第377話 叫ぶ! 走る! マンドラゴラです!

 魔法薬塔一階の裏手には、畑が広がっていた。

 教授に言われてやって来たメイたちは、独特な草花の並ぶ光景に感嘆する。


「……なんだ、お前たちは」

「マンドラゴラを採りにきました!」


 現れたNPCは、小柄な老人。

 この畑の物静かな番人といった風情だ。


「……いいだろう。どうやら悪い生徒ではなさそうだ」


 番人はメイたちを値踏みするように見た後、そう言った。


「今の私たちの姿を見て、どうしてそう思えるのかしら」


 爆発頭と緑顔。そして頭に乗ったネズミ。

 レンは自分たちの姿を思い返して、笑みを浮かべる。


「だが、簡単ではないぞ。マンドラゴラは近づけば【咆哮】を使って動きを止めてくる。だからといって強い攻撃を当ててしまったら粉々だ。さらに足も速く、捕まえるのは困難を極めるだろう」


 そう言って薬草畑の一端にたどりつくと、腰を下ろした。


「逃げられたら、次に生えるのは三日後だ」


 この区画は特別な素材が生えているのだろう。

 金網で四方を囲んでおり、マンドラゴラの株は一つしかない。

 そして、オブジェクトを配置して動きを封じるという手段も使えないようだ。


「引き抜くのと同時に【咆哮】を使ってくるんでしょうね」

「そうなの?」

「マンドラゴラと言えば【咆哮】と言っていいくらいです」

「そうなんだぁ……それならわたしが引き抜いてみるよっ」


 おまかせください! とばかりに、メイが胸を叩く。


「それじゃお願いしようかしら……ツバメは一応、私の肩の上ね」


 そう言って、ツバメネズミを肩に乗せるレン。


「いきますっ! ……それーっ!」

「――――ギィヤァァァァ!!」

「ッ!?」


 予想通り、引き抜かれた色の濃いニンジンのような植物が【咆哮】でメイを硬直させた。


「高速【連続魔法】【誘導弾】【フリーズボルト】!」


 二本足で走り出すマンドラゴラ。

 ここでレンは、四連続の高速誘導弾で狙い撃つ。

 しかしこれは、速いステップで回避された。


「【バンビステップ】!」


 ここで硬直から解放されたメイが後を追う。

 いかに動きが早くとも、メイの速度なら追いつくことが可能だ。


「――――ギィヤァァァァ!!」

「ッ!?」


 そして再び、硬直を取られる。


「その【咆哮】って、何度でも有効なの!?」


 まさかの事態に驚くレン。

 するとマンドラゴラはそのまま、金網の穴から逃げ出していった。

 あっという間の逃走劇。


「追いかける以上、防御でどうにかするわけにもいかないわよね……」

「……次は、三日後だ」


 残されたメイたちにそう言いながら、管理人はマンドラゴラの種を埋める。


「「「…………」」」


 その姿をじっと見る三人。


「捕まりそうになると【咆哮】を連発。この金切り声がマンドラゴラの特徴になってるだけあって、難易度はやっぱり高めね」


 そして次のチャンスまでは日数がかかる。

 ハイレベルなパーティでも、このクエストを放置する理由が見えてくる。


「しかも単純に『即時再挑戦』を繰り返せばクリアできるみたいな考えは通じないようになってる。多分この【咆哮】を防ぐためのアイテムとかが、他のクエストで見つかるんでしょうね」

