第324話 反転

「卿が倒れたとて、セナトの大願は変わらない」


 すでに地上は目前。

 最後の階段をゆっくりと降りてきたのは、黒いローブのセナト。

 左手に持った杖を掲げると、鈍い魔力光がじわりと灯る。


「王の子は、返してもらうぞ」


 そう言って禍々しい形の大杖を掲げると、光が一面に広がった。


「なに?」


 付近に異変はなし。

 ツバメとレンは、光のエフェクトが何を起こしたのか分からず辺りを見回す。


「うわっ!」


 そして、メイのあげた驚きの声に振り返った。


「……なるほど、そうくるわけね」


 レンが感心するように息をつく。

 メイの腕から飛び出した王の子が、大きく身体を震わせた。

 ブルブルと頭を振り、何かに抗うようなそぶりを見せるが――。


「魔導士じゃなくて、悪い従魔士だったわけね」


 セナトの従魔士が杖を掲げる。

 王の子がその長い耳を立てると、紋様のような形状の光角が展開した。


「――――やれ」


 虚ろな目。

 光の角を一際強く輝かせると、猛烈な勢いでメイに飛び掛かる。


「うわっ!」


 これを慌てて回避するメイ。

 もちろん王の子は止まらない。

 すぐさま踵を返すと、足元に生まれた光の紋様が爆発的な推進力を与える。

 高速の飛び掛かり。

 これをメイは、横っ飛びで回避する。


「どうしちゃったの!?」


 従魔士の力によって、王の子は暴れ続ける。

 前足を上げ、地に強く叩きつけると付近一帯に紋様が広がり、一斉に光の枝が突き上がった。


「【ラビットジャンプ】! レ、レンちゃーんっ!」


 メイ、本気で困る。


「大丈夫、メイはそのまま回避に集中して。私たちが従魔士の方を叩けば何かしら変わるはずだから!」

「りょうかいですっ!」

「いきましょう!」


 ツバメが走り出し、レンが杖を構える。

 対して従魔士が強く杖を突くと、その数が二人に増えた。


「【風雷】」

「くっ!」


 増殖したことに視線を奪われたレンを、広がる雷が撃つ。


「【電光石火】!」


 この隙にツバメはすぐさま距離を詰め、高速斬撃を放つが――。


「……消えました」


 霞のように消えていく幻影。

 ツバメが攻撃を与えたのは、偽物の方だったようだ。

 本体が現れたのは後方。

 従魔士は再び杖を突く。


「【風雷散弾】」


 駆け抜けていく疾風と、雷光の弾丸。


「ッ!」


 ツバメとレンは、これを必死のダッシュでかわす。

 そして反撃に向かおうとしたところで、再度の分身。


「これの繰り返しで戦って、その間に王の子が暴れ続けるってやり方なのね」


 杖を突くと、二人の従魔士が同時に風と雷撃の散弾を放つ。


「ああもうっ」

「……っ!」


 入り混じる弾丸は回避できるレベルでなく、HPを削られる二人。


「【電光石火】!」


 それでもツバメは反撃を狙いに行くが……またも幻影。

 再び距離を取られる形になった。


「おねがい! 目を覚ましてーっ! 【バンビステップ】!」


 メイはここで速度アップ。

 王の子が駆け抜けると、広げた紋様の角が粒子を残し一斉に爆発。

 さらに振り回した光の角が伸び、斬撃のように迫る。


「【ラビットジャンプ】!」


 メイは空中でレンたちの方を確認して、増えた従魔士の姿を確認する。


「【風雷散弾】」

「きゃあっ!」

「四体はさすがに厳しいです……っ」


 幻影の数を四つに増やした従魔士に、イチかバチかの攻撃はなかなか当たらない。

 そして再び従魔士は、数を増やす。


「レンちゃんツバメちゃん、右奥ですっ!」


 メイは空中から声を上げる。


「杖を突く時に、音が鳴っている方が本物だよ!」

「そういうこと! ありがとうメイ!」

「……次は、左前です! 【加速】【リブースト】【電光石火】!」

「高速魔法【フレアアロー】!」


 種を明かされた従魔士は、これをかわせない。

 ツバメとレンの連続攻撃を受けて、地を転がった。


「うわっ!!」


 ここで王の子は、潜在能力の片りんを見せ始める。

 高速の特攻。

 駆け抜けた後、舞った光の粒子が一斉にメイのもとへ。


「っ! 【バンビステップ】!」


 これを大慌てで回避したところに、再び迫る王の子の特攻。

 一際輝く光の角でメイを狙う。


「【装備変更】っ!」


 ここでメイは装備を変更。


「とつげきーっ!」


 王の子の特攻に【突撃】で対抗する。

 角がぶつかり合い、弾かれ合う両者。

 もちろんメイは追撃に行かず、距離を取ることで時間を稼ぐ。


「次は……右前っ!」

「【電光石火】!」

「高速魔法【フレアアロー】!」


 完全に幻影攻撃を見切られた従魔士に、早い連撃が直撃する。


「あと少しです!」

「ならばっ!」


 残りHPがわずかとなった従魔士は、王の子を呼び寄せ盾にしようと杖を掲げる。

 しかしここで飛び込んできたのは、怪盗。


「【拘束糸】!」


 放った糸が従魔士の身体に絡みつき、スキルをキャンセル。


「【加速】【アサシンピアス】」


 ここぞとばかりに刺突を叩き込むと、従魔士は慌てて後方への退避を狙う。しかし。

 そこに駆け込んできたのはバジリスク。

 放つ光線が、従魔士の足を石に変えた。


「これで終わりよ! 【フレアストライク】ッ!!」


 身動きが取れなくなれば、もはや単なる的。

 炎の砲弾が直撃しHP全損。

 セナトの従魔士は、ゆっくりと倒れ込んだ。

 すると王の子の目の色が戻り、光の角や手足の紋様が消えていく。


「よ、よかったぁぁぁぁーっ!」


 思わず王の子に駆け寄ったメイは、すぐに強く抱きしめる。


「これ、狂った王の子相手に回避を続けられないパーティだったら、攻撃するかどうか死ぬほど悩むことになるわね。とんでもない展開だわ……ツバメ?」

「…………」


 うれしそうに王の子を抱きしめるメイ、王の子もメイに頬を擦り寄せる。

 狂化してしまった王の子を取り戻し、再び抱き合うメイの姿を見て、ツバメは思わず感動してしまう。


「ずっと見ていたい光景です」


 その姿は本当に、自然界に乗り込んできた人間から友達を取り戻したかのような雰囲気だった。


「それじゃ、ここでお別れだね。王都の未来は君たちに任せたよ」


 そう言い残して、怪盗は金毛羊を連れて先行していく。

 バジリスクもしれっと、律儀に前足を振ってから地上へと上がっていく。


「私たちも行きましょうか」

「はい。帰り道も結構長かったですね」

「地上だー!」


 よろこぶ王の子を抱きかかえるメイ、ここぞとばかりになでるツバメ。

 三人は並んで階段を上がって地上へ。

 見事、王の子を連れて王都地下を抜け出すことに成功した。

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