第333話 獣の王

『狂化剤』によって煌々と赤眼を輝かせる獣の王。

 白から淡い緑、そして濃い緑へと変わっていく毛並み。

 巨大な魔獣は狐のような身体に鹿の様な角を持ち、そこから光の紋様が広がっている。


「……またとんでもない展開を入れてきたなぁ」


 王都兵や巨竜との戦いですっかり消耗しきった参加者たちは、もはや静かに成り行きを見守る態勢だ。


「最後は、自然と人間の間に生きる野生児にたくされたんだな……」


 前方にメイとツバメ。

 その後に続くレンという並びに、自然となっていく三人。


「これが王都最後の戦いね」

「ここまで来たら、絶対に助けてみせましょうっ!」

「もちろんです」


 狂う獣の王。

 その赤眼が、三人を捉える。

 響き渡る咆哮は、どこか不思議な高音だった。


「いきますっ!」


 先手を打ったのはメイ。

 手にした剣を、大きく振り上げる。


「【ソードバッシュ】!」


 吹き荒れる衝撃波が、砂煙をあげながら獣の王へと向かう。

 これを獣の王は、ダイナミックな側転でかわした。

 すさまじいまでの機動力。


「やるわね、でも回避直後はどうかしら! 【フレアバースト】!」


 放たれる爆炎。

 獣の王の目が輝くと、大量に巻き上がった木々の葉が爆炎にまみれて燃え上がる。

【葉隠れ】は、魔法を巻き込み消滅させてしまうスキルだ。


「またやっかいなスキルね!」


 隙も少なく、その利便性の高さに眉をひそめるレン。

 獣の王は、すぐさま反撃を仕掛けてくる。

 開かれた口から「シャッ!」と音が鳴った。


「「「ッ!!」」」


【爆砲】は、衝撃波を任意の方向へ飛ばす技。


「【バンビステップ】!」

「【加速】!」

「マズっ!」


 メイとツバメは左右への速い離脱でこれを回避するが、流れ弾がレンをかすめHPを1割ほど削る。


「後衛にも届くなんて、面倒な……っ」


 獣の王はさらに攻勢を強める。

 前足を強く鳴らすと、広がる光の紋様が付近一帯を埋め尽くしていく。

 次の瞬間、足元から伸びあがる【光の枝】


「【ラビットジャンプ】!」

「【跳躍】!」


 それは当たれば『つかまれる』、拘束系スキル。

 レンも必死に【浮遊】を使って回避するが、その足を枝につかまれた。


「レンちゃんっ!」


 それに気づいたメイとツバメは、左右から獣の王に駆け寄りターゲットを奪おうとするが――。


「キィィィィィ――――ン!!」

「「ッ!?」」


【大咆哮】が二人を硬直させた。

 三人同時の硬直状態。

 当然、獣の王はこの隙を逃さない

 再び舞い上がった木の葉は、【リーフブレード】となって付近一帯を薙ぎ払う。

 解ける硬直。

 各自、目の前に迫る『葉の刃』への対応を求められる。


「ッ!!」


 レンは回避を諦め、防御でダメージを2割ほどに軽減。

 ツバメは回避を狙うが、わずかに葉がかすめて1割弱のダメージ。

 メイは運良く、付近にあった残骸の陰に隠れて事なきを得た。

 獣の王の攻勢は止まらない。

 長い角から広がる光の紋様が延伸し、煌々と輝き出した。

【拡散光弾】

 角の各所に無数の光芒が輝き、横殴りの雨のように降り注ぐ。


「【バンビステップ】!」

「【加速】【リブースト】!」


 ガレキを崩す光弾の雨を、メイは速い足の運びで回避。

 ツバメも連続の高速移動で必死に避けていく。


「「ッ!!」」


 そんな二人の足元に、再び広がる光の枝。


「【跳躍】!」


 これをジャンプでかわしたツバメに、獣の王は狙いを付ける。

 脚部に描かれる光の紋様。

 爆発的な加速を得た獣の王の突撃は、角から広がる紋様にもダメージ判定あり。


「ああっ!」

「ツバメちゃんっ!」


【波紋突進】を受けたツバメは光の紋様に引っかかり、6割ものHPを持っていかれた。


「この速さ、攻撃範囲も広い……間違いなく王都最強です……っ」


 獣の王は、ツバメにとどめを刺しにいく。


「ッ!!」


 伸びる光の枝。

 これを置き上がりに仕掛けられたツバメは【加速】で拘束を免れたものの、獣の王は目前に迫っていた。

 この状況からの回避は、不可能だ。


「……一度流れを止める必要がありますね。反撃、お願いします!」


 ツバメは一言そう叫んで、【波紋突進】を待ち受ける。

