第332話 耐える戦いの救世主

「なんとか、なんとか時間を稼ぐんだっ!!」


 打倒から足止めに目標を変えた巨竜担当班は、それでも半壊と言えるほどまでに追い詰められていた。

 尾による攻撃はシンプルながらにパターンが多く、攻撃範囲の広さもあって回避も難しい。さらに。


「「「【ウィンドウォール】!」」」


 吐き出すブレスに合わせて、後衛が風の壁を張るが――。


「炎弾だっ!!」


 ほとんど差のないモーションの後、飛んで来たのは大きな炎弾だった。

 風の壁を突き破り、炎弾は前衛組の直前に炸裂。


「うああーっ!」


 巻き上がった炎が、HPを削っていく。


「【空断ち】!」


 もはや戦況は、後衛組の補助でどうにか耐えてはいるくらいの状態だ。

 敵HPも、侍が中距離切断スキルでダメージを与えたところで、ようやく5割が見えてきた程度。


「……跳んだ!?」


 虚を突く、巨竜の跳躍。

 挙動で分かる。

 これは跳躍からの尻尾払いだ。

 しかも狙いは後衛。

 すでに支援も回復も大きく後手に回っている状況だが、後衛が崩れればすぐにでも敗戦が確定してしまう。


「おおおおおお――っ!!」


 剣士は走り、後衛組の前で盾を構える。


「【ウォールシールド】!」


 付近に残っていた重層戦士も盾を構え、壁のように広がったスライムもそこに続く。


「「「ッ!!」」」


 大きく弾かれる前衛組。

 しかし重装戦士とスライムによる加勢もあり、どうにか尾の振り払いをとどめた。

 剣士の残りHPはわずか『8』

 耐え抜きはしたものの、戦況は風前の灯火だ。

 巨竜はブレスを吐くために、身体をわずかに後方へ傾ける。

 散り散りの状態で、必死に退避する後衛組。

 防御型の前衛にはもう、逃げ切ることは不可能だ。

 もはや、最後の一撃を待つだけになった剣士たち。


「ここまでか……」


 巨竜の口元が赤く輝き、燃え盛る。

 そしてとどめの灼熱ブレスが吐かれようとした、その瞬間。


「高速【魔砲術】【フリーズストライク】!」


 飛来した氷の砲弾が、巨竜の頭部にぶち当たった。


「……き、来た」

「待ってましたぁぁぁぁぁぁ――――っ!!」


 思わず叫ぶ巨竜担当班の面々。

 だが、もちろんこれだけでは終わらない。

 樹の上で右手を突き上げているのはメイ。


「――――それでは。おいでくださいませ、狼さんっ!」


 王都南部、森林と化した一帯に突如として吹雪が吹き荒れ始める。

 広がる白煙の中、現れたのは一体の雪狼。


「ウォオオオオオ――――ッ!!」


 響き渡る遠吠えと共に、その毛並みが白く輝き出す。

 雪狼はキラキラと舞う雪片をまといながら、猛然と駆け出した。

 大きな跳躍から巨竜の首元に喰らいつき、そのまま力任せになぎ倒す。

 すると神々しい巨狼の口元に、猛烈な勢いで氷煙が収束していく。

 爆発。

 雪片をまき散らしながら、巨竜が地を転がる。


「ありがとうございましたーっ!」


 吹雪と共に消えていてく雪狼に、ぴょんぴょん飛び跳ねながら手を振るメイ。

 キラキラと舞い散る氷片の中、その圧倒的な演出に息を飲む参加者たち。

 その目を覚ますかのように、レンが声を上げる。


「これで凍結状態になったはずだわ! 叩くなら今よ!!」

「い、いけぇぇぇぇ!! 出し惜しみはなしだ! 持ってる最高スキルを全力で叩きこめ――――っ!!」


 雄たけびを上げる剣士。

 大ボス相手に、完全な隙を奪える機会は多くない。


「【心眼】【六花閃】!」

「【剣閃疾駆】! 【両手持ち】からの【両断】だーっ!!」

「「「【フロスト・ストーム】!」」」


 前衛は全力で剣を振るい、後衛は最高威力のスキルを乱射する。


「【雪月烈花】! 【リバース】!」

「【業火剣】【乱斬り】!」


 巨竜戦の生き残り全員が、全てを振り絞った一斉攻撃でHPを削り切る。

 怒涛のスキル乱舞を喰らった巨竜は、そのまま倒れ伏した。


「…………やった」

「やったんだ!」

「うおおおーっ! やったぞおおおお――――っ!!」

「メイちゃんたちを待つ形にして正解だったな!」


 全員が『敗戦』を確信しつつあった中、それでも粘ってメイたちを待ち続けた結果は、巨竜をしっかり足止めしたうえでの勝利。

 歓喜の叫びをあげる、巨竜担当班。

 こうして元老院の差し向けた魔獣兵器は、二体とも倒れた。


「やったー! みんなすごーい!」

