第513話 『剣』の前に立ちふさがる者

「ここまでやるとは……」

「それなりの戦士であることは、認めましょう」


 クマ騎士団の連携によって、HPが6割を切った湖の乙女と、2割強ほどの騎士。


「だが、我らを超える者でなければ『剣』に手を伸ばす資格はない」

「ここからは全力。己が無力さを知り、早々に島を立ち去るがいい――――【水霊の加護】!」


 湖の乙女が、天に向けて伸ばした手。

 騎士の頭上に大きな水滴のエフェクトが現れ、波紋が広がった。


「――――いくぞ」


 足元に派手な飛沫を起こし、騎士が一気に距離を詰めてくる。


「【ソードストライク】!」

「うわっ!? 【アクロバット】!」


 振り上げた剣から駆ける衝撃波と共に、吹き上がる水飛沫。

【猫耳】に装備を戻していたメイは、これを大きなバク転でギリギリ回避。


「【フルスイング】!」


 踏み込んできた騎士に対して、振り払う形の一撃を見舞う。

 生まれる水紋。

 シンプルな盾防御の前に現れた水の守りが、ダメージを大幅減。


「【アクアジェイル】」


 一方、湖の乙女が一斉に放った『水の砲弾たち』は空中に制止する。

 陽光にきらきらと輝く、美しい水球たち。


「閉じよ!」

「ぬなっ!?」


 アルトリッテを取り囲む直径20センチほどの水砲弾が、一斉に迫り来る。


「敵のレベルが、一気に上がったぞ!」


 これを必死の足運びでかわし、そのまま横っ飛び。

 地面を転がり、慌てて顔を上げたところに飛び込んできた水砲弾を黄金の盾で防ぐ。

 弾けて散る水しぶき。

 湖の乙女は止まらない。


「【アクアスウォーム】!」


 追撃に放たれたのは50発の水弾。


「くっ!」


 アルトリッテは盾防御を続けるが、大きく弾かれ残りHPがちょうど3割となる。


「【ソードストライク】!」

「【アクロバット】!」


 攻撃判定を持った水しぶきを放つ【アロンダイト】

 その振り上げをバク転でかわしたメイに、騎士は大きく足を踏み込んでいく。


「【シールドストライク】」

「もう一回! 【アクロバット】!」


 盾の振り回しがバラまく盛大な飛沫を、連続のバク転で回避する。

 騎士はさらに踏み込み、その左手に槍をつかんだ。


「【スピアバスター】!」

「うわわわわっ! 【ラビットジャンプ】っ!」


 一瞬で伸長する水の槍に、慌てて後方跳躍。


「メイっ!」


 着地と同時に振り返ると、そこには迫る大量の水弾。


「うわわわわーっと!!」


 唐突な魔法攻撃でも何とか避けてしまうメイに、驚くアルトリッテ。

 しかしその側方にはすでに、騎士が踏み込んできていた。


「――――【ソードブレイカー】」

「メイーっ! それは全力で避けるのだーっ!」

「はいっ!」


 迫る武器破壊攻撃に、思わず身体ごと剣を引く。

 最悪の一撃はスレスレを通り過ぎて行った。しかし。


「【アクアスウォーム・フラッド】」

「うわああああーっ!」


 その瞬間を狙って放たれた100の水弾を喰らって地面を転がり、2割のダメージを受けた。

 慌てて盾を構えたアルトリッテも、1割弱の減少。


「あぶなかったーっ!」


 ゴロゴロと転がったメイはそれでも、剣の無事に安堵の息をつく。

 対して湖の乙女は、攻勢を緩めない。


「【ミストファントム】」


 霧の幻影体を四方に生み出し展開するのは、無数の魔法陣。


「「「【岩塊落とし】」」」


 頭上に現れた異常な数の陣から次々と、巨大な岩塊が隕石のように落下してくる。


「うわわわわーっ!?」

「ぬわわわわーっ!?」


 凄まじい勢いで落ちてくる剣のような岩塊たちが、次々地面に突き刺さる。


「【アクロバット】!」

「【ペガサス】!」


 その勢いは恐ろしく、これにはさすがに二人して逃げ惑う。

 さらにここに飛び込んでくる騎士が放つのは、鋭い剣撃。


「【ソードストライク】!」

「ぬはーっ!?」


 放たれる衝撃波と、飛び散る飛沫。

 アルトリッテはなりふり構わぬ横っ飛びで転がり、スレスレの回避を見せる。

 そこに迫る、巨大な岩塊。


「くっ!」


 再び大慌てで転がると、騎士が目前に。


「――――【ソード・エクストレーマ】」


 これまでとは違う、両手持ちでの大きな振り降ろし。


「マズい……っ」

「アルトちゃん!」


 駆け込んできたメイが、アルトリッテを抱えて転がる。

 直後、叩きつけられた【アロンダイト】は地を割り、後方50メートルに渡る水刃を天高く突き上げた。


「あぶなかっ――」

「メイっ!」


 今度はアルトリッテがメイを抱えて転がる。

 すると二人の真横に、二つの岩塊が突き刺さった。


「……幻影体の使う魔法は虚像なのだろうが、どれが本物か分からない以上避けるしかない。そして騎士は本物の岩を知っているかのように隙間を抜けてくる。なんてやっかいな連携なんだ……っ!」