 激突。数十メートルを一撃で弾き飛ばされたツバメは、そのまま何度も回転して樹に激突。

 そこまでしたところで、【残像】が姿を消す。


「大きくなーれ!」


 この隙を狙うのはメイ。

【蒼樹の白剣】は一気にその大きさを伸長し、一本の巨剣となる。


「せーのっ! 【フルスイング】――――ッ!!」


 全力の振り下ろしで、獣の王を地面に叩きつける。

 さらにこの時、レンも魔法スキルを発動済み。


「狂気に沈む闇の王、暗転し、荒天統べる剣と成せ――――!」

「――――【ダークフレア】!」


 集束する闇の粒子が漆黒の爆発を巻き起こし、体勢を崩したままの獣の王を燃え上がらせる。


「おお、詠唱の短縮化だ!」

「違うだろ。そこは『短縮してもあの威力なのか……っ!?』って言うんだよ」

「やめておきなさいよ! ツバメもよくあの状態から詠唱しようと思ったわね……!」


 見事な反撃を叩き込んだメイたち。

 闇の爆炎によってようやく流れが止まり、観戦者たちの会話にツッコミ入れる余裕が生まれた。


「でもこれ……ヤバくないか?」


 それでも観戦者のほとんどは、一方的な展開に呆然としている。

『王都の闇にはまだ、触れるべきじゃなかった』そんな空気が漂う中。


「……メイ、どうしたの?」


 メイは、何やら悩んでいるようだった。


「衝撃波とか葉っぱ、光弾の後に体当たりがくると、大変だなって思って」

「まあそうね。回避の難しい中遠距離攻撃が起点になってるのは間違いないわ」

「体勢を崩したところに、広範囲の突撃でダメージを取るというのが獣の王の戦い方みたいですね」

「……もう一つのやつ、ここで使ってみようかな」

「なるほど、いいと思うわ」

「実戦でどうなるか、楽しみですね」


 レンとツバメも、すぐにメイの提案に乗る。


「まずはわたしが先行するよ!」

「そこに私たちが続くことで、準備に入る形ね」

「いきましょう!」


 三人がうなずき合うと、舞っていた黒炎が散り、獣の王が体勢を立て直す。


「ッ!」


 戦いの再開は【爆砲】から。


「【バンビステップ】!」


 連続で吐き出される衝撃波を、メイは左右にかわす。

 すると付近の葉が一斉に舞い上がり、刃と化して迫り来る。


「【モンキークライム】【ラビットジャンプ】【アクロバット】!」


 しかし今回は付近のガレキ山を駆け上がり、そのまま高く跳躍して一回転。

 葉刃の乱舞を飛び越えた。


「【魔砲術】【フリーズブラスト】!」


 すかさず放つ遠距離魔法。

 しかし舞い上がった木の葉が、氷嵐と混ざり合い消えていく。


「【投石】!」


 ここで位関係置を確認したメイが、石をぶつけて視線を奪う。

 ダメージは僅少。

 だが狙い通り、獣の王はメイに狙いを付けた。

 前足を地面に叩きつけると、伸びる光の枝。

 これをメイが回避し始めたところで、獣の王の脚部に紋様が描かれていく。

 巻き起こる爆発が推進力。

【波紋突進】は、すさまじい勢いでメイに迫る。


「いきますっ! 大きくなーれっ!」


 しっかりと獣の王を引き付けてから、【密林の巫女】を発動。

 足元にあるのは、植物学者クエストのミッション報酬【世界樹の分枝】

 一気に根を張った世界樹の枝は四本に分かれて成長し、絡み合って一本の巨木となる。

 空気が震えるほどの衝突音。

 伸びた世界樹はなんと、獣の王の【波紋突進】をせき止めてみせた。

 大きく弾かれた獣の王は跳び下がり、すぐに光の角を展開。

 光弾の乱舞を放つ。しかし。


「皆を守って! 大きくなーれ!」


【世界樹の分枝】は、これだけにとどまらない。

 世界中に伸びていると言われる世界樹の根は、広がり、突き出し、そのまま枝となって葉を付ける。

 足元から伸びた枝々は結び合って壁となり、迫る無数の光弾からレンとツバメを守った。

 そのつど種を撒かずとも、【世界樹の分枝】は【密林の巫女】で自在に枝葉を伸ばす。


「……ここから反撃開始ってところかしら」

「そのようですね」


 レンが、ツバメが、メイにほほ笑みかける。


「いきましょう! 世界樹さん、よろしくお願いしますっ!」


 メイは二人に笑い返すと、拳を突き上げた。

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