第275話 地獄のお姉さん
全てが規格外なメイの攻撃を見せつけられたシオールは、叫び声と共に装備を一変。
メガネはなく、頭には深紅の鉢がね。
ボロボロの黒い胴着を帯で腰元に巻き、オーラを立ち昇らせる。
シオールの正体は、プリーストではなくモンクだった。
「なんだ……あれがシオールなのか!?」
「怖え……鬼みたいだ」
「これはどういうことなのですか?」
伏したままため息をつくローチェの隣に正座して、問いかけるツバメ。
「シオールとは同じ職場なんだけど、あっちの部署は上司がねぇ……真面目にがんばってるのに評価されない、扱いも最悪って感じで……」
そのストレスのせいか、うまくいかない展開が続くと我慢が効かなくなって暴れる時があるという説明に、感嘆する。
「ぶっ潰してやるよ……何もかも、何もかもよォォォォ――ッ!! 【悪鬼羅刹】ゥ!!」
スキル【悪鬼羅刹】は【知力】を全て捨てて【腕力】に振る変わり種。
ドン! とシオールの足元が爆発する。
【爆震脚】は地面を踏みつけ、円形に広がる衝撃波と共に跳びかかる移動スキル。
爆風を起こしながらメイの前に飛び込んできたシオールは、拳を引き――。
「【爆炎正拳突き】じゃああああ――――ッ!!」
予想以上の速度、そして勢い。
メイは身体を斜めにすることでかわすが、猛烈な炎と共に大爆発。
「うわああああああ――――ッ!!」
爆発に吹き飛ばされ、転がるメイのHPが2割減少。
さらに付近一帯のオブジェクトも大きく抉り取られた。
シオールは止まらない。
【爆震脚】で地を蹴り、追撃に向かう。
起き上がったばかりのメイに放つのは、両の拳。
「【千手爆裂拳】ッ!」
恐ろしい速度の拳撃が、メイに迫る。
「うわうわっ! うわわわわっ!」
シオールが装備した【暴拳】は、拳に衝撃をまとわせる武器。
メイはそれでもどうにか回避を続けるが、たとえ拳が外れても付近にいるだけで衝撃がHPを削っていく。
もちろん武器を振るような隙もなし。
「【ラビットジャンプ】【アクロバット】」
慌てて後方回転で距離を取るが――。
「オラァァァァッ!! 【空刃脚】じゃああああ――ッ!!」
放った蹴りが生む風の刃が、中空のメイに直撃する。
「わあああああーっ!」
「【空刃連脚】ゥ!」
地を転がるメイに、追い打ちとばかりに放つ三連撃。
「【バンビステップ】!」
これをメイは大きな三つのステップで回避。
「【ソードバッシュ】!」
反撃に放つ衝撃波。
「【爆震脚】!」
これをシオールも、横への跳躍でかわしてみせた。
「す、すげえ勢いだな……何かに取りつかれているかのようだ」
「そりゃ怒りだろ……社会への」
完全に目が座っているシオールに、呆然とする観戦者たち。
「すごい……」
メイもその怒涛の勢いと気迫に、ゴクリと息を飲む。
拳による攻撃を中心とした体術は、リーチは短めだが速度が速く、隙間を狙いにくい。
そして【爆震脚】の移動能力も、なかなかにやっかいだ。
「よーし、それならこっちも!」
メイは剣を装備から外して走り出す。
「【千手爆裂拳】!」
「【裸足の女神】っ!」
怒涛の勢いで放たれる衝撃の拳打を最速の足運びでかわし、わずかな隙間に拳を挟みにいく。
「【キャットパンチ】!」
「くっ!!」
見事にヒット。
続く爆裂拳にHPを削られ、時に拳打がかすめても、カウンターの様な【キャットパンチ】で対抗していく。
するとシオールは、拳を大きく振り上げた。
「【地烈爆炎撃】!」
地面に拳を突き立てると、生まれたひび割れに紅蓮の輝きが灯る。
「ッ! 【装備変更】っ!」
噴き上がる猛烈な炎。
メイはとっさに【王者のマント】を装備することで、ダメージを大幅軽減。
「【ラビットジャンプ】」
そのまま後方跳躍で、距離を置く。
「んー……」
それなりに打撃を入れ返したが、やはり単純な【キャットパンチ】では威力が足りていない。
メイはしれーっと、観戦者のいる方に背を向けると――。
「【蓄食】」
【腕力】上げのバナナを使用。
