第289話 王都酒場は大忙しです!

「さあここからが大変だぞ……」

「冒険者たちが来てからは、マジでキツイからなぁ」


 このクエストの後半戦の難しさを知る観客が、その時のことを思い出してため息を吐く。


「今日は食うぞー!」

「さあ! どんどん持って来てくれ!」

「まずはビール! ビールだぁぁぁぁっ!!」


 ウェイターはメイたち三人のみとなっている酒場。

 なだれ込んできた仕事終わりの冒険者たちが、一気に注文をたたみ掛けてきた。


「あんたたちやるなあ! こっちも全力で調理していくから、ガンガン持って行ってくれ!」


 ここまで注文をためてしまうことなく配膳してきたメイたちに、店長は迅速に注文をこなしていく。


「はいビール15人分! こっちは4番テーブル用のサラダと串焼きの盛り合わせ! これは18番テーブルの焼き魚3人前だ! 頼んだぞ!」

「おまかせくださいっ! 【バンビステップ】」


 慣れてきたメイは、ビールを一人で全員分つかんで、わき上がる客の間をすり抜ける。


「【加速】」


 ツバメは料理を両手、両腕に乗せて駆け回り、隙を見て加速系スキルを挟んで高速化。


「大きな跳躍と早いすり抜けができるメイは、キッチンから遠いテーブル。ツバメは短距離高速移動が得意だから近場のテーブルで……っ」


 この間にレンは、メイとツバメが右往左往せずに済むよう料理を次々振り分けていく。

 そして出ている全料理の振り分けが終わると、そのまま――。


「【浮遊】」


 レンも2階近場のテーブルに料理を運んでいく。


「おーい! こっちも早くビール持って来てくれー!」

「早く早くー!」


 プレイヤーを急かすため、声を上げる客たち。

 しかしメイは「はーい!」と元気に返事をして、ツバメとレンも慌てずに仕事をこなしていく。

 怒涛のオーダーに問題なく喰らいついていくが――。


「おい! テメエ今なんて言った!!」

「なに人のメシに手ぇ出してんだって言ったんだよ! 意地汚えんだお前は!」

「お前こそオレのビール勝手に飲んだだろうが!!」


 冒険者二人がつかみ合いを始めた。


「うおおっ!?」


 もみ合う二人がテーブルを倒し、同時に路を塞でしまう。


「ツバメお願い! 念のため大きなスキルはなしで!」

「はいっ。【壁走り】【跳躍】」


 ちょうど手持ちの料理を配り終えたツバメは壁を蹴り、ケンカを始めた二人のもとへ一気に飛び込む。


「【紫電】」


 駆ける雷光が、暴れる冒険者の動きを止める。

 二人が座り込んだのを確認してテーブルを起こすと、すぐにキッチンへ戻ってきた。


「ありがとうツバメ! 最高の形だわ!」


 そしてすでに振り分けの終わった料理を持ち、すぐに次のテーブルへ。

 放っておけばとにかく邪魔になり、かといって魔法や範囲攻撃を使うと、付近一帯が吹き飛んで大きくロスが生まれてしまう。

 クエストに仕込まれたそんな罠を、レンの指示とツバメのスキルで見事に切り抜けた。


「おっ、もうできてんじゃねえか。これ持ってくぞ」

「っ!?」


 しかし突然キッチンにやって来た一人の冒険者。

 すでに酔っているその男は、キッチンから強引に4枚の大判ピザを受け取るとフラフラ歩き出して――。


「おわっと!」


 案の定転んで手から料理を放り出した。

 宙を舞う、4枚のピザ。


「【裸足の女神】っ!」


 これに素早く気づいたメイは、猛スピードで走り出す。

 手前に落ちてきていた皿をキャッチして、すぐ上のピザを受ける。

 間近のテーブルに皿を置き、すぐさま二枚目の皿を取って手を伸ばす。

 ギリギリ乗っかったピザを確認してこれもテーブルへ。

 そして3枚目の皿を取って振り返ると、ピザはすでに床に落ちる寸前。


「それーっ!」


