかける。


「高山地帯なんかも良いし……火山地帯なんかも面白そうよ」

「水が温泉になっているところですね」

「温泉になるんだ! それはすごいね!」

「ショーとカジノの街も面白そうだし、古い神殿の並ぶ古代遺跡の街もあるわね」


 次の行き先をあれこれと考えながら進むメイたちの前に現れる、一人の少女。

 袖のない黒のレオタードのような上着に、黒のマントを腰に巻いたような格好。

 二本の刀を差し、白い肩までの髪に黒の笠をかぶっている。

 そのクールな少女は、静かに声をかける。


「――――ナイトメア」

「人違いです」


 レンはそのまま早足で通り過ぎる。


「――待って。ナイトメア」

「何を言っているのか分からないわ」

「――分からないとは、どういうことですか? ナイトメア」

「とりあえず、連呼するのはやめて」

「――ナイトメア? ナイトメア?」

「真横を歩きながらナイトメアを連呼するのはやめときなさいって!」

「ハッ! そういうことですか……」

「そう。悪いけど私はもう――」

「――すでに密命を背負って」

「ないから! 何も背負ってないから! どうして皆人に密命を背負わせたがるのよ!」


 レンはげっそりしながら足を止める。


「カッコイイ装備ですね」

「うんっ、カッコイイ!」

「あんまり見ないの。こういうのは『うつる』んだから」


 黒の装備で固めた忍者は、黒笠と刀以外の部分はアサシン寄りな装備品ゆえに個性がある。

 そんな少女の姿に、メイたちはキャッキャと盛り上がる。


「――レクイエムから聞いている。『闇の使徒』創始者の一人でありながら、さらなる力を求めて組織を去った伝説の魔導士ナイトメア」

「伝説にしないで」

「――そして力を求めながらも、それを悪用する姿勢を認めない真なる求道者とも」

「私の設定大変なことになってるじゃない……っ! そんなことないのよ。メイとツバメと遊ぶっていう最高の楽しみのために力を利用しまくってるし」

「――カフェでの動きも見させてもらった」

「来てくれたんだ! ありがとうございますっ!」


 メイはうれしそうにブンッと頭を下げる。


「――美味しい可愛いカッコいい。良い店だった」

「「ありがとうございますっ!」」


 生で客の言葉が聞けて、よろこび合うメイとツバメ。


「――まさかああいう形で情報収集を行うとは……さすがナイトメア」

「組織のフロント企業みたいな言い方するのやめてもらえる?」

「――実は今、闇の使徒は大きな問題を抱えているのです」

「娘が闇の使徒を名乗っていること自体が、親御さんには大きな問題だと思うけど」


 諭すように言うレンだが、もちろんそんなものは通じない。


「――闇の使徒は今、真っ二つに分かれています」

「……仲間割れしたってこと?」


 レンの問いに、黒少女は静かにうなずいた。


「闇の使徒を抜け、新たな力に溺れる者たちの名は――――『暗夜教団』」

「あ、暗夜教団……一応話だけは聞いておくわ」


 共に組織を立ち上げた、黒神リズ・レクイエムのこともある。

 彼女を少し心配して、レンは黒少女の話を聞くことにした。


「――全ては新職業の発見から始まりました。かの新クラスは、恐ろしく強い……」

「新しい戦闘職が出てきたってこと?」


 黒少女はこくりとうなずく。


「――新クラス……悪魔召喚士」

「たしかに、聞かない職業ね」

「召喚で悪魔を呼び出すという事でしょうか」


 ツバメの予想に、黒少女は再びうなずいた。


「――悪魔召喚士となり急激に力を付けた者たちは暗夜教団を名乗り、聖教都市アルティシアの『暗黒都市化クエスト』に力を入れているのです」

「クエストに挑んでるだけならいいじゃない」


 その街にあるクエストは、以前イベントがあった『王都ロマリア』のように、街の様相自体が変わるタイプのものなのだろう。

 それがクエストとして存在する以上、その進行に問題はないはずだ。


「――しかしアルティシアは『光の使徒』の拠点。闇の使徒が街を暗黒に落とすとなれば、それは挑戦状に他ならない。当然、猛烈な反発がある」

「なるほどね。その悪魔召喚士っていうのはそんなに強いの?」

「――はい。この争いのもとになった悪魔召喚士は、大罪悪魔を使役するのです」

「ふーん」

「――大罪悪魔たちは、ある日突然復活しました。どうやら七体のうちの一体でも封印が解かれれば、リンクして目覚めるシステムになっていたようなのです」

「……うぇっ?」


 レン、突然他人事ではなくなってうっかり噛む。

 闇の使徒の一部メンバーは悪魔召喚士となって急激に力を付け、暗夜教団を名乗り出した。

 暗夜教団は光の使徒たちの拠点である街の暗黒化クエストを進め出したが、光の使徒としては闇の使徒に街を落とされることなど認められず、争いとなっている。

 そして全てのきっかけとなった大罪悪魔の復活は……魔法学校のベルゼブブ打倒から。

 闇の使徒の創立。

 大罪悪魔の復活。

 どちらもレンが起点となったものだ。


「――今、レクイエムと共に暗夜教団の横暴ともいえるクエスト進行を止められないかと動いていますが……難しい。下手に動けば光の使徒に撃たれ、その隙に暗夜教団にも出し抜かれてしまう」

「光の使徒さんたちからすれば、どちらも『闇の使徒』ですからね。街を守るためと言っても通じないでしょう」

「――この状況を、私たちだけで打破するのは難しいと考えました」

「独断で来たってこと?」


 こくりとうなずく黒少女。


「――ここしばらく、その能力や評判を各所で見させていただきましたが……各自の持つ力、チームワーク共に素晴らしいとしか言えない活躍ぶりでした。そして今回カフェで直接相対して思ったのです。やはり……伝説の魔導士ナイトメアに助力を求めるしかないと」

「伝説はやめて」

「――このままでは暗夜教団に、力による横暴をはたらく者に、全てを奪われてしまいます」

「…………あの子なら、ありえる話ね」


 暗夜教団を率いているのであろう人物に、思い当たる節あり。

 レンは深くため息をつくと、メイたちに問いかける。


「どうかしら……この恥ずかしい抗争を止めに行くのはあり?」

「ありですっ! 街をかけた戦いなんてすごいよーっ!」

「どんな展開になるのか楽しみです」


 これまでにない展開に、早くもワクワクし始めているメイとツバメ。

 こうしてレンたちは、暗夜教団と光の使徒が争う聖教都市アルティシアへと向かうことにしたのだった。

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