「なるほどー」


 逃げ足の速いマンドラゴラが、【咆哮】を連発するというのはあまりに厳しい。

 これでは上手く追い詰めても、捕まえられない。


「でも、今回は何度でも挑戦できそうね」

「おまかせくださいっ!」


 メイは胸を叩くと、管理人が植えた種目がけて【密林の巫女】を発動する。


「大きくなーれ!」


 すると狙い通り、マンドラゴラの種はすくすく成長。

 あっという間に再挑戦可能になった。


「それと少しいい? メイが追いかけて近づくと【咆哮】を使ってたわよね。それなら――――」


 レンは四か所の『金網の穴』を確認して、各人の配置を変更。

 自らマンドラゴラを引き抜く役を買って出た。


「それじゃいくわよ!」

「りょうかいですっ!」

「はいっ!」


 レンはマンドラゴラの葉の部分をつかむと、「せーのっ!」で引き抜いた。


「――――ギィヤァァァァ!!」

「ッ!!」


 レンが硬直し、マンドラゴラが走り出す。


「そっちはダメですっ! 【投石】!」


 これに対してメイは、マンドラゴラが【咆哮】を放たない距離からけん制。

 逃げる方向を限定する。


「【ファイアウォール】!」


 ここで硬直から解放されたレンが、魔法を放つ。

 回避力が高いのなら、『通行止め』にしてやればいい。

 こうすることでマンドラゴラの行き先は、一匹目が逃げていった金網の穴に絞られた。

 メイは静かに、クラウチングスタートの構えを取る。

 尻尾がピンと立っているのは、やる気の表れだ。

 そしてマンドラゴラが、金網の前にたどり着いたところで――――。


「今よツバメっ!」

「【紫電】!」


 レンの声に合わせて、【隠密】で姿を消していたツバメネズミが現れ雷光を放つ。

 狙い通り、姿が見えていなければ【咆哮】は使われないようだ。

 範囲はいつもより狭いが、小さな手で直接触れたツバメの一撃は確かにマンドラゴラを硬直させた。

 そして予想通り、ツバメの小ささではマンドラゴラを『捕まえること』はできない。


「メイっ!」

「メイさんっ!」

「おまかせくださいっ!」


 メイはすでに【裸足の女神】で駆け出していた。

 ビリビリと身体を震わせるマンドラゴラに向けて一気に距離を詰め、そのまま飛び掛かる。


「それーっ!」


 硬直が解けたマンドラゴラも、すぐさま【咆哮】を放ちに行く。

 ゴロゴロと転がり砂煙を上げるメイ。

 やがてすくっと立ち上がると、その手でマンドラゴラを掲げてみせた。

 メイの手が、先んじて身体をつかんでいたようだ。


「よくやったわね!」

「お見事でした!」

「やったー!」


 手にした杖を突き上げるレン。

 ツバメネズミも、ピョンとその後ろ脚で高く飛び上がる。

 こうしてメイたちは運営も予想しなかった意外なやり方で、高難度クエストをクリアしてみせたのだった。


   ◆


「おお、それはマンドラゴラではないか……本当に手に入れてくるとは……っ」


 魔法薬教室に戻ってくると、オーブル教授はゴクリとノドを鳴らしマンドラゴラを受け取った。


「……見事と言っておこう。これでようやく、念願の薬を作れる」


 オーブル教授がそう言ってクエストが終わると、タイミングよく三人の姿が元に戻っていく。


「これは礼だ。受け取るがいい」



【変化の杖】:使用すると一定時間動物に変身できる杖。



「魔法学校らしい報酬ね。どんな使い方ができるかしら」

「小さな動物なら、狭いところに入ったりできそうっ」


 魔法薬塔で手に入れたのは、少し変わった効果を持つアイテム。


「これで、魔法薬のクエストは一段落ってところね」

「楽しかったねぇ」

「はい。ネズミ姿のままでもお役に立てて良かったです」

「ネズミのツバメちゃん可愛かったよー!」

「あ、ありがとうございます……次はぜひメイさんで……」


 前半は楽しく遊び、後半にしっかりクエストクリア。

 最高の展開に、笑いながら魔法薬研究室を出ていく三人。


「……なあ、今のマンドラゴラのクエストだよな?」

「クリアしてるヤツ初めて見た……」


 楽しそうなメイたちの姿に、通りがかりの魔法学校住人たちが驚きの声を上げたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る