第382話 ホウキレース開催です!

「空を自分で飛ぶのも楽しいねー!」

「はい、レンさんは普段こんな感じなんですね」


 メイとツバメは、ここでのみ貸し出されるホウキに乗ってふわふわと空を飛ぶ。

 魔力が低いために速度は出ないが、【技量】があるため操作はなかなかのものだ。


「そろそろ準備はいいかしら? レースをはじめましょう」


 アクションゲームの定番である『練習タイム』を終え、レンはホウキに跨る。

 ルールは明確。

 六角形に配置された魔法学校塔にある『看板』『鐘』『像』などに触れて、チェックポイントを通過。

 一周して戻ってくるというものだ。

 お嬢様生徒チームからは、短い茶髪の少女が名乗りを上げた。


「負けても泣かないでよね」


 軽く挑発を入れて、いかにも高級そうなホウキに跨る。


「それではいきます……よーい、スタート!」


 もう一人の銀髪お嬢様の合図で、レース開始。


「おおっ!」


 魔法学校住人たちが声を上げる。

 レンは素晴らしいスタートダッシュで、いきなり前に出た。


「速いな! あの子かなり【知力】が高いんじゃないか!?」

「これはいい勝負ができそうだ!」


 後を追うお嬢様も、そのスピードはなかなかのもの。

 上昇しながら進むレンの後を、ピッタリと追ってくる。

『6時』の地点から始まる、反時計回りのこのレース。

 最初のチェックポイントは、魔法動物塔に架けられたフクロウの金属看板。


「意外と小さいわね……っ」


 見事な速さで先を行くレンだが、タッチするための『調整』が難しい。

 その速度で位置調整を上手に行うには、やや【技量】が足りていない状況だ。


「速度を落として……はい、タッチ」


 行きすぎて戻ることにならないよう、看板の前で停止。

 波紋のようなエフェクトが出て、チェック完了。

 レンは続けて魔法薬塔のハカリの看板目指して舵を切る。


「お先に失礼っ」


 するとそこに、スムーズな角度調整で空を滑ってきたお嬢様が余裕のチェックを見せてレンを抜く。

 軽いウィンクのおまけつきだ。


「煽ってくるわねぇ」


 ここでレンも速度上昇。

 再びお嬢様生徒を抜き返しに行く。


「いい勝負ですね」

「がんばれー! レンちゃーん!」


 楽しそうに応援する二人に、メルーナもうれしそうにほほ笑む。

 初挑戦でいきなりこれだけ上手に飛ぶレンに、魔法学校住人たちも感心しきりだ。


「感覚、つかめてきたわ」


 さらにレンは、他の塔よりも高い中央塔の鐘にタッチしたところで曲がり方の感覚をつかんだ。

 続く魔法アイテム塔のハンマーの看板を、止まることなく滑るような飛行でタッチ。

 再加速すれば、お嬢様はもう追いつけない。

 そのまま一気に旧研究塔の『クロス杖のオブジェ』にタッチして、学生寮塔へ戻ってくる。


「【飛行加速】!」


 しかしここで、茶髪お嬢様はラストスパート。

 一気にレンの真後ろへと迫ってきた。


「ここからが本番ですよ!」

「盛り上げてくれるわね……っ」


 中央塔同様、高い位置にある学生寮塔のガーゴイル像。

 スピードに乗った二人は、ほぼ同時に接触。

 ゴールのオブジェへ向かう直線を前に、大きく縦の旋回で体勢を整えるお嬢様。

 対してガーゴイル像を蹴ってチェックしたレンは、すぐさま【ホウキ飛行】をやめて落下を開始した。


「……どうした?」

「なんで急に飛ぶのをやめたんだ?」


 落下していくレンに、魔法学校住人たちがざわめき出す。

 そしていよいよ地面が迫り、「なにかあったのか?」と慌て始めた瞬間。


「ここからもう一回っ!」


 落下の勢いを利用しつつホウキを再起動。

 大きな旋回で時間を取ることになった茶髪お嬢様に差をつけて、そのままゴールにたどり着いた。


「うおおーっ! なんだそれーっ!」

「レンちゃんカッコいいーっ!」

「お見事です」

「一人目でも結構速かったわね……これはなかなかクリアできないはずだわ」


 苦笑いしながら戻ってきたレンを、メイとツバメは拍手で出迎える。

 メルーナもうれしそうだ。


「これで大体、コースの感じは分かったんじゃないかしら」

「はい、ある程度の流れは把握できました」


 うなずくツバメ。

 すると悔しそうに戻ってきた茶髪生徒に代わって、長い銀髪のお嬢様が出てきた。


「お見事ですね。次は私がお相手します」


 おしとやかな雰囲気の少女だが、やはりその表情には高慢さが垣間見える。


「では、いってきます」


 ツバメはそう言って、前に出た。


「あの子、どうやって勝負するつもりなんだ?」


 ホウキも従魔も持たないツバメに、首を傾げるメルーナたち。