 低い姿勢で全力ダッシュ。

 そのままスライディングして、見事に3枚目のピザも皿に乗せてみせた。


「おお、嬢ちゃんありがとよ」


 冒険者のテーブルに集まる、3枚のピザ。


「はい」


 高く宙に舞った4枚目は、レンのフォローでキャッチ済み。

 キャッチできなければ床に落ちて『滑る』障害物となる料理を、無事運び切ることに成功した。


「レンちゃんありがとーっ!」


 手を振ってよろこぶメイに、レンも笑みで返す。


「さあ残り4品よ! ピークタイムはあと……15秒!」

「【加速】【リブースト】!」


 ツバメは両手に山盛りのパスタを持ったまま、高速の切り返しで22番テーブルへ。


「【バンビステップ】【ラビットジャンプ】!」


 メイは離れた2階左側のテーブルまで、大きな跳躍で一気に運ぶ。


「はい、お待ちどうさまっ」


 レンは手近なテーブルにビールを持って駆ける。

 残り時間は、わずか5秒。


「次で終わりよ! どうせなら、全部片付けて終わりましょう!」

「うんっ」

「はい!」

「これが最後のオーダーだ! 頼んだ!」


 店長の出した料理は、カゴに入った3本のバケット。

 持ち運びは簡単だが、行き先は運悪く2階の右最奥……メイがいる場所の反対側だ。

 そしてツバメの足、レンの【浮遊】では間に合わない。


「ここまでかねぇ」

「最終オーダーまでいったの初めて見た、すごかったなぁ」


 そんな状況を見て、ここでの終了を確信する観客たち。しかし。


「ツバメ! メイ! 最後の席は右側最奥よ!」


 レン言葉に、二人が同時に「ハッ!」と顔を上げた。

【リブースト】で戻ってきたツバメはすぐさまレンの手からカゴを取り、大きく振りかぶると――。


「【投擲】っ!」


 ホール中央。シャンデリアの方に向けて投げた。


「【モンキークライム】! 【ラビットジャンプ】!」


 メイも手すりにあがり、わずか数歩の助走から跳躍。

 シャンデリアを飛び越えるような形で空を行き、カゴ入りバケットをその途中でキャッチ。


「【アクロバット】!」


 空中で一回転して、バケットを頼んだ客席の目前に着地。


「おまたせいたしましたーっ!」


 残り時間はちょうどゼロ。

 満面の笑顔で、最後のオーダーを届けてみせた。


「「「オオオオオオオオ――――ッ!!」」」


 これには観客プレイヤーたちも、思わず声を上げてしまう。


「オーダーが全部なくなったわ!」

「やったー!」

「やりましたね」


 キッチン前に戻ってきたメイとツバメは、レンと気持ちいい音を鳴らしてハイタッチ。


「見事だ! 君たちのおかげでピークタイムのオーダーを全て片付けることができた!」


 店長は歓喜のガッツポーズ。

 店に来ていた客NPCも、ビールを掲げての大拍手。


「これはお礼だ、持って行ってくれ!」



【ガラスの剣】:使用したら割れて砕けてしまう短剣。一度しか使えないが、その分大きく攻撃の威力を上げてくれる。



「おおっ、こんなエンドもあるのか! 初めて見た!」

「すっげー! めちゃくちゃ盛り上がってんじゃん!」

「ていうかこの店、プレイヤーにも開放してくれよ!」

「運営聞いてるんだろ! この店の実装を早く!! 早くっ!!」


 メイたちを見て、観客たちも盛り上がり出す。そんな中。


「ツバメ、どうしたの?」

「いえ、私もずっと駆け回っていたので、もっとメイさんの制服姿を見たかったなと思いまして……」

「このクエストの写真、あるといいわね」

「はいっ!」


 運営ならこの好機は逃さないだろうと笑うレン。

 ツバメも目を輝かせるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る