大幅にステータスを向上させたところで、頭装備も【狐耳】に変更する。
「それでは、いきますっ!」
気合を入れ直して、メイはシオールの懐に跳びこんでいく。
「【千手爆裂拳】!」
再び向けられる猛烈な拳打。
これを細かく早い足の運びでかわす。
「【キャットパンチ】!」
そして【暴拳】の隙間を突き、【狐火】によって青い炎をまとった一撃でシオールを捉えた。
「なっ!?」
超高速で放たれた青炎拳打は、威力が明らかに向上している。
予想外の事態に、驚くシオール。
「やああああ――――っ!」
鋭い踏み込みからのアッパーを慌ててかわし、シオールはここで右手を突き出した。
「【神気発生】!」
掌から噴き出したオーラで、付近一帯を吹き飛ばしにかかる。
「がおおおおお――――ッ!!」
「ッ!!」
しかしこれを強化された【雄たけび】でかき消したメイは、お返しとばかりに右手を突き上げた。
「――――よろしくお願いいたしまーす!」
現れた魔法陣は、なぜか山の中腹。
飛び出してきた巨グマはスキーで一気に加速して、そのまま大ジャンプ。
手にしたストックを高く掲げる。
「…………」
しかしメイの召喚獣の強さを知るシオールはもう、回避を行わない。
「――――【アドレナリン】」
スキル発動の直後、グレイト・ベアクローを叩き込まれてド派手に転がった。
「ありがとーっ!」
そのまま子グマと一緒に滑っていくクマに手を振るメイ。
振り返って、異変に気付く。
「HPが、減ってない……っ!?」
「【爆震脚】ゥ!!」
【アドレナリン】は発動後、時間限定で全てのダメージを『蓄積』するスキル。
発動中に喰らった全てのダメージを後でまとめてもらうことになるという、めずらしいスキルだ。
驚く隙に、距離を詰めたシオール。
「【千手爆裂拳】!」
メイが反撃を挟みに来たところで――。
「【風刃脚】ゥ!」
「うわっ!?」
慌てて片ヒザを突いてかわすと、後方の建物が砕けて散った。
「オラァァァァ! 【振り降ろし】だぁぁぁぁッ!!」
「ッ!!」
踏み込みから取り出したのは、まさかのメイス。
ここでメイスが出てくるとは思わず、拳とはまるで違う軌道の攻撃にメイは虚を突かれる。
「装備変更――ッ!」
叩きつけが決まり、白煙が上がった。
「「「おおっ!!」」」
観戦者たちが声を上げる。
ここで勝敗がついたかと思われたが、飛んだのは【王蜥蜴の剣】
「【トカゲの尻尾切り】! 【裸足の女神】!」
後方へブレるような挙動で【振り降ろし】をかわしたメイは、再び速度上昇をかけて走り出す。
「【爆炎正拳突き】――ッ!!」
「【バンビステップ】――ッ!!」
駆け抜ける爆炎、巻き起こる猛烈な爆発。
だがメイは広がる爆炎の判定を、ギリギリのところで駆け抜けた。
そして、青の炎が灯る拳を引く。
「いくよー! 全力全開の【キャットパンチ】だああああああ――――ッ!!」
【蓄食】によって威力を上げた【キャットパンチ】は、【狐火】によって青い火の粉をまき散らす。
「パンチパンチパンチパンチパンチ、パンチパンチパンチパンチ――――ッ!!」
その全てを甘んじて喰らうのは、すでに回避を捨てているから。
「……【打撃強化】」
シオールはメイの攻撃の全てを受け止めて、大きく拳を引く。
「ゴァァァァァァ――――ッ!! 喰らえーっ! これが渾身の【爆炎正拳突き】じゃああああああ――――ッ!!」
人間のものとは思えない唸り声をあげ、放たれた渾身の一撃。
「…………」
なんと、メイも動かない。
「やああああああ――――っ!!」
真正面から向かい合い、砂煙をあげながら数メートルほど後退。
しかしキッチリと、シオール全力の一撃をこらえきった。
HPを3割ほど残して。
「…………」
観念したかのように目を閉じると、静かに倒れ込むシオール。
【アドレナリン】の効果が切れ、HPゲージが一瞬で消し飛ぶ。
メイから受けていた総ダメージはなんと、ゲージ3本分だった。
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