第290話 ご令嬢の送迎です!

「楽しかったねー!」

「メイやツバメと一緒にアルバイトしたら、あんな感じなのかしら」

「とても楽しい時間でした」


 王都酒場の手伝いを終えたメイたちは、店主や客、そして観客の歓声に見送られて店を出た。


「やはり王都はにぎやかですね」


 豪華な造りの騎士ギルドを眺めつつ、三人はまた王都の中央通り付近を進む。


「……なんだか騒がしいね」


 不意にメイが、音に気づいて足を止めた。


「そう?」

「何かが近づいて来てるよ」

「なんでしょうか」


 メイたちはそのまま、近づいて来る騒がしい何かを待つことに。

 するとそこに、豪華な作りの馬車が猛スピードで突っ込んできた。


「も、もういやだぁぁぁぁ――っ!!」


 御者台に乗っていた男は、馬車を止めると慌てて大通りを逃げていく。


「どこへ行こうというの! お待ちなさいっ!」


 馬車から出てきたのは、ドレスに身を包んだ高飛車貴族。

 しかし御者の男は、迷うことなく逃げ去っていく。


「全く使えませんわ! 街行く冒険者! この馬車を使い、わたくしをアルバース邸まで連れてゆきなさい!」


 貴族のお嬢様は、付近のプレイヤーたちにそんな命令を下す。

 しかし、それに応えるものはなし。


「クエストだろ、やらなくていいのか?」

「あのクエストはいいよ。難易度高いし、貴族ゲージがマジで腹立つし」

「あのウザい令嬢な」


 このクエストの内実を知るプレイヤーたちは、「はいはい」くらいの感じで素通りしていく。


「レンちゃん、馬車のクエストだって!」


 しかし貴族が使う馬車のものめずらしさに、メイは興味を引かれている。


「受けてみましょうか、別にやって損することもないでしょうし」

「そうですね。私もこういう馬車は初めてなので楽しみです」

「やったー!」


 メイたちが高飛車貴族のもとに行くと、クエスト受注が確定。


「行き先はアルバース邸。くれぐれもわたくしのご機嫌を損なわないよう留意してくださる?」


 そう言って、さっさと馬車に乗り込んだ。


「ええと……三人だと御者台に二人、客車で貴族と同乗する警護が一人。馬車をぶつけたりして『貴族のご機嫌ゲージ』を下げないよう気を付けて目的地へ……だって」


 ご機嫌ゲージという不可解なシステムに首を傾げつつ、視界に浮かんだ説明文を読み上げるレン。


「御者は基本メイで確定ね。私が隣で、ツバメは警護をお願い」

「りょうかいですっ!」

「はい」


 三人は各々持ち場に着く。


「それではよろしくお願いしますっ!」


 メイが正面を指さすと、馬は勢いよく走り出した。


「ここで右! プレイヤーさんにぶつからないよう小回りでお願いしますっ!」


 目的地アルバース邸の位置は、視界にアンカーポイントとして明示されている。

 馬はメイの言う事を忠実に守り、小回りでカーブを曲がっていく。


「やっぱりメイの指示、動物たちはきっちり応えてくれるわね」


 ここでも【自然の友達】は、その効果をいかんなく発揮する。


「いたぞ! 情報通りアルバース邸に向かってる!」

「この娘をさらえば一儲けだ!」


 すると同じく客車付きの馬車に乗った盗賊たちが、貴族を狙って追ってきた。


「そうくると思ったわ。このままぶつからずに時間以内に送り届ければ良しっていうクエストではないわけね」

「捕まると面倒そうです」

「スピードアップでお願いしますっ!」


 メイが言うと、馬は大きく速度を上げた。

 プレイヤーたちが歩く大通りを、一気に爆走する。


「っ!」


 そんな中、目に着いたのは建物の屋根上に現れた一人の盗賊。


「わあ! 跳んだー!」


 飛び降りた盗賊らしき男は、直接メイたちの馬車に飛びついてきた。


「ここからは、貴方たちがわたくしを護りなさいっ!」


 おとずれた危機に、すぐさま声をあげる令嬢。

 盗賊は客車のドアを開き、襲い掛かってくる。


「はいツバメおねがいっ!」

「そうはさせません」


 しかしツバメのダガーで一撃。

 盗賊は走る馬車から転げ落ちていった。


「もしかして、私が警護なのは狭い場所でも使いやすい武器だからですか」


 そうたずねると、レンは少し得意げに笑ってみせた。


「ふーん、まあまあやりますわね」


 令嬢もそう言って、ふんと鼻を鳴らす。


「次、左にお願いしますっ!」


 メイはタイミングよく指示を出し、馬もそれに応える。

 客車は車輪を滑らせるようにしてカーブして、街灯ギリギリのところを駆け抜けていく。


「っ!?」


 突然、馬車の側方を氷の弾丸が飛んで行った。

 レンが御者台から後方を確認すると、客車から身体を出した盗賊の手には魔法のロッド。


「……思ったより荒っぽいクエストね。でも、こういうのちょっとやってみたかったの!」


 レンは立ち上がると、客車の屋根に手をかけそのまま上に飛び乗った。


「【誘導弾】! 【ファイアボルト】!」


 そして追ってきていた馬車を、即座に攻撃。

 炎弾が外装に直撃して、部品が飛び散った。


「これで終わりよ! 【誘導弾】【フレアストライク】!」


 放った炎の砲弾が、馬車を弾き飛ばす。

 車輪が外れた馬車はそのまま転がって壁に激突し、動きを止めた。


「相手の馬車が動くせいで、本来は飛び道具が当たりづらいクエストなんでしょうけど……誘導弾、本当に相性がいいわ!」

「レンちゃん!」

「うわっ!」


 慌てて身体を引くレン。

 合流してきた新たな盗賊団の馬車たちから、攻撃魔法が放たれる。


「また来ましたの!? 貴方たち、早く片付けてしまいなさい!」


 叫ぶ令嬢。

 大きく揺れたり、ぶつかったり、魔法が馬車に直撃すると下がる『ご機嫌ゲージ』はまだ無傷だ。


「まあ、当然ここからが本番よね……っ!」


 荒れてきそうなクエストを前に、レンは再び杖を構えた。

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