 押される一方の状況に、悔しそうに拳を握るアルトリッテ。


「幻影体が四方に分かれているのでは、まとめて切り払うこともできないし……」


 そう口にして、ハッとする。


「メイ! 『霧の魔法』ということは、もしかしてっ!」

「なるほどっ! りょうかいです!」


 再び【岩塊落とし】を発動する湖の乙女たちを前に、メイは足を止める。

 落ちてくる大量の巨岩。

 喰らえば大ダメージ間違いなしだ。


「頼んだぞ」


 息をつき、祈るアルトリッテ。


「お願いしますっ!」


 メイが呼び出したのは、イタチのいーちゃん。

 放つのは、強烈な突風だ。


「「やった!」」


 吹き荒れる風は、狙い通り【ミストファントム】たちを消し飛ばす。

 落ちてくる岩塊は、本物の三つだけ。

 これなら回避も難しくないが、見事に敵スキルを打ち破ったメイは『これを利用する形』で反撃を仕掛けにいく。


「【ゴリラアーム】!」


 突き刺さった巨岩の一つに手を伸ばし、そのまま湖の乙女に照準を向ける。


「せぇぇぇぇーのっ!」

「邪魔はさせぬぞっ! 【シールドブラスト】!」


 メイを止めにきた騎士を、アルトリッテが盾で弾き飛ばす。


「それぇぇぇぇぇぇ――――っ!」

「きゃ、きゃああああああ――――ッ!!」


 投擲した岩塊が直撃した乙女は、容赦なく弾き飛ばされた。


「アルトちゃん! 【バンビステップ】!」

「うむっ! 【ペガサス】!」


 言葉一つで意思を疎通し、動き出す二人。

 その狙いは、湖の乙女ではなく騎士だ。

 先手を打つのはアルトリッテ。


「【ホーリーロール】! メイっ!」


 騎士は【水霊の加護】の乗った盾防御で、ダメージを大幅軽減。

 反撃に入ろうとする騎士のもとへ、今度はメイが駆けつける。


「【フルスイング】! アルトちゃんっ!」


 強烈な一撃が飛沫と共に騎士のHPを削り、続くアルトリッテが【黄金剣】を振り払う。


「【ホーリーロール】! メイっ!」


 黄金の輝きを描く一撃が、騎士をさらに押し下げる。

 生まれた隙間にすべり込むのは、もちろんメイだ。


「【フルスイング】!」

「【ホーリーロール】!」


 互いの隙を消し合い、相手に反撃を許さない連携はあまりに強力。

 盾防御に加えて【水霊の加護】で大きく防御を上げているとはいえ、湖の騎士はひたすらにHPを削られていく。

 だが騎士も、ただやられるばかりではない。


「今だっ! 【シールドパリィ】!」


 迫るメイに対して、最高のタイミングでスキルを挟み込んできた。


「待ってましたあ! 【カンガルーキック】!」


 しかしそんな動きの変化を見逃すほど、メイの注意力は甘くない。

 そのスキルは攻撃力こそ低いものの、盾を向ける者に対しては驚異的な一撃となる。


「なにっ……!?」


【パリィ】発動をあざ笑うかのようにタイミングを外した小ジャンプ蹴りが、騎士の体勢を大きく崩した。


「いくぞーっ! 【ハードコンタクト】だーっ!」

「ぐはあああーっ!」

「【ラビットジャンプ】!」


 根性タックルが騎士を吹き飛ばしたところで、メイが跳ぶ。


「【装備変更】!」


 剣に変わってその手に現れたのは、【大地の石斧】だ。


「【アクロバット】からの――――【地裂撃】ぃぃぃぃっ!」


 地面に突き刺さった石斧が大きな地盤沈下を巻き起こし、落ちる大地に巻き込まれた騎士はついに腰をついた。


「これで、終わりだぁぁぁぁっ!」


 アルトリッテは、【黄金剣】を高く掲げる。

 広がる黄金の輝きと、舞い上がる光の粒子。

【黄金剣】に集束した聖なる光が、一気に解放されていく。


「【セイクリッド・レイジ】!」


 高火力の必殺スキルを連発するかのごとき乱舞が、光の飛沫を跳ね上げる。

 まばゆいほどの輝きが荒れ狂い、その攻撃の全てが容赦なく騎士に叩き込まれた。


「……くっ」


 剣を杖代わりに持ちこたえようとするもかなわず、倒れ伏す。

 完璧な盾防御を誇る騎士を、二人はパワーとスキルの組み合わせで押し切ってみせた。


「――――まだです」


 しかし、騎士の敗北は第二の『解放条件』


「ここで貴方たちが倒れる運命に、変わりはありません! 永遠に封じよ――――【マーリン・グレイブ】!!」

「なんだ? なんだこれはああああ――っ!?」


 湖の乙女が放つのは、巨大な十字墓石の乱立。

 ダンダンダン! と、落ちてきては突き刺さり、地面からは突き上がるこの魔法の威力は『岩塊』と比べるまでもない。

 付近一帯を、一瞬で巨人族の墓標に変えてしまう。


「ぬあっ!」


 その凄まじい範囲高火力攻撃に弾かれ転がってアルトリッテ、残りHPが1割を切る。