 注目が集まる中、茶髪お嬢様が対戦開始の合図を出す。


「……それではいきます! よーい、スタート!」

「【加速】【リブースト】!」

「走りで行くのか!?」


 目にも止まらぬ速さで駆け出すツバメに、魔法学校住人たちは驚く。


「でも、そこからどうやって看板に向かうんだ!?」

「【壁走り】!」


 その疑問に応えるように、ツバメはそのまま橋に上がり塔の壁を駆け上がっていく。

 そしてフクロウの看板が見えたところで――。


「【跳躍】【エアリアル】――――【跳躍】!」


 二段ジャンプで一気に距離を稼ぎ、そのまま塔の縁に着地して看板にタッチ。


「すげえ……っておい! さすがにそこから飛び降りるのは……っ!」


 大きな落下ダメージを受けること請け合いの高度からの飛び降りに、あがる悲鳴。

 しかしこれも、ツバメには問題なし。


「【エアリアル】【跳躍】!」


 接地ギリギリで跳躍し、普通に着地を決めてみせた。


「「「おおーっ!」」」


 あがる安堵の声。

 だが、やはり空を行く銀髪お嬢様は速い。

 すぐに前を取られたツバメは、連絡橋の上に着地すると同時にスキルを使用。


「【疾風迅雷】! 加速、加速加速加速っ!」


 ほぼ直線の連絡橋を高速移動の連続で走り、再び前に出る。


「すげーっ! 忍者みたいだな……!」


 一進一退を繰り返すツバメたちの戦いはそのまま中央塔を越えていく。すると。


「【強襲飛行】!」

「なっ!?」


 抜きつ抜かれつのデッドヒートの中。

 なんと銀髪お嬢様は、アイテム塔の上階でタックルを仕掛けてきた。

 弾き飛ばされたツバメは慌てて姿勢を立て直し、どうにかアイテム塔の看板にしがみつく。


「見かけによらず、強引です……っ」


 後を追うツバメは、橋の上で再び【疾風迅雷】を使って横に並ぶが――。


「【強襲飛行】!」

「【加速】【リブースト】!」

「もう一回! 【強襲飛行】【モーニングスター】!」

「なっ!? 【跳躍】!」


 いよいよ接近からフレイルを振り回してきたお嬢様に、大きな回避を余儀なくされる。


「近づいたら特攻からの武器攻撃ですか……」


【強襲飛行】は進行方向だけでなく、右や左へも飛んでくるのがとにかく面倒だ。

 ここからツバメは、銀髪お嬢様の後を追うだけの形になってしまう。


「やっぱり、走る形では厳しいか……」

「そりゃそうだろ……ここまで付いていけてるだけでも大したもんだよ」


 両者は旧研究塔のクロス杖オブジェに触れ、学生寮塔へと向かう橋へと差し掛かる。

 そして、魔法学校住人たちが残念そうに息をついたところで――。


「【疾風迅雷】【加速】!」


 ツバメは一気に加速して、もう一度銀髪お嬢様を追い抜いた。


「【壁走り】!」


 そのまま学生寮塔の壁を蹴り、ガーゴイル像目がけて一気に駆け上がる。


「【強襲飛行】!」


 もちろんそれを、銀髪お嬢様は見逃さない。

 ツバメが途中の縁に足をかけたところで、【モーニングスター】を取り出し攻撃を仕掛けに行く。


「「「あぶなーい!」」」


 思わず叫ぶ魔法学校住人たち。

 勢いのままに振り回したフレイルは、見事に直撃。


「「「ああああーっ!!」」」


 落下していくツバメに、魔法学校住人たちの悲鳴があがる。

 しかしフレイルによる攻撃は、『当たったにもかかわらず』空を斬っていた。

 ツバメ目がけて全力の特攻を仕掛けた銀髪お嬢様は、その勢いを止められず窓から学生寮塔の中へ転がり込んでいく。

 そしてそのまま、派手な衝突音を鳴らしてストップ。

 消えていく【残像】

 これが勝負の分かれ目となった。

 終盤での大きなタイムロスは、さすがに巻き返すことができない。

 ツバメは軽やかな動きでガーゴイル像に触れ、一応銀髪お嬢様の無事を確認。

 学生寮塔を降りると、普通に走ってゴールへ到達した。


「おおーっ! あの銀髪を自爆させたぞ!」

「飛ばずに勝つのなんてー、初めて見た……」


 まさかの展開に、驚く魔法学校の住人たち。

 見たこともないオチの付き方に、メルーナも感嘆する。


「さすがツバメちゃん!」

「最後の引き付けて回避は見事だったわね!」

「うまくいってくれました」


 連勝を決め、軽やかなハイタッチを見せる三人。


「……どこの者とも知らぬ馬の骨にしては、がんばりますね」


 しかし、それでも青バラお嬢は意に介さない。


「それでは始めましょうか。負けても落ち込む必要はありません。そもそもの生まれが違うのですから」


 そう言って、見るからに高級そうなホウキを手に余裕の笑みを見せた。

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