第288話 王都の酒場は大きいです!

 中央通り付近に戻ってきたメイたちは、そのまま街の出入り口付近へと足を延ばしていた。


「これは普通に迷子になるわね」

「この広さでも、プレイヤーの姿が見えなくなることはないのですね」

「王都ってすごいんだねぇ」


 どこまで行っても続く建物と人の量に、思わず口を開けたまま感嘆するメイ。

 すると、両開きのドアを開いて料理人らしきエプロン姿の男が駆け出してきた。


「ああ、困った困った!」


 男はこれ見よがしに頭を抱える。


「こんなに忙しい日に、まさか店員が来られないなんて!」

「……あら、確かこれって結構定番のクエストじゃない?」

「そうなの?」

「王都ではちょくちょく起こるクエストで、その結果の良し悪しでもらえる賞品アイテムが変わってくるみたいなものだったはずよ」

「何をするクエストなのですか?」

「出てくる料理や飲み物を、とにかくテーブルに次々運ぶっていう感じだったと思うわ」


 見れば男が出てきた建物は大きなホールのような造りをしていて、中にはたくさんのテーブルが並んでいる。

 二階はその八割が吹き抜けになっており、天井からは魔法石を使ったシャンデリアのような照明が釣られていている。


「わあ……楽しそう」


 雰囲気は完全にビアホール。

 中にはすでにたくさんの客がいて、「早く料理を持ってこい!」と息を巻いている。


「受けてみる? 内容はシンプルだし、確か制服なんかもあるのよ」

「やってみたいですっ!」

「制服……ぜひ受けてみましょうっ」


 早くもやる気十分なメイと、制服と聞いて気合を入れるツバメ。


「君たち、もしかして助けてくれるのか!?」


 やって来たメイたちに、店主NPCは期待の視線を向ける。


「はいっ!」

「助かる! ではさっそく来てくれ!」


 メイたちは店主に続いて店内へ。


「さすが王都、酒場も大きいわねぇ」


 広がるビアホールの広さ、賑やかさに思わず目を奪われる。


「仕事はピークタイムのみ。とにかくできた料理やビールをお客さんのところに運んでくれ。受けたオーダーはこっちで勝手に作るから基本的には運ぶだけでいい」

「りょうかいですっ!」


 メイが元気よく応えると、店主がパンパンと二度手を叩く。

 するとメイたち三人の服装が、半そでの白シャツに鮮やかな空色のベスト、紺色のショートパンツという姿に変わる。

 髪型もヘアバンドでまとめたものになった。


「わあーかわいいっ!」

「か、かわいいです……っ」


 耳に尻尾はそのまま。

 活発な雰囲気の制服は、元気いっぱいな感じがよく出ているメイにとても似合う。


「…………かわいすぎますっ」


 その姿に、ツバメは見とれてしまう。

 そんなツバメも、静かな雰囲気と制服の鮮やかな色使いとのギャップがとても映えている。


「定番のスカートじゃない辺り、これは結構本気で走り回らせる感じなのかしら」


 一人だけ『闇のウェイター』みたいな格好だったらどうしようと戦々恐々していたレンも、メイたちと同じ格好で安堵の息をつく。


「それじゃ早速頼む! 客の出入りも多いから、ぶつかったりしないようくれぐれも気をつけてくれ!」

「ぶつかると料理を落としちゃうって形式かしら」

「あとはとにかく、数をこなすと言った感じですね」

「りょうかいですっ!」


 出てきた料理には、一緒に番号札が置かれている。

 この番号通りにテーブルに料理を持ち運べということだ。


「私は3番に向かいます」


 ツバメがビールのジョッキを4つ持ち、小走りで3番テーブルへ。


「失礼しますっ」


 入れ替わる客にぶつかりかけるも、この程度の回避はお手の物。

 難なくかわして先を急ぐ。


「わたしは……あれ、結構たくさん持てるよ」


 メイは片手にプレートを3枚、右手にビールを3つ持って、6番テーブルへ向け走り出す。

 もちろん突然客が立ち上がっても、ぶつかることもなし。

 高い回避能力はここでも健在だ。


「一回に運べる量は【腕力】とか【技量】に補正される部分もあるのかしら」

「まだまだあるぞ! どんどん頼む!」


 出てきた料理は、一気に3テーブル分。

 レンは手前にあったすぐ近くの料理を2皿手にして、近くのテーブルへ。


「はい、おまちどうさま」


 テキパキと料理を並べてキッチン前に戻り、2つめの料理をツバメが持ちやすいよう右にビール、左に料理と振り分けておく。

 そして3つ目の番号札を見て、ふと動きを止めた。


「これは2階……階段は少し面倒そうね」


 階段の往復はそれだけで時間を奪う上に、NPCの往来で道が塞がれる。

 こうしている間にも追加されていく料理の数々を見ながら、レンは思い切ってメイに声をかけることにした。


「メイ、こっちは2階の一番奥よ! いける?」

「おまかせくださいっ!」


 メイは6つのビールを両手で持つ。


「せーのっ【ラビットジャンプ】!」


 そしてそのまま、大きく飛び上がる。

 この2階は、一部の『高度跳躍』スキルでしか届かない仕様となっており、本来であれば階段を上がっていかなくてはならない。

 要は『時間を取られてしまう』ポイントだ。

 しかしメイの【ラビットジャンプ】は、問題なく2階の鉄柵の上に着地。


「おまたせいたしましたーっ!」


 わずか数秒で提供を済ませた。


「……か、可愛いです。あっ!」


 満面の笑みで料理を運ぶ耳尻尾少女メイに見とれて、ツバメは危うく客にぶつかりかける。


「冒険者の多い、少し荒っぽい酒場だから許されるやり方ねぇ」


 一方のレンは、料理を仕分けつつ笑みを浮かべた。


「何だあの子達……かわいい」

「うわ本当だ! すげーかわいい!」

「きたー! ありゃメイちゃんたちだ!」


 偶然のぞいたプレイヤーが、その早さと可愛さに盛り上が始める。


「……店の看板娘メイちゃん、しっかり者で面倒見のいいレンちゃん、そして陰の立役者ツバメちゃんって感じだな」

「常連はメイちゃんツバメちゃんにちょっかい出して、レンちゃんに怒られるんだよな」

「そうそう、でも実は半分怒られに来てるんだよ」

「「「わかる」」」


 ダイナミックな動きと満面の笑みで料理を運ぶメイ。

 鋭く速い往復を繰り返すツバメ。

 二人がどの料理を持って行くか、どんな順で運ぶかを考えずに済むよう振り分けつつ、近場の料理は自分で運ぶレン。

 できた料理が溜まってしまうこともなし。

 三人は見事な分担で、かつてないほど順調にオーダーをこなしていく。

 可愛い、速い、的確。

 そんなウェイターぶりに、見学者たちも増えていく。


「……でも、ここからが本番だぞ」

「ああ。仕事終わりの冒険者NPCたちが一気に殺到するんだよな」

「「「「メシだぁぁぁぁ――――ッ!!」」」」


 そこにやって来たのは、総勢30人ほどの冒険者NPC集団。


「これはなかなか大変なことになりそうね……いいわ、こっちも本気でいきましょう!」

「はいっ!」

「おおーっ!」


 元気よく拳と尻尾を突き上げるメイ。

 三人はあらためて、気合を入れ直すのだった。

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