「アルトちゃん! わあっ!」


 アルトリッテに目を奪われたメイの肩を、強く弾いた墓標。

 1割近いHPを奪いさらにバランスまで崩したところに、突き上がる十字の黒石。


「わああああーっ!」


 さらに2割弱ものHPを削っていく。

 本来大人数向けの魔法攻撃が、二人だけに向けられるという状況はあまりに厳しい。


「このままでは……メイ! 頼めるか!?」

「おまかせくださいっ!」


 背中合わせの二人。

 そんな状況下でも、判断は早かった。


「【ゴリラアーム】!」


 落ちてきた墓石を並んでかわした二人。

 メイはアルトリッテをつかみ、そのまま三回転。


「それええええええ――――っ!」


 投じられたアルトリッテは十字墓標の隙間を一直線に飛来し、湖の乙女の目前へ。


「くらうがいい! 【ハードコンタクト】だーっ!」

「きゃあっ!!」


 狙いは完璧。

 湖の乙女の直前に落ちたアルトリッテは、そのまま得意のタックルで乙女を弾き飛ばした。


「――――おいでくださいませ、狼さんっ!」


 すでに準備は万端。

 魔法陣から吹き出す猛烈な白煙。

 その中から現れた巨大な白狼が、猛スピードで走り出す。


「ッ!?」


 怒涛の勢いで乙女に喰らいついた狼は天を向く。

 爆発と共に巻き上がる吹雪。

 湖の乙女は凍結し地に落ちた。

 だがこれだけでは終わらない。

 そこにいたのは、一匹のイタチ。


「なっ!? きゃああああーっ!」


 追撃の暴風が乙女を吹き飛ばす。


「いーちゃんないすーっ! それでは――――続いてお願いいたしますっ!」


 天に浮かぶ魔法陣を突き破るように出てきたのは、色彩の巨鳥ケツァール。


「二体の召喚を、使い魔がつないだのか……っ!?」


 まさかの連携。

 ケツァールはバウンドしながら飛んできた乙女を、そのまま全力で蹴り飛ばした。

 渾身のキックを喰らい、今度は土煙をあげながら転がる乙女。

 そのHPは、残り1割を切った。


「……ならば最後の一手としましょう」


 立ち上がった乙女の目は、覚悟に鋭く光る。


「これで終わりです! ――――【ザ・グレートフラッド】!!」


 向けられた手に生まれた強烈な輝きと共に現れたのは、二本の猛烈な水流。

 それは乙女の横を通り過ぎたところで、一つの容赦ない氾濫となった。

 全てを飲み込み打ち砕く、巨大な鉄砲水。

 それは跳躍で回避しても、着地後を捉える最悪の一撃だ。

 すでに瀕死のアルトリッテに、耐えられる威力ではない。


「アルトちゃん……わたしの後ろに」

「メイ……?」


 静かにアルトリッテの前に立ったメイは、「よしっ!」と覚悟を決めるように息を吸う。


「まさか……その身を犠牲にして私を守ろうと――っ!!」

「……いきますっ!」

「待てっ! メイっ!!」


 メイは気合と共に、スキルを発動する。


「【ドラミング】だああああああ――――っ!!」


 レベルⅠでは、胸をドンドンと二度叩くだけ。

 ギリギリアウトのモーションと共に、【耐久】依存の防御スキルが発動する。

 迫り来る圧倒的な威力の鉄砲水は冗談のような高火力。

 さらに流された先で衝突ダメージまで追加してくる、二段階の必殺魔法だ。しかし。

 動かざること山のごとし。

 メイはただの一歩も下がらない。

 HPこそ減らされたものの、もともと高い【耐久】を削り切るには及ばなかった。

 アルトリッテもギリギリだがしっかりと、盾防御でHPを残している。


「耐えたと……言うのですか……っ!?」


 メイたちは湖の乙女の最終奥義を、見事に耐え切ってみせた。

 奥義スキルの代償は大きく、乙女は身体を大きくフラつかせる。


「アルトちゃん! いこうっ! 【バンビステップ】!」

「もちろんだっ! 【ペガサス】!」


 駆け出す二人は、そのまま乙女の正面へと踏み込んでいく。


「これで決める――――【サンクチュアリ】!」

「これで決めますっ――――【蓄食】っ!」


 広がる黄金の領域。

 向上していく腕力値。


「ゆくぞ! 【エクスクルセイド】だああああああ――――っ!」

「いきますっ! 【ソードバッシュ】だああああああ――――っ!」


 駆け抜ける驚異的な威力の衝撃波と、聖なる光の爆発が入り混じり炸裂。

 吹き抜ける風が湖面を大きく波立たせ、木々が揺れる。


「…………見事です」


 高く巻き上がった金の燐光が散らばり、舞い落ちてくる。

 湖の乙女はついに、そのヒザを地についたのだった。

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