「やったわね!」

「皆さんお見事でした!」


 獣の王到着前の勝利に、メイたちもハイタッチを決めたのだった。



   ◆



「これがメイちゃんか……」

「そういうことだな。『あの人が来るまで耐え抜こう』なんて作戦、メイちゃん以外じゃ成立しないだろう」

「実際にメイちゃんたちが巨竜を攻撃した瞬間、戦況一転だもんなぁ……」


 王都兵を引き留めていた参加者は、メイたちの大逆転劇を見て感嘆の声をあげる。

 彼らの戦いもまた、魔獣兵器二体が倒れたところで副長が観念し、終結していた。


「これでついに、王都クエストも終わりですか」

「長かったわね。なんとか王都も……ま、守れたし」


 木々が生え散らかし、廃墟と化した一部の区域を見ながら苦笑いするレン。

 崩れ落ちた建物の残骸の山。

 駆け寄ってきた王の子と共に、メイがその天辺に立つ。

 鳴り響く地響き。

 王都へ向けて進行していた魔獣の軍団は、メイと王の子を見つけて速度を下げた。

 そして残り数百メートルほどは、獣の王だけがガレキ山の前にやってくる。


「あとは、獣の王次第だ。だがあの子ならきっと……」


 祈る従魔ギルド長。

 半壊の街を、埋め尽くす木々。

 枝葉に浸食されたガレキの上の立つメイに、顔を寄せていく獣の王。

 その身体は、巨竜やベヒモスに勝るほどのたくましさだ。


「すげえ迫力……」

「なんだか神秘的だな」


 見守る参加者たちも、その光景に息を飲む。

 これまでの展開や好感度次第では、ここでの決裂もあるのではないか。

 そんな想像から緊張感が走り出し、自然と言葉がなくなる。


「はじめまして、メイです!」


 しかしメイは、いつも通りの笑みをみせた。

 そして伸ばした手が、獣の王の鼻先に触れる。


「……おお」


 従魔ギルド長が感嘆する。


「どうやら、我々人間の横暴は……許されたようだ」

「やった……」

「ああ、やったな……」


 その言葉に、安堵の息をつく参加者たち。


「よかった」


 メイは王の子に笑いかける。

 すると王の子はガレキを降り、獣の王のもとへと駆けていく。

 最後は親子の再会の時間。

 誰もが思ったその瞬間、獣の王の身体がビクリと一度震えた。


「…………?」


 その妙な動きに、集まっていたプレイヤーたちが首を傾げる。


「はは、ははははは……」


 聞こえてきたのは、狂気じみた笑い声。


「はははははははっ、はーっはっはっは!!」


 崩れた建物の陰から出てきたのは――。


「元老院卿!?」


 ボロボロになった身体で、足をふらつかせながら現れたのは、地下最奥で倒したはずの元老院卿だった。

 その手には、大きなクロスボウ。

 そして獣の王の腹部には、狂化剤アンプル付きの長針が刺さっていた。


「最初からこうすれば良かったのだ……ドラゴン? ベヒモス? あんな使えぬ小物などもういらぬ! 獣の王を、そして未来の王も兵器と変えれば、もはや我に敵はないッ!! 我こそが自然界をも従えた、真の王となるのだァァァァ!!」


 そう叫んで、笑いながらメイたちを指さす。


「さあやれ獣の王! 貴様の力で、まずはこの冒険者たちを喰らい尽くしてみせ――――お、おい、何をする。何をするんだぁぁぁぁ――――ウグッ!」


 元老院卿は、目を赤く輝かせた獣の王に弾き飛ばされて倒れた。

 そしてその赤眼は、状況を見守っていたメイたちに向けられる。


「マジかよ……」

「このクエスト、本当にヤバいな」

「超大型三連戦とか、トップ集めてもキツいレベルだろ……っ」


 王都兵や騎士、そして巨竜との戦いを経た参加者たちに、もはや戦う力は残っていない。

 そんな中、ガレキを降りてきたメイのもとに歩み寄っていくレンとツバメ。


「まさかこうくるとはねぇ。でも、このまま終わるのはさすがに嫌よ」

「……はい。厳しい状態ですが、負けられません」


 自然と、武器を構える二人。


「待っててね」


 メイはそう言って、王の子の頭を優しくなでる。


「レンちゃん、ツバメちゃん。なんとしても獣の王様を助けたいですっ!」

「もちろんよ!」

「はいっ!」


 獣の王の壮絶な咆哮に、硬直する魔獣。

 すでに戦力を使い切り、傍観状態のプレイヤー。

 そんな中、メイたちは狂う獣の王に向けて歩き出した。

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